62話 衛兵殺しの処遇
甲殻アリとの対戦のはずが、大きく試合は変わってしまった。甲殻アリとの試合はバンブロックが勝利という結果だが、問題はその後の戦闘である。
暴走したハルトマンを止めるためとは言え、衛兵オーク数人を巻き込んでの麻痺魔術である。
闘技場内へ駆け付けた30人の衛兵オークの内の、12人に死者が出た。残り衛兵オークも重軽傷を負っていた。
ハルトマンによる者もいるが、バンブロックによる者もいる。
これによりウマッハ養成所の剣闘士は、通常ならばこのコロシアムでは出場停止となる。それは飽くまでも“通常ならば”である。
それに加えてバンブロックは、処分されるはずであった。これも“通常ならば”である。
今回の場合は、この惨事よりもバンブロックへの人気が優先し“通常でない”道が開かれた。
と言うのも、ハルトマンとバンブロックの対決時の観客の熱狂ぶりは、ここ数年で見たことが無いほどのものだったらしい。
イレギュラーだったからこその人気だったのかもしれないが、コロシアム運営部のバンブロックへの評価は高かった。
しかしコロシアム運営部も衛兵に死者が出てしまっては、この事案を放っては置けない。それである条件が出されていた。
そんな事も知らないバンブロックは、コロシアムの医務室にて、枷を着けられベットに横たわっていた。
傷は相当に深く血液も流れ過ぎた為に、高価なハイヒール魔術を使っても直ぐには動けなかったからだ。
それにバンブロックの処遇が、まだコロシアムから伝えていなかったのもある。
バンブロック自身も、衛兵オークをあれだけ倒してしまったのだから、何らかの処罰があると覚悟していた。
それこそ死刑もあると思っていた。
どう足掻こうが奴隷なのである。
だがバンブロックは後悔はしていない。
妻と娘の仇を倒せたのだ。それこそ悲願の達成である。
そしてバンブロックが、医務室のベットで横たわってウトウトしている時である。
ベットの横にウマッハと護衛オーク数人、そして通訳としてププが立った。
バンブロックは目を覚まし、慌てて起き上がろうとするするが、まだフラフラしている。それでも何とか上半身は起こす。そして処罰を言われる覚悟を決めた。
ウマッハが何かを喋りププが訳す。
バンブロックもある程度は北方語が分かるのだが、早口で言われるとまだ耳が追い付かない。
それでププの言葉に集中する。
「バンブロックさん、ご主人様からの言葉をお伝えします。明後日から始まる“新人トーナメント戦”に出場して全て勝てば、今回の失態は無かったことになるそうです」
バンブロックは少し考えてから返答。
「……幾つか質問がある。まずは今、新人トーナメントと言ったが、俺は新人じゃないだろ」
「それは確認済みです。この地域、つまりこのコロシアムでは初参加なので、新人で問題無いそうです。参加資格はこの街で新人である事、加えて他の街でランクC以下である事です。それでは次の質問をどうぞ」
視線を合わさず、口調もいつものププである。
「トーナメント戦を全て勝てと言ったが、それって優勝しろってことだよな?」
「そう言う事になりますね。はい、次の質問どうぞ」
ププのそっけない返答に、バンブロックはちょっと眉間にシワを寄せるるも、いつもの事だと思い直し質問を続ける。
「なあププ、さっきの試合だが、俺に対して何か叫ばなかったか?」
試合途中に聞こえた声だ。
あの大歓声の中で、バンブロックの耳に届いた唯一の声。それも人間の言葉。
あの声のお陰で勝てたと言っても、過言ではない。
それは間違い無く、聞き慣れたププの声であった。
バンブロックの質問に、ププの目が泳ぐ。
そして言いにくそうに話し出す。
「あの……そうです。思わず叫んじゃいました……それでご主人様にこっ酷く怒られました」
そう言いながらお腹を擦るププ。
それを見てバンブロック。
「まさか、腹を殴られたのか!」
声を荒げたバンブロックを見て、護衛オークがギロリと睨む。
慌てて声を押さえて、再び聞き直すバンブロック。
「怪我はないのか?」
「はい、大丈夫です。大したことはありません。それより――」
ププは腹を擦ったのは、失敗だったと後悔した。実は蹴られた腹が痛むのである。
それを悟られまいとして、話を変えようとするププ。
「――バンブロックさんの方の怪我は大丈夫ですか?」
しかし話が長過ぎたのか、ウマッハが会話に割り込んできた。
『〈何を話している?〉』
そこはププが直ぐに取りなして、言い訳する。そして再びバンブロックに会話を戻す。
ププはこういう時にも、上手くあしらえる様になっていた。
「新人トーナメント戦ですが、ご主人様から優勝しろと指示が出ています。その優勝賞金が今回の賠償金に充てられ、バンブロックさんは今まで通りとなります。ですが、もし負けた場合は奴隷の競売に掛けられて、そのお金が賠償金となります。生きていればですが……必ず生きて優勝して下さい。必ずです。大切な事なのでもう一度言います。優勝しないと追い込みま……あ、すいません。取り乱しました」
ププの感情が垣間見えた感じの言葉だった。
そしてバンブロック。
「俺が負けるはずが無いだろ」
バンブロックは、何度この言葉を言っただろうか。そしてププに不安を与えないようにと、笑顔でもあった。
ここでププが話を変えた。
「そう言えばバンブロックさん、片目が充血? 赤くなってます。疲れのせいですかね」
バンブロックは一瞬ドキリとした。
ハルトマンの赤い目を思い出したからである。
「そうか、さっきまで寝てたからだよ。心配するな」
「あ、そろそろ話を終えないと怪しまれますので、失礼します」
そう言ってププとウマッハ達は立ち去った。
こうしてバンブロックの次の試合は、賠償金の為の強制参加という名の下に、新人トーナメント出場となった。
この時点でバンブロックは、強くてもランクCで新人ばかりが集まるトーナメントなど、簡単に勝ち上がれると考えていた。しかし現実は、そんなに簡単なものではなかった。
□ □ □
バンブロックは試合前日、初めてトーナメント戦がどういうものか聞かされた。
寝床に入る寸前にププが来て、説明を始めた。
「お休み前に、失礼します。明日の新人トーナメント前哨戦の説明を致します」
相変わらずの口調だ。
「ああ、頼む。まずは対戦相手の種族から知りたいな」
「種族、ですか……それは色々ですかね」
「色々って、どういうことだ」
するとププは言いにくそうにしながらも、説明を始めた。
「多分バンブロックさんは、1対1の戦いだと考えていると思うのですが、そうではなくてですね……多人数での試合らしいです」
「団体戦ってことか?」
「いえ、そうではないです。参加者が非常に多いので、闘技場に参加者全員を入れて戦わせ、人数を絞るそうです。そこで勝ち上がった者が晴れてトーナメント出場となります」
「乱戦になるのか、それはちょっと嫌だな。まあ、だからと言って断れないんだがな……それで参加者の人数は?」
「今、分かっているだけで100人くらいです」
「そんなにいるのかよ。それで何人まで絞るんだ。何人までトーナメントへ行けるんだ?」
「それはまだ不明です。毎回人数が変わるそうです。恐らくその時の気分で決まるのかと……」
気分で人数が決まる辺りは、グリーンスキンらしいところではある。
「……分かった。他に情報はあるか?」
「いえ、これだけです。あの、優勝は無理でも、必ず生き残ると約束して下さい」
バンブロックは、生き残る約束を求められるとは思わなかった。それで少し面食らうが、答えは決まっていた。
「言われなくて、負けるつもりはないし、死ぬつもりもない。俺の言葉を信じろ」
そして翌日の朝、バンブロックはコロシアムへと向かうのだった。
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