68話 バーサーカー
ドクが叫びながら斬り込んだ。
「魔術もろとも斬り捨ててやる!」
ドクは自分の剣の腕に自身があった。
幼い頃から剣術を習い、試合では誰にも負けず大人になる。それからもずっと勝ち続けた。
兵士になってからも、負けることは無かった。
しかしある日、隊の中に強い士官がいると聞いて試合を申し込む。その相手が剣聖ハルトマンである。
そこで人生初めての負けを喫した。それも完膚なきまでに叩きのめされたのである。
ドクはそこで彼の部隊に入ることを、熱望したのである。ハルトマンを近くで見て、強さの秘密をみてやろうと思ったのだ。
ハルトマン隊に入ってからは彼を超えることを目指して、ひたすらハルトマンの剣術を盗んだ。
魔術を使う敵兵や魔物も、数多く倒してきた。
そして彼の剣の技量は、実戦によって大きく成長していく。
この調子ならば、後少しでハルトマンに手が届くとドクは考えていた。
だが越える前に、ハルトマンは死んでしまったのである。
そう、試合中にバンブロックに殺されたのだ。
それは仕方が無い事だと理解はしていた。ハルトマンかああなっては、どうにもならないのはドクも知っていた。
それでもドクはハルトマンを、どうしても超えたかったのだ。
そのハルトマンを超えた人物が、目の前にいる。
ドクの心は自然と、バンブロックを倒す事を切望していた。バンブロックを自分の剣で斬りたいと思っていた。
そこには最早、敵国の奴隷という境遇の中での数少ない人間同士、なんてものは意味がなかった。
鬼気迫る勢いで、ドクがバンブロックに迫る。
ーー何だ、急にドクの様子が変わった?
ドクの攻撃は凄まじかった。
バンブロックは必死に防御する。何とか反撃したいが、それをさせてくれない。
そして遂にドクのショートソードが、バンブロックの足を斬り裂いた。
バンブロックが反撃を試みて、前に足を踏み込んだ瞬間を狙われたのである。
「うぐっ!」
慌てて足を引っ込めるが、時すでに遅し。
バンブロックの膝上辺りから、血液が滲み出す。
ーーやられた……だがこの傷ならまだいける
確かに斬られはしたが傷は浅い。
とは言え、出血が止まらないといずれ行動に支障が出る。
バンブロックは一旦、大きく後退して距離をとる。
するとドク。
「バンブロック、ご自慢の麻痺魔術はどうしたんだ。まあ、魔術を使おうが、俺の剣の前では意味がないがな」
そう言うと、ドクが再び距離を詰める。
ショートソードが頭上高く振り上げられる。
その時だった。
ドクはバンブロックの顔を見て、一瞬動きが止まる。
バンブロックの左目が赤いのだ。
赤く光る目――それは魔物の眼光
バンブロックはドクが振り上げたショートソードを、輝くグラディウスで横へ弾く。
するとドクは弾かれた勢いを使い、くるっと回転して横薙ぎにショートソードを振るう。
だがそこにバンブロックは居ない。
「くそ!」
空を斬る事になったドクは悪態をつき、反射的にラウンドシールドで身体を防御する。
そこへバンブロックのグラディウスが、叩き込まれた。
輝きを放つグラディウスはその一発で、ラウンドシールドに亀裂を入れた。
低級素材の木板を金属枠で固めただけのこのラウンドシールドは、所詮は奴隷剣闘士用の安物である。一箇所でも亀裂が入れば、破壊されるのは時間の問題だ。
そこでドクは思い切り良く、ラウンドシールドを投げ捨てる。
そうなるとドクが今持っているのは、ショートソードのみである。
だがドクは盾など無くても、剣さえあればバンブロックに勝てると自分の腕を疑わなかった。
その時、バンブロックには異変が起きていた。
突然の激しい動悸と目眩で、意識が飛びそうになっていたのである。
バンブロックにとってこれは、昔経験したことのある事象に似ていた。
覚醒である。
何らかの切っ掛けで、魔術が使える様になる時に起こる症状だ。バンブロックが、麻痺魔術を使えるようになった時と、非常に似た症状であった。
バンブロックにとってはこの苦しい症状の後、麻痺魔術が自然と使えるようになっている。
しかしである。
今回の症状は少し違う。
激しい動悸と目眩に加えて、身体が熱くなり力が漲ってくる。
言い方を変えれば激しい興奮、そして抑えきれない程に暴れ出したい欲求であった。
そしてバンブロックの左目が完全に赤くなった時、バンブロックは解き放たれた。
「アアアアァァァ!」
雄叫びを上げて、ドクに襲い掛かるバンブロック。
バンブロックはカイトシールドを投げ捨て、グラディウスを大きく振り下ろす。
ドクが間一髪でそれを躱す。
グラディウスが激しく輝き、その刃が地面に激突した。
地面が大きく削れ、砂が四方へ飛び散る。
その威力は、人間の力を凌駕していた。
ドクは何が起こったのか、全く理解が追い付かない。ただひたすら、バンブロックの攻撃を避けるしかなかった。
誰が見ても一発喰らったら終わると、理解出来る威力である。ましてやショートソードで受け流せば、折れると分かるレベルであった。
観客も何が起こっているか理解できないでいたが、次第にその圧倒的な力に見入ってしまう。
観客の誰かが、その光景を見てつぶやく。
『〈あれってバーサーカーだよな〉』
それを聞いた周囲の観客達も、その“バーサーカー”と言う言葉で思い出す。
かつて“バーサーカー”と呼ばれた狂戦士が居た事を。伝説のチャンピオンと言われた“バーサーカー”を。
それは次第に観客全体に知れ渡り、観客達は騒ぎ出す。
“バーサーカー”が復活したんだと。
観客席は大歓声に包まれた。
そんな歓声の中、ドクは避けるばかりだ。
何度も攻撃に転じようとするも、バンブロックの圧倒的な力の前に、押し込まれてしまうのである。
それが続くと、徐々にドクのプライドが揺らいでくる。
そして遂には我慢しきれなくなり、ショートソードを振りかざし、捨て身の攻撃を試みた。
「この化け物がああぁっ!」
ドクの渾身の一撃だった。
だがそんな攻撃など、今のバンブロックに通じるはずもない。
バンブロックがグラディウスを軽く横薙ぎに払うと、いとも簡単にドクのショートソードがあらぬ方向へ飛んでいく――いや、違う。ショートソードだけでは無く、ドクの手首ごと飛んでいった。
「あ、あ、あ、俺の、俺の手がああぁっ!」
手首を押さえて狂ったように騒ぐドク。
手首を斬り落とされれば、もう剣は握れない。剣の道は一生閉ざされたも同義。ドクはそれを知って騒いでいるのである。
そして次の瞬間、ドクの首が飛んだ。
静まり返る闘技場。
少しの間を空け、観客がどっと湧き返った。
血腥い試合結果に、歓喜の声を上げているのである。
拮抗していた戦いからのバーサーカーでの勝利に、観客は大熱狂であった。
そこでやっとバンブロックの意識が、元に戻っていく。
身体からは熱が引き、早かった鼓動が徐々にゆっくりとなる。そして全身から力が抜けるような脱力感。
先程までの躍動感や興奮が、まるで嘘のようであった。
そして試合終了のドラムが、鳴っているのに気が付いた。
ーー俺は勝ったのか
そう思ってバンブロックはふと目の前に視線を移すと、ドクの首無しの亡骸が見えた。
「俺がやったのか……ここまでやるつもりなんか、なかったのに」
茫然としたまま、ドクの亡骸の前で立ち尽くすバンブロックだった。
次回投稿は28日木曜日の予定です。
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