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気が付けば奴隷剣闘士  作者: 犬尾剣聖


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52話 瞬殺






 バンブロックが新人剣闘士達の鍛錬をするようになって、ウマッハ養成所の剣闘士の勝率が上がってきた。


 そのお陰でバンブロックは、試合の無い時でも新人剣闘士の付き添いとして、コロシアムへと足を運ぶ機会が増えた。

 バンブロックにとってそれは、奴隷蜂起どれいほうきへの情報を得る機会が増えると言う事。


 今のバンブロックは、バドの街から一番近い人間領との位置関係さえ分かっていない。

 今は知識と情報を、少しでも多く集めるのに必死だった。

 しかも怪しまれないようにである。

 


 □ □ □



 奴隷剣闘士としての生活が続いてくると、少しづつだがバンブロックも、北方語を覚えてきた。簡単なものならば、大体の意味を理解出来る程にまでなった。

 それだけ剣闘士生活が長いと言う事である。


 今やランクCのバンブロックだが、バドの街へ戻って来てからの試合数が少なかった。

 初めの数試合は直ぐに対戦相手が決まったのだが、そこから急に対戦相手が見つからなくなった。見つからないと言うよりも、対戦を拒否されていると言うのが本当である。

 その理由は、魔術が使えるからである。


 特に麻痺魔術は、戦いには非常に有効であった。

 そうなるとリスクのある試合は、色々と理由を付けて相手が断ってくるのである。


 バンブロックはもう、2週間以上試合がない状態だ。


 そこでウマッハは、マッチメーカーに頼む事にした。マッチメーカーとは、奴隷の主人に代わって試合を組んでくれる者で、見返りとして、ファイトマネーの何割かを取られるのである。

 今までも何回か単試合で頼んだりはしていたのだが、今回は複数試合での契約だった。


 契約して数日後には、対戦相手が見つかった。

 どういう手を使ったのかは知らないが、ランクCの中でも中堅くらいに位置する相手であった。

 バンブロックはランクCの中でも下位ランカーなので、これはランキングを上げるチャンスでもある。

 

 そしてマッチメーカーを通すメリットが、対戦相手の情報が得られるところだ。

 その代わり、自分の情報も相手に伝わるが。

 

 その対戦相手だが、コボルトのスピア使いである。コボルト族では戦士だったようで、両手持ちのスピアの扱いは、周りから一目置かれていた。


 そして試合日程なのだが、それは明日の午前中だった。

 この急な試合決定はオーク特有らしく、どうにもならなそうである。


 そして試合当日の朝である。

 獣車にはバンブロックの他に、ハルトマンが乗って来た。

 ハルトマンのデビュー戦である。

 結局ハルトマンは記憶が戻らないまま、剣闘士のデビュー戦を迎える。

 これは前から決まっていた対戦で、午前中に試合が組まれていた。


 コロシアムに着くと、ハルトマンに色々と説明しながら控え室へと向かう。

 ハルトマンは口数が少なく、ただ黙ってバンブロックの説明を聞いていた。

 

 ハルトマンと出会った時とは違い、伸び放題だった髪の毛はキチンと切り整えられ、髭も《ひげ》も綺麗にられていて、実年齢よりも若々しく見えた。

 ちなみに年齢は30代後半なのだが、本人はそれさえ覚えていない。

 

 試合が近付いたらしくハルトマンは、試合の準備場所へと衛兵オークに連れて行かれた。

 入場扉の前でハルトマンは、武器を渡される。初戦なので選ぶ事は出来ない。

 そこで渡されたのは、グラディウスが一振り。当然のことだが鎧や防具はない。

 その代わり、金属製のフルヘルムを渡された。人間だから顔を隠せと言うのである。


 ハルトマンは、渡されたフルヘルムを被った。

 初めは視界の悪さに戸惑ったが、しっくりする位置を見つけたのか急に落ち着く。


 そして遂に入場扉が、きしみ音を立てて開き始めた。


 いよいよ試合開始である。

 反対側の入場扉も開き始めている。


 そしてほぼ同時に、ハルトマンと対戦相手が闘技場へと足を踏み入れた。


 声援や歓声は殆んどない。

 両者ともにデビュー戦で、観客は2人を知らないからである。


 両者は闘技場の中央へと、衛兵オークに連れられて行く。


 バンブロックはそれを、控え室の細長い窓から見ていた。


 対戦相手も被り物を着けている。

 こちらは金属製では無く、革製のフルヘルムだ。口の所にはシャークマウスと呼ばれる、牙の口が描かれていた。

 

 バンブロックは、その対戦相手に注視する。

 武器はハルトマンと同様に、グラディウスの一振りのみ。あとは腰布だけ。

 不思議なのは尻尾が見当たらない。

 肌は人間質なので、考えられるのはエルフやハーフリング等の妖精系の亜人、もしくは人間である。だが身長やはだの色を見るに、妖精系の亜人の線は低そうだ。

 そうなると考えられる選択肢は“人間”となる。


 しかし半獣人の中には、尻尾が短い者も多くいる。ただ単に短すぎて、腰布で見えないのかもしれない。

 

 そう思いつつも、やはり頭の中では人間という選択肢しか思い浮かばない。

 だからと言って、バンブロックがどうにも出来ない事は、今までの経験で十分に理解していた。ただ見守るしか無い。


 あとは、もしハルトマンが対戦相手が人間だと気が付けば、殺さずに急所は避けて試合を終わらしてくれるだろう。

 バンブロックは、そんな期待をしていた。


 そして試合開始のドラムが鳴った。


 それに伴い、衛兵オークも下がって行く。


 革マスクの男は、グラディウスを片手でクルクルと回しながら、ハルトマンとの距離を詰めていく。


 一方ハルトマンは手をダラリと下げたまま、うつろな目でその場に立ち尽くす。


 革マスクの男はギリギリの間合いから、剣を振り上げたり突く素振りを見せたりと、ハルトマンを威嚇いかくする。


 それでもハルトマンは動かず、手をダラリと下げたままだった。


 そこでしびれを切らした革マスク男が、一気に距離を詰めて斬り掛かった。


 ハルトマンの剣がピクリと動く。


 次の瞬間、革マスク男の首が飛んだ。


 空中をクルクルと回り、その拍子に革マスクが外れる。


 そして鮮血を撒き散らしながら地面に落ちた。

 その顔は間違いなく人間である。

 

 知った顔ではないが、人間種である。

 バンブロックは折角見つけた人間が、死んでしまった事に残念がる一方で、ハルトマンに不安な気持ちを抱いていた。


 何故かというと、先程のハルトマンが対戦相手の首を斬った時の事だ。

 虚ろな目で無表情だったハルトマンの表情が、一瞬だけ狂気の顔に変わったからだ。

 

「ハルトマンが狂刃と呼ばれた理由は、こう言う事だったのか……」


 バンブロックがそんな事をつぶやく一方で、

観客は余りの剣筋の速さに目が付いていけず、何が起こったかのか理解出来ない者が殆んどだった。

 それでも何人かの観客が、一瞬で首をはねたと言う事実に驚嘆きょうたんして騒ぎ始めた。

 それが徐々に周囲に広まり、最後には観客席全体を巻き込んだ歓声へと変わった。


 かつて“狂刃”と呼ばれたハルトマンの勝利であった。







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