69話 トーナメント決勝戦
バンブロックはトーナメント3回戦に勝利し、ついに次は決勝戦である。
ウマッハは大喜びでコロシアムの控え室まで来て、バンブロックの背中をバンバン叩きながら喜びを訴えた。
それをププが訳して伝えるのだが、バンブロックの耳には入ってこなかった。
バンブロックはドクを殺してしまった事を、悔やんでいるからである。しかもドクの首を斬った時は、心底熱狂し感情が昂っていた。その感情を持った自分が許せないのだ。
バンブロックはハルトマンを思い出す。
片目が赤く、笑いながら人を斬っていた。あの時のハルトマンと自分は一緒である。
ーーこれは覚醒とは違う。俺の身体はどうなってやがるんだ……
宿に帰ってからも、バンブロックは一人悩むのであった。
□ □ □
そして翌日、決勝戦の日の朝。
決勝戦だと言うのに、朝から雨が降っていた。雨の場合の試合は中止なのだろうかと考えていると、護衛オークが迎えに来た。
ーー雨でも試合はやるんだな……
対戦相手の“血染め”と言う意味の剣闘士名を持つシロクマだが、特に新しい情報は無い。
元傭兵なので、戦い慣れしていると思われた。かなりの強敵である。
それ故にバンブロックとしては、出来れば戦いたくない相手でもあった。
バンブロックは護衛オークに連れられて、宿舎からコロシアムへと向かう。ウマッハは後から来るようだが、ププが一緒である。
どこか元気のないバンブロックを見て、ププは心配そうにチラチラと視線を送る。
その道中だった。
獣人の子供が数人やって来て、バンブロックに向けて石を投げ始めたのである。
自由民の子供なのか、枷は着けていない。
さすがに子供相手に本気で怒れない護衛オークらは、手を広げて制止する様な行動をしたり、捕まえようとする素振りをしている。しかし体裁だけの行動であり、どう見ても適当であった。
オークにしてみたら、人間が虐げられるのは当たり前だからだ。
ププは必死に衛兵オーク達に、何か訴えている。恐らくバンブロックを守れと言ってると思われるが、逆に薄笑いを浮かべて馬鹿にしたような目でいなされていた。
そこへ子供の何人かが近寄り、石を投げ始めたのだが、バンブロックには全く当たらない。この距離で当たらないのは変だと、バンブロックは感じ始める。
そして今度はバンブロックに急接近し、殴りかかってきた。
『〈このにんげんめっ!〉』
と思ったのも束の間で、その獣人子供の1人が殴るふりをして、バンブロックに何かを手渡した。
そこで獣人子供達は、護衛オークに引き離された。
バンブロックは咄嗟にそれを手の中に隠す。
そして程なくして獣人子供は居なくなる。
そこで再びバンブロックは、コロシアムへと歩き出すのだが、こっそりと手の中を確認した。
それは薄革に書かれた小さなメモであった。
取り敢えずバンブロックは、そのメモを腰布の中へ隠した。
その後は何事も無くコロシアムへ到着。
その頃になると、雨はすっかり止んでいた。
バンブロックはコロシアム控え室に入ると、こっそりメモを取り出した。
他の剣闘士達は、小窓から試合を見物しているので、バンブロックのメモには気が付いていない。
一応オーク兵が見張ってはいるが、やはり視線は小窓から見える試合へ注がれている。
そしてメモに目を通すバンブロック。
そこには「極秘裏に仲間が接触する」と、人間の言葉で書いてあった。
ーーどういう事なんだ
バンブロックには、何の事だかさっぱり意味が分からなかった。ただ人間の言葉が分かる者が会いに来る、と言う事は理解した。
それとこのメモの渡し方からみて少なくても、バンブロックにとって敵では無いのは確かである。
ーーどうやって接触してくるんだ?
奴隷の身分である人間に会おうとしたら、それは同じ奴隷くらいである。だが奴隷の身分でそんな要求が通るはずも無いし、初対面の奴隷同士がこっそり会うのも難しい。
仮に会えたとしても監視されている身では、会話など出来るはずもない。
だからこの時点でのバンブロックは「?」ばかりだった。取り敢えずメモは見つからないようにと、バンブロックは口へ投げ込み飲み込んだ。
そんな事をしている内に、バンブロックの試合が近付いてきたらしい。
衛兵オークがバンブロックを連れに来た。
入場扉の前でバンブロックは、装備を整えていく。
カイトシールドに輝くグラディウス。そしてドクロヘルムを被る。
いつものスタイルである。
緊張した面持ちで、入場扉の前で待つバンブロック。
そして前の試合が終わると闘技場では、新人トーナメント決勝戦が行われると、宣言があった。
同時に入場扉が、不気味な音を立てて開く。
外の空気が、バンブロックの身体を撫でる。
そしてバンブロックが、ゆっくりと歩き出した。
狭く湿っぽい場所から、広い闘技場へと足を踏み入れる。
生憎の曇り空だが、雨は少しパラつく程度。こらなら剣闘試合には差し支えない。
もちろん観客席も、満席近くまで埋まっていた。
反対側の入場扉からも、シロクマ系獣人が歩み出た。
観客席からは歓声が沸き上がる。
観客もこの決勝戦を、楽しみに待っていたのである。トーナメントの順位予想の賭けは、配当率が高いためである。
観客席にいる者の殆んどが、この賭けに参加している。それも一番人気のシロクマ系獣人の“血染め”に賭けていた者が多数であった。
バンブロックも人気が無いわけでない。ただシロクマ系獣人の見た目が余りにも強そうだったのと、体格がバンブロックより圧倒的に大きかったからである。
そして両者は闘技場中央で向かい合う。
バンブロックは息を呑む。
予想以上に対戦相手が大きく見えるからだ。
背丈だけでは無く横幅もあり、恐らく体重はバンブロックの数倍あるだろう。
武器は両手に装着したブラスナックルで、顔には革製のフルヘルムを被っている。フルヘルムと言っても、防御よりも見栄えを狙った作りだ。
その証拠にフルヘルムには、骨製の飾り角が取り付けてある。恐らく武器としての機能は無い。
それより恐ろしいのは、その太い腕である。バンブロックの太ももよりも、太いのではないだろうか。
一撃で対戦相手の首の骨を圧し折ったと言うのも、この腕なら頷ける。
ーーあれ喰らったら死ぬな
シロクマ獣人は両拳のブラスナックルをガチガチと打ち付け、ニヤニヤしながら歩いて来る。
そして両者は、5メートル程の間隔を空けて向き合った。
シロクマは相変わらずニヤニヤと、馬鹿にしたような目つきでバンブロックを見ている。
対してバンブロックはシロクマを睨みつけるのだが、ふとメモの事を思い出す。
ーーまさかこいつがメモの送り主なのか……奴隷だし有り得なくもないな
衛兵オークが居なくなると、シロクマが話し掛けてきた。
『〈何か臭いと思ったら、こんな所に人間がいたか。ここはお前が立つような場所じゃねえぞ〉』
ーー何言ってるかさっぱりだが、雰囲気から良い事は言ってないな。こいつは送り主じゃない、絶対に!
『〈うんこ野郎!〉』
罵声を返し、勢い良く指をおっ立てるバンブロック。
すると一瞬で表現が変貌するシロクマ。
『〈殺す!〉』
巨体を揺らし、地響きを立てて突進するシロクマ。
そして巨体にも関わらず、その重い体躯を跳躍させた。と言っても50センチ程だ。
大きく振り被ったブラスナックルの拳を、落下に合わせてバンブロックに叩き付ける。
バンブロックはそれを避けた。
シロクマの拳は地面に突き刺さり、衝撃で湿った砂が飛び散り地面が揺れる。
巨体から繰り出す拳は、想像通りの物凄いパワーである。
さらに予想した以上に動きが早く、少し慌てた顔をするバンブロック。そのまま大きく後退して距離をとった。
そこでやっと試合開始のドラムが鳴った。
試合開始の合図前から盛り上がる観客席。
シロクマがゆっくりと拳を引いて、バンブロックの方を見て言った。
『〈今の良く避けたな。だが人間、そこまでだ。すぐに地獄へ送ってやる!〉』
シロクマが四つ足で走る。
そしてバンブロックの前で立ち上がった。
猛獣の熊を彷彿させるその姿は、もはや獣人と言うよりも魔物であった。
次回投稿は30日土曜日の予定です。




