50話 ランクCの剣闘士
開始ドラムがなると対戦相手のオークは、盾を構えメイスを肩のあたりで持ち、ジリジリと少しづつ近付いて来る。
慎重派スタイルのようだ。
対戦相手のオークは、ここで負けたらランク落ちなので、かなり必死のはずである。どんな手かは分からないが、汚い手を使ってくるかもしれない。
バンブロックも慎重になる。
オークはフェイントを織り交ぜながらも、チョコチョコとメイスで攻撃をしてくる。
様子見と言ったところだろうか。
しかしオークが突然、詠唱の言葉を口にする。
ーーこいつ、魔術が使えるのか!
詠唱を完成させまいと、バンブロックが激しくグラディウスを何度も叩き付ける。
バンブロックにとっては、どんな魔術がくるかも分からないのである。これほど恐ろしい事はない。
相手のオークも必死だが、バンブロックも必死であった。
バンブロックの執拗な攻撃により、詠唱は破棄される。
しかし破棄されても、新たに詠唱を始める。
それを何度も繰り返す攻防が続いた。
観客から見たら、激しい攻防に見えただろう。大盛り上がりとは言わないが、そこそこの盛り上がりであった。
だがその攻防が何度も続いた為、次第に観客は飽きて野次が飛び出す。
ここまでのバンブロックの攻撃は、全て防がれている。この事実にバンブロックは、かなり驚いていた。
ランクCとDでは、ここまで技量差が出るものかと。
相手のオークは不穏な空気を感じて、攻撃パターンを変えてきた。
グズグズしていると、以前のように衛兵オークが乱入して来るからだ。
防御重視だった戦い方から、攻撃重視に切り替えたのである。
急にオークの戦い方が変わり、バンブロックも少なからず動揺したのだが、特に強い打撃でもなければ素早い訳でもない。それでいて、バンブロックにスキを与えない。
バンブロックにしたら、もどかしい感じの動きだ。
バンブロックも何とかグラディウスを叩き付けるが、それも盾で受け流されてしまう。
受け流すとはつまり、衝撃を別方向は移す事。つまり輝くグラディウスでも、直撃しなければ盾をかち割れない。
それでいて特別に技量が高いかと言えば、そんなこともない。
バンブロックはこれらを鑑みて、対戦相手のオークはあらゆる技能が平均して高いのだと判断した。
どれも普通に見えて、実はどれもレベルが高かったのである。
それでバンブロックは思う「ランクCとDでは世界が違う」のだと。
バンブロックが、そんな事を考えている時だった。
突如足払いを食らった。
これは完全に予想外。
ヨロヨロと後退して尻もちを突く。
ーーマズい、攻撃がくる!
そう思ったバンブロックだが、オークの行動は違った。
詠唱を始めたのである。
焦るバンブロック。
急いで立ち上がるも、詠唱は完成していた。
ーーどんな魔術がくる!?
オークが一気に間を詰める。
メイスが振り上がる。
メイスの軌道を目で追うバンブロック。
そこで目の前が盾で覆われた。
オークの盾が視界を遮ったのである。急激に盾が広がったように見えた。
ーーこれが詠唱の結果の魔術なのか!
この状況は、メイスが何処へ振り下ろされるか判断出来ない。
そこでバンブロックが、予想外の行動に出た。
振り下ろされたメイスが空を切る。
バンブロックの姿が消えた?
オークが驚きの目を向けるが、その視線は直ぐに真下に移される。
オークが牙を剥き出しにして叫ぶ。
『〈自ら転びやがったのか!〉』
しかし気が付いた時はもう遅かった。
バンブロックは、地面を転がりながらグラディウスを振るう。
必死に避けようとするオーク。
グラディウスが白い輝きを放つ。
次にオークの足首が斬り飛ぶ。
『ウガアアア!』
片脚となったオークが、後ずさりながら転倒。
反対にバンブロックは起き上がる。
オークは諦めずに倒れたまま盾を構える。
バンブロックはゆっくり近付くと、何かを口にしながらオークの前に立った。
「この生命、愛する者へ捧ぐ」
オークはそれを詠唱と考え、顔が恐怖に染まる。
ーー麻痺魔術
バンブロックは地面に横たわるオークの足先を、ほんの軽く蹴った。
その途端、オークが硬直しブルブル震える。
それも数秒で終わる。
しかしオークが永遠に眠るには十分だった。
観客席から大きな歓声が上がる。
同時に試合終了のドラムが鳴った。
バンブロックの勝利である。
バンブロックの麻痺魔術を始めて見た観客は、大興奮で歓声が鳴り止まない。
このトルバの街での初戦で、一気に観客の心を掴んだのである。
バンブロックは軽く手を挙げながら、闘技場を後にした。
だがバンブロックにとっては、ちょっと不思議ではあった。前にもあった事だが、オークを倒してオークから歓声を受けるこの違和感。
バンブロックは、ドクロヘルムを外しながらつぶやく。
「まだ慣れないな……」
この勝利でバンブロックは、晴れてランクCへと昇格した。
バンブロックが宿舎に戻ると、報告を聞いたモナとガンプが喜んでくれていた。
「ロック、遂にランクCまで来たな。これで私と一緒のランクだぞ。知らんけど!」
そうモナが言えば、ガンプも追随する。
「隊長がランクCか。隊長ならまだまだ登れると思うぜ。俺も早くランクCに成りたいよ」
「ガンプ、まずはお前はランクDに成るのを考えろよな。吹っ飛ばしすぎだ」
「そりぁそうだな。ふはははは」
ガンプが大笑いする中、バンブロックがさらに話を進める。
「それとだな、アルティアも勝利したよ。なんと相手は瞬殺だったよ。な、アルティア?」
そう言って、寝床に寝転がるアルティアに顔を向ける。するとアルティアが慌てて起き上がり、王様の前にでもいるような格好で、顔を下に向けたまま口を開く。
「バンブロック様のご指導もありまして、幸いにも勝利を手にする事が出来た次第でございます。これも皆様のご支援の賜物でございます。戦い方のご指導から剣闘士ルールまで――」
ガンプとモナが、目をパチクリさせている。
そこでバンブロックが話を遮った。
「は〜い、そこまでなアルティア。ちょっと話が長いぞ。それに固すぎる。俺達は仲間だ。それもお互いの生命を預ける程の中なんだぞ。もっと肩の力を抜け」
するとアルティア。
「私は固いのですか……申し訳ございません。今後この様な事の無いよう、日々まい進し――」
そこでガンプが割って入った。
「それだよ、それ。それが固いってんだよ」
アルティアが理解不能な表情を見せる。
そこでモナ。
「まあまあ、いきなりは難しいからな。徐々に直してけば良いんじゃないの、知らんけど」
そんな話をしている最中だった。
突然アルティアの後方にある寝床が、モゾモゾと動き出す。
皆の視線がそこへ集まる。
するとムクリと起き上がる人物。
それを見て、バンブロックとガンプが声を上げた。
「ハルトマン殿、起きられましたか」
「おお、やっとお目覚めか。剣聖さんよお」
ガンプの言葉だとハルトマンが、ずっと意識が無かった様に聞こえるが、そんな事はなかった。
ハルトマンはずっと気を失っていた訳では無く、目が覚めても意識朦朧といった感じで、自らは起き上がる事さえ無かったのである。
それは極度の栄養失調によるものだ。
ハルトマンが、声の方向に顔を向ける。
「君たちはいったい……」
ハルトマンの言葉にモナが驚く。
「おお、やっとしゃべったな」
弱っていた為か、言葉を一切口にしなかったのである。
ガンプが喜びの声を上げる。
「これなら剣聖復活も確実だな。ふはははは」
そしてハルトマン。
「ここは何処なんだ……私はいったい……」
そこへバンブロックが近付いて行き、話し掛けた。
「自分は辺境軍、静寂の森防衛隊で10人隊長を任されておりました、バンブロックと言う者です。あなたは剣聖ハルトマン殿で間違い無いでしょうか」
「静寂の森……聞いたことある様な。それで私の名前はハルトマンと言うのか」
何だか様子がおかしい事に、この場の誰もが気付き始めた。




