83話 モロコスの罠
アルティアが、ポポを捕らえているモロコス魔物へと近付いて行く。
不思議なのは、アルティアがやけに落ち着いているところである。
そのタイミングでモナ達が、最後の1本の触手を切ろうとしていた。
それを見てアルティアはつぶやく。
「……もう少しみたいですね」
そう言って何もしない。
バンブロックは、慌ててアルティアに近付いて声を上げた。
「おい、助けるんじゃないのかよ」
「もちろん助けます。でも助けるにも順序があります。まずは余計な触手を切りましょう。助けるのはその後です」
「そんな悠長な事を言ってる場合かよ。ポポが食われちまうだろ」
「慌てずとも問題はないです。この魔物は触手で獲物を絡め取ると、獲物が弱るのを待ってから食べ始めます。獲物が元気なうちは、何もしてきませんよ」
「へ? そうなのか。ポポは安全ってことか」
「はい、数日は大丈夫じゃないでしょうか。しかし弱ってくると触手が、身体の“穴”から侵入して、柔らかい内臓を食べ始めます」
そこでバンブロックが、眉間にシワを寄せて質問する。
「その“穴”ってのは、口から入るってことか?」
「はい、そうですね。でもそれ以外にも、内臓に通じる穴はありますよね。バンブロックさんも聞いたことありますよね。触手が成人女性を凌辱する話。あの話はこの魔物からきているのです」
「そうなのか……それなら男は大丈夫なんだな」
「何を言っておりますの。殿方にも口以外にも“穴”はあるじゃ御座いませんか」
バンブロックは想像して身震いした。
「となるとだ。ポポはどうなるんだ?」
そう言ってポポを見上げる。
そこでアルティアも、ポポを見上げる。
「幼女ですか……ちょっと気になりますね。新しい研究対象ですね」
するとそれを聞いたポポが騒ぎ出す。
「なにサラッと恐ろしいこと言ってるんでしゅかっ。それに幼女も女性も変わらないでしゅって。いや、私は成人女性でしゅし〜。早くしないと凌辱されましゅってっ。いいから早く助けろでしゅ〜〜」
そこでやっとモナ達が、ポポ以外の触手を切断した。切られた触手はまだウネウネしているが、何もしてこない。
それを確認したアルティアが声を掛けた。
「それではモロコスの“実”の付いた茎を切断して下さい」
泣きそうなポポを尻目に、総出で実のついた茎を切っていく。
その切った茎から回収組が、モロコスの実を採取していく。
ここへきて、やっと収穫作業らしくなってきた。
黄色く色付いたモロコスが、次々に袋に埋められていく。
モナが汗を拭きながらつぶやく。
「知らんけど、久しぶりに畑で汗をかいたぜ」
それに答えるように、バンブロックもつぶやく。
「たまには、こういうのも良いな」
「こら〜っ、私を忘れてましゅよ〜!」
上からポポが叫んでいたのだった。
結局、収穫が終わるまでポポは放置された。
高い位置にいるため中々助けられないのと、モロコスの実を全部取り去ると、触手は徐々に垂れ下がってくるので、それを待ってから助ける方法もあるからだ。
そして収穫が終わった所で、良い具合にポポは垂れ下がって来た。
ポポはブツブツ言いながらも、無事に助け出されたのだった。
この農園では魔物化したタルイモも栽培しているが、こちらはモロコス魔物よりも凶悪だ。
それを考えたらモロコス収穫は非常に楽な作業なのだが、奴隷達はそれを知る由もない。
何とか苦労しながらも、全ての収穫を終えたのは夕方近くになった頃だった。
収穫したモロコスの殆んどは、パンに加工されて市場に流される。モロコスパンは人気の商品であり、奴隷が口にすることはまず無い。
こうして収穫の一日は終わった。
慣れない作業に、皆が疲れ果てていた。
疲れてはいたが、奴隷の何人かは薄笑いを浮かべている。
その1人にバンブロックがいる。
バンブロックは隠す様に、モロコスの実を一粒だけ握り締めていた。くすねたのである。
こうしてバンブロックは、この日の夜は笑顔で眠りについたのだった。
□ □ □
そして今日はバンブロックの試合の日。
対戦相手は元ランクAのオーク剣闘士、旋風である。
バドの街のコロシアムにバンブロックが到着して驚いたのは、いつもより明らかに多い人の数である。
それは控え室の小窓から見える、闘技場の状況でも同じだった。
バンブロックは控え室のイスに座りながら、小窓から闘技場を眺めていた。
超満員の観客席には、旋風の絵柄が入った旗を手にした者達が、多数いるのが見える。立ち見の観客もいるようだ。
「旋風の人気がこんなにあるとはな……」
思わずつぶやくバンブロックだった。
そこで近くにいた馬系獣人が、バンブロックに小声で教えてくれた。
『〈旋風は強い上に人気もすげ〜からな。こんなちっぽけな街に、まさか来てくれるとは思わなかったぜ。どこの馬鹿だか知らね〜がよ、対戦する奴は死んだも同然だよ〉』
北方語だったが、何となく意味は理解したバンブロックは、立ち上がりながら言った。
『その馬鹿は俺だよ』
馬系獣人は後退りして、驚いた顔で言った。
『〈え、まさか、お前が“幼女の専門家”……〉』
どうやらこの男は、バンブロックの事を知らなかったようだ。
控え室にいる剣闘士らが、バンブロックに視線を集める。
その視線には、妬みや羨望が入り混じっていた。
『〈そろそろ時間だ。悪いがそこどいてくれ〉』
バンブロックのその一言で、道が開かれていく。
そしてバンブロックは、入場扉の前へと移動した。
ここはいつもと変わらない景色に、変わらない雰囲気。そしていつもと変わらない程良い緊張感。
それがなんだか心地良い。
ランクBになってから作成した革鎧一式を着込み、いつもの輝くグラディウスを腰に吊るす。今じゃ鞘まである。
そして予備の短剣を忍ばせる。
盾も使い慣れた形のカイトシールド。
これにドクロヘルムを被り、漆黒のマントを羽織ればいつものスタイルだ。
そして忘れてはいけない。ププから貰った御守りが、いつもの様に首から下がっているか確認する。
御守りを握り締めていると、衛兵オークから『〈準備は良いか〉』と声が掛かる。
その声にも今のバンブロックなら、余裕で応えられる。
バンブロックは無言で親指を立てて見せた。
すると入場扉が音を立てて開き始める。
旋風との一戦が始まるのであった。
次回投稿は土曜日の予定です。




