59話 甲殻アリとの戦い始まる
ギグの街のコロシアムには、二つの闘技場がある。
第一闘技場は一番大きく、殆んどの闘技試合はここで行われる。
そして第二闘技場は少し狭く、剣闘士達からは「死刑場」と呼ばれていて、高確率で死者が出るルールでの試合が行われていた。いわゆるデスマッチである。
しかし今回のバンブロック達の試合は、第一闘技場にて行われる。
バンブロックを先頭にして、次いでハルトマンが第一闘技場へと歩を進める。
この時2人は、漆黒のフード付きマントで全身を覆っている。
すると必然と観客の注目が集まる。
十分に注目を集めた所で、2人は漆黒のマントを外し投げ放った。
そこにはドクロのヘルムと、悪魔のヘルムの2人が現れた。
観客席からどよめきが起こる。
その光景を貴賓席から見ていたウマッハは、思惑通りの展開にニヤリと微笑んだ。
反対側の入場扉は、開かずに閉まったままである。その代わりに闘技場の中央付近には、数人の衛兵オークと共に大きな檻が置かれている。檻の中で何かが、蠢いているのが見えた。
甲殻アリである。
バンブロック達が中央に辿り着く前に檻の扉が開け放たれ、少し遅れて試合開始のドラムが鳴った。
檻の中からは、ワラワラと甲殻アリが溢れるように飛び出して来た。
その数はなんと5匹だ。
バンブロックは1匹とばかり思っていたが、実は5匹という事実に悪態をつく。
衛兵オークは巻き込まれない様にと、衛兵用の出入り口へ走り去るのだが、その内の1人がたまたま転倒してしまった。
そこへ甲殻アリ5匹が群がった。
体長1メートルを超す巨大アリである。
巨大な顎を持ち、金属製の鎧も貫くほど強力であった。
転倒した衛兵オークはたちまち5匹の顎に捕まり、身動きが取れなくなる。
こうなるともう助からない。
その後の末路は悲惨だった。
衛兵オークの叫び声と、何かが裂ける音が闘技場に響く。
生きたまま身体を引き千切られたのだ。
観客は大喜びだが、闘技場の裏へ逃げ込んだ他の衛兵オークらは、仲間の悲鳴を聞いて顔をしかめていた。
腹が減っているのか、甲殻アリは形の無くなった衛兵オークに、貪る様に喰らいついていた。
闘技場には今や、バンブロックとハルトマンだけである。
当然、次に狙われるのはこの2人だ。
鮮血が滴る鎧の一部を咥えたまま、1匹の甲殻アリの首がバンブロックの方向に向く。
その複眼には、バンブロックの姿が捉えられた。
すると咥えていた鎧の一部を、吐き出すように捨てる甲殻アリ。
そこでバンブロックは、ハッとした様子で叫ぶ。
「剣聖、来ます!」
慌てて構えるバンブロックに対し、初めから落ち着いた様子のハルトマン。
両手をダラリと下げて伏し目がちのまま、口元が大きく開いた革ヘルムから、口元が僅かに動くのが見えた。
「……ああ」
殆んど聞こえない様な、ハルトマンからの返事だった。
そこへ1匹の甲殻アリが、六本の脚をカサカサと動かし急接近する。
ーーこんなに早く動けるのかよ!
先頭にいたバンブロックは避けきれずに、辛うじてカイトシールドで巨大な顎を弾く。
その衝撃も凄かった。
バンブロックは、1メートル程吹っ飛ばされる。
後ろにいたハルトマンは、その飛ばされたバンブロックにぶつかりそうになるが、軽く身体を捻っただけで躱した。
そしてハルトマンの次の行動。
革ヘルムの開口部から見える口元が、微笑んだ。
さらに微笑んだ口元から歯が――いや違う、歯ではなく牙が見えた。
それは人間が見せる笑顔とは程遠く、悍ましい雰囲気を醸し出す、狂気の笑みを思わせた。
ハルトマンの足元が動く。
同時に右腕を振り上げる。
次の瞬間ハルトマンは、突進して来た甲殻アリの目の前にいた。
右腕のサーベルを振り下ろす。
バンブロックは起き上がらながら、ハルトマンの一挙手一投足に集中するが、余りの剣速に目が追い付けなかった。
ハルトマンはサーベルでもって、瞬時に3連撃を食らわした。
「キンキンキン」と甲高いが音が鳴る。
3撃が頭部に叩き込まれたのだが、全て巨大な顎が防いでいた。
逆に顎を振り回されて、距離を置くハルトマン。
ーー正面からは厳しそうだな
そこでバンブロックは構え直すと、自分の持つ輝くグラディウスを見る。
ーーこのグラディウスならどうだ
バンブロックが前に出る。
甲殻アリはカチカチと顎を鳴らして、ハルトマンに対して威嚇する。
そこで他の2匹の甲殻アリは千切れた肉片を貪るのをやめ、ハルトマンに寄って来た。
バンブロックは声を掛けながら、ハルトマンの後ろを守る様に移動する。
「剣聖、関節の隙間です!」
関節の隙間なら刃が通ると言いたかったのだ。
しかし返答はない。
返答の代わりにハルトマンは1人前に出て、甲殻アリへの攻撃を再開した。
やはりハルトマンの口元は笑っていた。
悪魔を模したハーフヘルムのデザインと相まって、その笑みは余計に狂気じみた印象を与える。
ハルトマンは頭部では無く、今度は細長い脚に攻撃を集中させた。
バンブロックの声が、聞こえていたのかもしれない。脚関節の隙間なら刃が通る。
ハルトマンが目の前の甲殻アリと戦っていると、残りの4匹も何故かハルトマンの方へ向かって行った。
バンブロックは必死に甲殻アリの気を引こうと挑発するが、見向きもされなかった。
仕方無くバンブロックは回り込んで、甲殻アリの側面からの攻撃を試みる。
せめて1匹でも動きを止められればハルトマンの負担が減るので、必死に脚関節の隙間を狙ってグラディウスを叩き込んだ。
グラディウスが白く輝き、甲殻アリの脚に命中する。
関節には当たらなかったが、甲殻アリの脚が1本グニャリと折れた。
「よし、イケるぞ」
脚をへし折られた甲殻アリが急に動きが速くなり、折れた脚を引きずりながら、逃げるように闘技場内を動き回る。
観客席と闘技場との段差は数メートルあるのだが、さらにそこにはアリ除けの薬が塗られていた。だから甲殻アリは逃げ道がなく、闘技場の中を動き回るしかないのである。
気を良くしたバンブロックは、さらに次の甲殻アリにグラディウスを向ける。
しかしその間にもハルトマンは、4匹の甲殻アリに囲まれていた。
普通ならどんなに頑張っても、1分もしない内に喰い殺される状況だ。
しかし、ハルトマンの持つ“剣聖”の称号は伊達ではない。腐っても剣聖は剣聖であった。
悪魔ヘルムの眼光が深紅の色を放つ。
そして悪魔ヘルムから笑い声が漏れ始める。
狂刃ハルトマンが目覚めたのだった。




