81話 新たな対戦相手
バドの街の養成所に戻ったバンブロックは、新人の育成もこなして毎日忙しく過ごしていた。
ランクBの試合も順調に勝利し、ランキングも上がっていく。今やバンブロックは、一流の剣闘士と言える技術を身に付け、バドの街での人気も上がっていた。
だがそんなバンブロックの周囲には、常に怪しい影が彷徨いていた。
バンブロックの命を狙う刺客である。
ただしバンブロックの周りにはいつも、養成所の護衛オークや奴隷剣闘士がいる為、刺客が近付くのも難しい。現に盗賊に化けた傭兵で隊商を襲わせて暗殺しようとしたのだが、護衛オークや奴隷剣闘士に阻まれている。
そこで刺客の雇い主は考えた。
『〈剣闘士を送り込め。闘技場で堂々と殺せば、怪しむものもいまい〉』
そう言ったのは、カンテラが灯す薄暗い部屋で、裕福そうな姿をしたオークである。両耳には高級そうなイヤリングが、幾つもぶら下がっている。
その言葉に、テーブルの反対側に立つオークが反応する。こちらのオークは細い身体つきで、普通のオークよりもかなり貧弱に見える。
恐らく部下だと思われるこのオークは、軽く会釈をしてから口を開いた。
『〈かしこまりました。お任せください。剣闘士として、腕の立つ者を差し向けます〉』
その返答に対し雇い主のオークは、声のトーンを1段下げて言った。
『〈ゴウロ、失敗はするなよ、次はないぞ?〉』
その殺意さえ感じる言葉に、ゴウロと呼ばれたオークは身体を強らせる。
『〈も、もちろんでございます〉』
そう言うとゴウロは再び会釈をし、早々にこの場から立ち去った。
そして廊下を足早に歩きながらつぶやく。
『〈ランクBの剣闘士か……そうなると“旋風”辺りが良いな〉』
そう言って1人、不敵な笑みを浮かべていた。
□ □ □
ある日ウマッハ養成所へ、現在雇っているマッチメーカーが訪れた。ウマッハに試合が決まった事を知らせる為である。
こういった場面は日常的な事なのだが、今回は少し違った。
話を聞いたウマッハは、思わず椅子から立ち上がって声を上げるほどに。
『〈何で“旋風”が、このバドの街へなんかへ来るんだ!〉』
マッチメーカーの男は逆に驚く。
てっきり喜ぶと思ったからだ。
旋風とは王都ギグで名を馳せた、ランクAの剣闘士である。負傷して長らく休んでいて、それによりランクBに下がった剣闘士だ。
最近復帰したばかりだが、ランクBで順調に勝ち続けている。そして直ぐにランクAに返り咲くと、関係者の間では噂されている。
そんな王都での人気剣闘士が、わざわざ辺境のバドの街に来る事自体が、非常に信じ難いのである。
しかもその対戦相手に、何故かバンブロックを指名したのである。
そこでマッチメーカーが説明する。
『〈何でも王都ギグでの“バーサーカー”人気で知ったらしいですぜ。それで、どうしても戦ってみたいと先方は言ってますが、どうしますか?〉』
ウマッハは我に返り、椅子に座り直すと口を開く。
『〈あの旋風がバンブロックを指名とはな……〉』
その言葉を聞いたマッチメーカーは、イヤらしい笑みを浮かべて言った。
『〈その旋風に勝ったとなると、一気にこの養成所の名前が広まるんじゃないですか?〉』
ウマッハの顔が綻ぶ。
そして交渉の末、試合は3日後に決まった。
旋風と呼ばれる剣闘士は、もうバドの街まで来ていたからだ。試合が決まる前だというのに、既にバドの街に来ていたのも、何やら怪しいとは思ったウマッハだが、養成所の名が売れるという誘惑には勝てなかった。
ウマッハは早速ププに、バンブロックへ知らせに行かせた。
バンブロックが剣闘士達と鍛錬をしていると、いつものようにププがテクテクと来て、バンブロックの横に立つ。
「新たな試合が決まりましたので、お知らせします」
相変わらずの喋り方である。
「そうか、聞かせてくれ」
「対戦相手は人間の言葉だと、旋風を意味する名前で呼ばれるオーク種です。情報によりますと、王都ギグでは有名な剣闘士らしいです。ランクAとして活躍していましたが、怪我で一時休養となり、最近になってまた復活しました。ただし長く休んだ為にランクは下がり、現在はランクBとなっています」
ここでバンブロックが口を挟む。
「なあ、それって俺はランクBなのに、ランクAの実力の相手と対戦しろって事か?」
「はい、そう言う事になります。それで魔術ですが――」
「軽く流し過ぎだろ!」
バンブロックは即座に突っ込むが、ププは冷静に話を進めようとする。
「何か問題でもありますか?」
呆れたバンブロックは、首を横に振って言った。
「いや……話を続けてくれ」
ププはいつもの様に無表情で話を続ける。
「右手が義手なんですが、試合の時はその義手を武器付きのものに替えます。刃が付いた義手剣です。でも単なる義手剣ではありません。刃の部分が飛んで来ます」
「魔術か?」
「はい、本人は固有魔術と公言しています。気を付けなくてはいけないのが、飛んで来る刃です。当たると麻痺する場合があります」
「まさか麻痺魔術なのか」
「旋風は、それも固有魔術だと公言してます」
「手強そうな相手だな。しかしわざわざ王都から来るとは、俺も有名になったもんだな」
そう言ってニヤけるバンブロック。
するとププがつぶやく様に言葉を漏らす。
「負けたら許しません……」
一瞬で真顔になるバンブロックだった。
ププが立ち去り、鍛錬に戻るバンブロック。
そこへ「おっとっと」とか言いながら、モナがぶつかって来た。
そして小声で言った。
「聞いたぞ。旋風とやるんだってな、知らんけど。あいつの試合を1度だけ見たんだけどな、絶対刃に何か塗ってるぞ。気を付けろよなロック。それからお土産はどうなった?」
言いたいことだけ言うと、モナは再び離れて行った。
「まだお土産とか言ってるのかよ、ったく。まあ、今回の試合は3日後だから、ちょっと余裕があるな。いつもなら明日、とかだからな。その辺は良かった」
そんな事をブツブツ言ってると、再びププが現れた。
バンブロックが、不思議そうに口を開く。
「何だ、言い忘れか?」
するとププ。
「ご主人様から、新たな指示がありましたので、お伝えに来ました。試合まで日があるので“収穫を手伝え”との事です」
ウマッハ農園での収穫である。
ウマッハは色々と事業を抱えており、農園も持っている。その収穫物は、沢山の奴隷を保持する為の食糧に充てていた。
バンブロックが直ぐに頭に思い浮かんだのが、この時期に採れる“モロコス”である。
ーーモロコスの収穫なら、こっそりつまみ食い出来そうだよな
モロコスは、生でも食べられる食物なのだ。
翌日の朝、バンブロックは喜んで収穫に向かったのだが、現場に行ってみて愕然とした。
確かにモロコスの収穫なのだが、それは“魔物化したモロコス”からの収穫だったからだ。
次回投稿は土曜日の予定です。




