58話 ハルトマンを知る者
「その腕の入れ墨……間違い無い。ハルトマン隊長ですよね」
男はハルトマンの事を知っていたようだ。
ハルトマンの腕の入れ墨を見て、本人だと確信したのである。
さすが人間領内での有名人だ。
ハルトマンは木剣の動きを止め、声を掛けてきた男に目を向ける。そして数秒の間を空けた後に口を開く。
「う〜む、すまんがどちらさんだったかな?」
やはり覚えていなかった。
そこでバンブロックは慌てて会話を遮る。
「剣聖殿、会話が衛兵にバレるとマズいです。自分が話します」
ハルトマンは少しだが驚いた顔を見せるが、直ぐに理解して木剣を振るい始めた。
それを見届けた後、バンブロックも衛兵に気付かれない様に、外方を見ながら会話を始めた。
話し掛けてきた男とバンブロックは、お互いに殆んど目を合わさずに会話する事になる。
「彼は確かに剣聖ハルトマンだよ。でも悪いが記憶を一部無くしていて、知り合いだった者も忘れている。だから君のことも覚えていないんだと思うよ」
「やはり、そうか。僕はハルトマン隊に所属していた、10人隊の隊長のドク。まさかハルトマン隊長が生きておられるとは……」
「俺は静寂の森の守備隊で、10人隊の隊長のバンブロックと言う。もしかして君は、ハルトマン隊が全滅した時の兵士なのか?」
「全滅、やはりそうなっていたのか……僕は気を失って敵の捕虜となり、何年もの間ずっと剣闘士をやってたんだよ」
それを聞いたバンブロックが、驚いて聞き返す。
「それって、敗残兵討伐に向かったら、グリーンスキン本隊に出くわしたって話の……」
「ああ、そうだ。僕達はグリーンスキンの敗残兵に襲われていた村へ行った時、敵の本隊に遭遇して……酷い有り様だったよ。まさかハルトマン隊長があんなになるなんて……」
ここでバンブロックは、ドクの話が気になった。“隊長があんなになるなんて”と言うところだ。
「なあ、ドク。今の話を聞くと、ハルトマン隊長がどうにかなったって聞こえるんだが」
するとドクは、不思議そうな顔でバンブロックの方を見た。
「ハルトマン隊長の事、聞いてないのか?」
バンブロックの表情が強張る。
「どう言う事なんだ。俺は当時その襲われた村、バンブ村に住んでいたんだよ」
それを聞いたドクの目が、驚いてパッと見開くが、直ぐに何を思ったのか顔を伏せる。
そして小声で言った。
「あのバンブ村の生き残りなのか……それはすまない。本当にすまないことをした。あの時に僕がハルトマン隊長を止められていたら、あんな事態にはならなかったのに……」
話が読めないバンブロックは困惑する。
「待ってくれ。ハルトマン隊長を止めるって? 意味が分からない。ちゃんと説明してくれるか」
バンブロックは、思わず声を荒げてしまった。
それがマズかった。
『〈おい、そこ。何を話しているか!〉』
衛兵オークに見つかってしまったのだ。
ドクは慌てて手振りで何でもないとアピールするが、衛兵オークは近付いて来た。
なおもそこでドクは、衛兵オークに言い訳をしている。ドクは北方語が話せるようだ。
しばらくすると衛兵オークは立ち去ったが、バンブロック達とドクは、大きく離されてしまった。
肝心のところの話が、聞けなかったのである。
苛立つバンブロックだが、どうにもならなかった。
結局それ以上の話は聞けず、ハルトマンに聞いても覚えておらず、諦めて宿に戻るのだった。
そして翌日にバンブロックとハルトマンは、何も聞かされずにコロシアムへと連れて行かれた。
コロシアムに到着すると2人は直ぐに、控え室へと押し込まれる。もちろん男奴隷の剣闘士控え室である。
バドの街のコロシアムの倍はある広さの控え室なのだが、剣闘士の数も多く狭苦しさは変わらない。
外はまだ肌寒い季節だというのに、ここは換気が悪いのか、男達の熱気と汗の臭いで充満していた。
またこのギグの街では、人間への差別がさらに激しいらしく、この控え室でもそれが如実に現れた。
同じ奴隷剣闘士からにまで、人間は嫌われていた。それだけ人間は過去に、亜人達に酷い仕打ちをしてきたのである。
衛兵オークが見ているので、手出しをしたりはしないのだが、控え室での居心地は最悪だった。
ここの控え室にも、一番大きな闘技場が見える横長の小窓があるのだが、その周りには人間であるバンブロック達は、近付かせてもらえない。それは他の剣闘士の試合を、観られないということになる。
つまり他の剣闘士の情報を、得られないのである。
そうなるとバンブロックとハルトマンは、部屋の隅で座って時間を潰すしかなかった。
そんな時、扉が開く音が聞こえ、急に控え室が静まり返る。そして控え室の剣闘士らの視線が、一斉に扉の方へ集まる。
その視線は低い位置にあり、男達の視線は何かを追うように移動して行く。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと移動した後、バンブロック達の前で止まった。
毎度同じ登場の仕方をするププであった。
剣闘士達の誰もが『何でここに子供が?』と思っていたのであろう。
そしてバンブロックは、そのププの姿を見てもっと驚く。
「……その獣耳、どうした?」
ププの頭に獣耳が生えていたのだ。
「人が多くて、やっと見つけました……あ、これですか。帽子みたいなもんです。これを被るとヘイトが無くなりますよ」
そう言ってさらに自分の腰を見せて言った。
「付け尻尾もあるんですよ――」
「マジか……」
そこまで言うと、急にいつものププに戻る。
「――本題に入ります。バンブロックさんとハルトマンさんの試合が決まりました。対戦相手は甲殻アリです。今行われている試合のふたつ後です。以上です、失礼します」
そう言っていつもの様に、さっさと居なくなった。
甲殻アリ、つまり対戦相手は魔物であった。
この街に到着したばかりの2人には、対戦相手が直ぐに見つからず、魔物相手だったら直ぐに出場出来ると聞かされたウマッハが、即答した結果である。
甲殻アリはその字の如く、硬い甲殻を持つ巨大な蟻であった。
剣も中々通さない程の硬さと言われている。
最大の武器はその顎であり、金属製の鎧も潰す力がある。
捕まったら最後であった。
そして試合の時間が近付いて来たのか、衛兵オークがバンブロックとハルトマンを呼びに来た。
いよいよ魔物との対決である。
入場扉の前にある準備場所で、2人は装備を選んでいた。
今回は鎧の着用も認められている。
そこでバンブロックは、身軽さを優先していつも通りの装備にした。
ドクロヘルムに、輝くグラディウスとカイトシールドである。甲殻アリに捕まったらどうせ終わりなので、鎧は無しにした。
ハルトマンも同じであった。
サーベルとダガー、そして悪魔を模した革製ハーフヘルムである。
しかしそれだけの装備で終わらなかった。
ウマッハの指示により、2人には漆黒のフード付きマントが配られていた。演出のひとつである。
そして待つこと数分。
遂に入場扉が開きだした。
バンブロックが一歩踏み出すと、続いてハルトマンがそれに続いた。




