67話 人間同士の戦い
顔の方に意識を持っていかせての、足元へのスライディング。
背の高いリザードマンに対してこの足元へのスライディングは、200センチという身長と相まって有効的な可能性が高い。
それに地面に寝転んだ状態の相手との戦い方など、殆んどの剣闘士は経験していない。
それはチャンスとも言えた。リザードマンは、対抗手段を知らないはずである。
バンブロックは兵士の時に、この地面で寝転ぶ戦闘を何度かしたことがあった。初めはたまたまそう言う状況になっただけなのだが、それが背の高い敵に対して意外と有効だった経験があり、それで今回その戦い方を試したのだった。
リザードマンは大慌てだ。
バンブロックは滑りながら、盾の裏に挟んだグラディウスを引き抜く。
リザードマンは避けようとして、咄嗟に足を上げる。
その横をすり抜ける際に、輝くグラディウスを振るった。もちろん脚を狙ってだ。
グラディウスが輝きながら、リザードマンの足首を斬る。
切っ先がやっと届いた程度だが、グラディウスの輝きはそれ以上の威力を発揮した。
『〈うわっ〉』
足首を斬られたリザードマンは、叫び声を上げながらも、ラージシールドを杖にして転倒を防ぐ。
観客席から響きが起こる。
バンブロックは地面を転がるようにして、距離を置いた所で立ち上がった。
そしてゆっくりと構え直して言った。
『〈まだ、やるか?〉』
するとリザードマン。
『凄いね、そんな戦法初めて見たよ。これじゃあ、まともに歩けないよ。仕方無いね、僕の負けだよ』
リザードマンは盾と武器を地面に投げ捨てると、あっさりと両手を挙げて負けを認めた。
そこでドラムが鳴った。
バンブロックの勝利である。
しかし観客席からは大ブーイングだ。
もっと血腥い戦いが見たかったのだろう。
リザードマンは片足を引きずりながらバンブロックに近付くと、握手を求めながら言った。
『〈僕の名前はゲト、君の名前は?〉』
『〈俺はバンブロック〉』
『〈何処の養成所だい?〉』
『〈あ、えっ……と、ウマッハ養成所〉』
『〈ああ、バドの街のね。それならその内にまた会えそうだね〉』
『〈んん? 何だって〉』
ここで衛兵オークが介入し、強制的に会話は途切れた。
バドの街と言ったのは分かったが、それ以降の言葉は早すぎて、バンブロックにはちょっと理解出来なかった。
こうしてバンブロックは、トーナメント2回戦を突破したのだった。
□ □ □
バンブロックは宿泊施設に戻り、桶の水で身体を洗っていると、ププがトコトコとやって来た。
すかさずバンブロックが抗議する。
「おいププ、今俺は身体を洗っている最中だぞ。少しは女としての自覚を持てって」
するとププは表情ひとつ変えずに言った。
「バンブロックさんは、そんな事を気にする様な性格ですか?」
「う……確かにそうなんだけどな」
「それより目が赤いですが、大丈夫ですか」
「あ、ああ、アルコールが目に入っただけだ。問題ない。それで何の用だ」
「えっと、トーナメント3回戦目の相手を、知らせに来ました」
明日の準々決勝の対戦相手である。
「まさか、“血染め”とか言うシロクマじゃないだろうな」
「違います。その剣闘士とはブロックが違いますので、対戦があるとすると決勝戦での試合です。それで明日の対戦相手は人間種です」
ーーここであいつと対戦か
「そうか、分かった。そいつの事は知っている。出来れば対戦したくなかったんだが、仕方無い。それで何が得意なんだ」
「知り合いですか……え〜と、情報によりますと、魔術は使えないとの事です。武器は小剣類に盾と一般的な装備ですが、他の街ではランクCのベテラン剣闘士です。剣闘士トレーナーの資格も持っているので、剣の技量はかなり高いと思われます。注意して下さい」
「そうだな、出来れば軽傷で終わらせたい……が無理だろうな」
このトーナメントでの人間種は、バンブロックの他は1人だけ。つまり対戦相手は間違い無くドクである。
バンブロックとしては、怪我を負わせたくない。だが剣闘試合である以上、負傷どころか死亡する可能性もある。
だからと言って八百長試合をすれば、目の肥えている観客はそれに直ぐ気が付くだろう。それに人間同士の戦いで怪しい試合をすれば、間違い無く疑われる。
上手く首元に剣を突き付けて、降参させるしかないが、ドクもかなりの腕前ある。逆に剣を突き付けられかもしれない。
ーーまあ、その時はその時だな
そして翌日、バンブロック対ドクのトーナメント3回戦目が行われる。
□ □ □
闘技場の中央に対峙する、バンブロックとドク。バンブロックはいつもの装備で、ドクもショートソードにラウンドシールドと、見た目は2人の装備に差はない。
「ドク、やりたくなかったが、剣闘試合をしなくちゃいけない状況になったな」
既に試合開始のドラムは鳴っているのだが、バンブロックとドクは話し始めていた。衛兵オークの居ない今しか、会話のチャンスはないからだ。
「そうだな。でもな、バンブロック。俺としては出来れば、お前を殺さずに試合を終わらせたい」
「俺も同意見だな」
「でもな、ここのコロシアム運営部は厳しいぞ。手を抜くとバレる。ましてや人間同士の戦いとなると、運営部は目を光らせているだろうな。そうなると必ず、俺かお前のどちらかが死ぬか、動けない程の重傷にならないと試合のドラムは鳴らないぞ」
「ああ、何となく覚悟はしていたよ。でも安心しろドク。上手く急所は外してやる」
ドクが口元を綻ばせながら返答する。
「言ってくれるじゃないか。それはこっちのセリフだよ」
「そろそろ衛兵が乗り込んで来ちまう。その前に戦いを始めようか」
両者が武器を構える。
そこで衛兵オークらは、闘技場への乱入を止めた。バンブロック達にも、衛兵出入口まで来たオークらが戻るのが見えた。2人の私語に割って入る寸前だった訳だ。
それを確認した2人は、ゆっくりと間合いを詰めていく。
2人に殺意はない。ないのだが、急所を外して戦闘継続を困難にするなんて事が出来るほど、相手との技量に差はない。
そうなると生命を張った戦いになる。
2人も薄々はそれを感じていた。
先手を討ったのはドクだ。
バンブロックにラウンドシールドを押し付け、右手のショートソードで斬り掛かる。
バンブロックも負けてはいない。
カイトシールドで押し返し、グラディウスでショートソードを弾いた。
ドクが後方へ飛び退くと、バンブロックも同様に後方へと下がった。
そこでお互いに笑みを見せる。
そして今度はバンブロックから仕掛けた。
グラディウスで袈裟斬りを喰らわす。
ドクはラウンドシールドで、それを払い除ける。
ドクが反撃に出る前にバンブロックは、カイトシールドでのシールドバッシュ。
だがドクは寸前で足を出す。
バンブロックはその足に躓き、シールドバッシュどころではない。
バンブロックはバランスを崩しそうになるが、何とか踏みとどまる。
そこへドクのショートソードが、振り下ろされた。
バンブロックは身体を捻りながら、グラディウスでそれを受け流す。
受け流したは良いが、バンブロックの顔にラウンドシールドが迫っていた。
「ぐふっ」
避けきれずに顔に強打。
直ぐに後退するバンブロック。
だがドクは追ってこなかった。
代わりに口を開く。
「剣の戦闘は俺の方が上みたいだな。さてバンブロック、どうするよ」
ドクは完全に上から目線であった。
しかしバンブロックにも意地がある。
「そうだな。剣の腕はお前の方が上かもしれないな。だがな、俺には魔術があるってのを忘れるなよ」
すると途端にドクの表情が、強張っていくのが分かった。
次回投稿は26日火曜日の予定です。




