82話 収穫
バドの街では温かい季節の到来で、防寒着は必要なくなってきた。日差しは暖かで、草木も芽吹いてきている。
この時期はモロコスの収穫期である。
その収穫現場に、早朝から連れて来られた奴隷達は、茫然としたまま立ち尽くす。
目の前に広がるのは堅牢な柵と、その向こう側にある異様な畑群。ただし畑には、凶悪そうな魔物化したモロコスが繁茂し、その触手をウネウネとくねらせていた。
ここにはバンブロックにデン副長とモナ、さらに力の弱いハーフリングのポポまで駆り出されている。
オルゴやその他の剣闘士も何人かいた。
早い話、この日に試合の無い奴隷が総動員されたわけだ。フンドルとガンプは試合の為、ここにはいない。
それ以外にもププを含めた雑用奴隷達と、大勢の奴隷農夫達もいた。
当然のことながら全員、足枷は嵌められたままである。魔術が使える者には、魔術封じの首輪もだ。
そしてこの場の奴隷を仕切る者が、皆の前に立つ。
『〈皆様、こちらを見て頂けますでしょうか。ここの畑を知らない者が多いのでご説明致します〉』
ハイエルフのアルティアである。
奴隷身分なのに、農園長の様な立ち位置であった。それでも足枷と首輪は必須である。
皆はブツブツ言いながらも、アルティアに視線を注ぐ。
『〈皆様、まずはお忙しい中お集まり頂き、御礼申し上げます。これから皆様には、モロコスの収穫のお手伝いをして頂きます。今からオーク兵が収穫用の“武器”をお配りしますので、配り終えたら収穫方法のご説明を致します〉』
それを聞いたバンブロックは、眉間にシワを寄せて心の中で叫ぶ。
ーーモロコスを収穫するのに武器が必要とか、どう考えてもおかしいだろ!
奴隷剣闘士と一部の奴隷農夫に配られたのは、大きな刃が付いた長柄の“グレイヴ”と呼ばれる槍状の両手武器。3メートルほどの長さがあるので、広い間合いで使える。
それはつまり、近付くと危険だという意味。
そして剣闘士ではない奴隷達に配られたのは、ナタであった。
「これで戦わせる気が」と言いたげな顔で、何人かの雑用奴隷達がザワつく。
そこでまたアルティアから説明がある。
『〈お静かに願います。まずは剣闘士様に配られたグレイヴですが、これでモロコスの茎を切断して頂きます。一応言っておきます。近付き過ぎると触手に捕らえられて面倒な事になりますので、くれぐれもその様なことがないようにお願い致します。それから配られたナタですが、グレイヴで切断した茎から、モロコスの実を切り取る用で御座います。切断した後も多少暴れますので、こちらもご注意下さい。それと魔物は殺してはいけません。次回の収穫が出来なくなります。経験者がいますので、その方に詳しくは教えてもらって下さいませ。以上ですが、何か質問はありますでしょうか〉』
誰も口を開かない。
見張りのオーク兵を恐れて、何も言えないのである。
『〈それでは早速始めてくださいませ。早く終わればそれで仕事は終わりで御座います〉』
奴隷達は重い足取りで、柵の向こう側のモロコス畑へと入って行く。
魔物化したモロコスを近くで見ると、人の背丈の数倍とかなり大きい。その分モロコスの実もかなり大きく、食べる量は確かに多そうだ。
人間の領地でも魔物化したタルイモは見るが、畑で育てたりはしていない。栽培方法を知らないからである。
魔物化した植物は、ただ水を与えれば良いと言うわけにはいかず、たまに肉を与え無ければ枯れてしまう。その与える肉は、グリーンスキンも食べない昆虫系魔物であった。
食糧供給は人が生活する上で、重要なポジションだ。人間社会では常に食糧難に脅かされ、貧困層では毎年餓死者が出ている。それを考えるとグリーンスキンの方が、上をいってるのかもしれない。この国には、餓死者などいないのだから。
柵の中に入ると、バンブロックが声を上げる。幾つかのグループに分けて、作業に取り掛かろうというのだ。
アルティアが農園長ならば、バンブロックは剣闘士長に見える。
バンブロックは収穫組を4つのグループに分けて、それぞれ魔物に割り当てた。
それ以外の奴隷は、解体組4つと回収組2つに分けた。解体組はモロコスの実の部分を取り出す役割で、回収組は袋詰めとそれを荷車に積む作業だ。
まず初めにバンブロックは、モロコス魔物を観察してから言った。
「モナ、これから説明するんで通訳を頼む」
「知らんけど、分かった」
バンブロックは改めて話し出す。
「この魔物の触手は5本ある。その5本を初めに全部切断するんだ。そうすれば後は怖いものはない。それから身の部分が成る茎を切れ。訳してくれ」
モナが通訳して説明を始めると、同じグループに割り当てられた半獣人達は真剣に耳を傾ける。ただしハーフリングのポポは人間語が分かるので、バンブロックの説明で理解したのだろう。小さな身体とはアンバランスなグレイヴを弄っている。
少しするとポポは身長の倍以上あるグレイヴを、ブンブンと振り回し始めた。スタッフスリングを使う時の要領と、余り変わらないらしい。
「何だかポポ、頼もしいじゃないか」
バンブロックの言葉にポポは、笑顔で答える。
「それはあの魔物をぶった斬ったところを見てから、言ってくだしゃい」
「アホかっ、殺しちゃ駄目だってさっき言われたろ!」
「そうでしゅたっけ?」
頭を抱えるバンブロック。
そう言えば、ポポは南方語が主言語だったと思い出す。
しかし直ぐに気持ちを切り替え、バンブロック自ら拙い北方語で、他のグループにも「殺すな」と命令を確認する事になった。
そして仕切り直し。
「良し、俺とポポが右側の触手2本。モナ達は左側の3本を頼む……それからモナ、もう一度言っとくが絶対に殺すなよ」
バンブロックの「殺すなよ」の言葉に、一瞬ドキリとした様子を見せるモナ。
「だ、大丈夫だ。わ、忘れてなんかいないぞ……知らんけど」
バンブロックはモナを睨む。
するとサッと視線を逸らすモナ。
ーー絶対に忘れてたな
忘れるのが早すぎるだろと思いながらも、バンブロックは収穫開始を伝えた。
「行くぞ!」
各自作戦通りに、割り当てられた触手を攻撃する。バンブロックもポポと2人で、右側に回り込む。
先手を討ったのはポポだ。
「これでも食らうでしゅ!」
接近するやグレイヴを大きく振り被り、渾身の力を込めて振り下ろした。
しかし外した……
振り下ろしたグレイヴは地面に突き刺さり、土を辺りに散らばせただけだ。
勢い余ってポポの身体が浮いた。
そこへ2本の触手が迫る。
「このアホがっ」
バンブロックが触手目掛けて、コンパクトにグレイヴを振るう。早さを重視した攻撃だ。
グレイヴの刃は、触手に命中するや簡単に切断。触手はそこまで硬くはないようだ。
だが切断したのは1本だけ。残るもう1本がポポの身体に巻き付く。
「何するでしゅか〜」
ポポは身体ごと触手に持ち上げられた。
モナ達は反対側でまだ戦闘中である。
ここはバンブロック1人で助けるしかない。
「ポポ、今助けるからな!」
そうは言ってみたものの、ポポの身体を間違って切りそうで、なかなか手が出せない。
そんな事をしている内に、見回っていたアルティアが近くに来た。
これは助かったとばかりに、アルティアに助けを求めるバンブロック。
「アルティア、ポポが捕まった。助けてくれっ」
するとアルティアは、触手に巻き付かれたポポを見て呆れた様子で言った。
「だからあれほど強く忠告したでしょうに。捕まると面倒な事になりますと」
「そんな事より、早くポポを助けてやらないと……」
それでもアルティアは落ち着いている。
そしてアルティアは、ゆっくりとモロコス魔物に近付いて行くのだった。
次回投稿は水曜日の予定です。




