49話 ハイエルフ
剣聖ハルトマンはかつて、グリーンスキンとの戦闘の最前線にいた。その時の役職は百人隊の隊長だった。
剣聖の称号を持った、数少ない剣豪の一人でもある。
普段は礼儀正しく優しい男なのだが、いざ戦場で戦いとなると性格が変わった。
狂ったように戦場を走り回り、動く者全てを斬り刻んだ。それで付いた二つ名は「凶刃」である。
ある時、グリーンスキン部隊に人間領内の侵攻を、許してしまった事があった。
その時の戦いは熾烈を極め、両部隊ともに大量の死傷者を出した。
辛くも人間部隊が勝利したのだが、その地域には多数の敗残兵が散らばってしまった。敗残兵共は徒党を組んで近隣の人間村を襲うなど、あちこちで被害が増大していまい、遂には敗残兵の討伐部隊が編成された。
そこでハルトマンも部隊を率いて、敗残兵の討伐に向かうよう命令が下る。
しかしそこで不運な事に、ハルトマン部隊はグリーンスキンの本隊と遭遇してしまった。
数倍とも言われた敵部隊との遭遇で、ハルトマン部隊は多数の死傷者を出して全滅した。
生き残ったのは僅か数人と言われている。
その生き残りの証言では、最後までハルトマン1人は、血みどろになりながらも敵と戦っていたとされる。
その時を最後に、ハルトマンの消息は不明となった。
そんな英雄とも言われた人物が数年の時を越えて、バンブロックの目の前にいるのである。
人間社会に生きる者ならば、驚くのが当たり前だ。
特にバンブロックの場合は、その戦闘になった地域にバンブ村があり、その村で家族と暮らしていたのである。言うなればハルトマンは結果はどうあれ、村を助けに来てくれた人物でもある。
バンブロックにしたら、感慨深い人物となる。
しかしながらハイエルフと言うのもかなりレアな存在であり、それこそ見たことがない者の方が圧倒的に多い。どこに生息しているかも知られていないのだ。
目の前にいるエルフは、尖った耳に緑色の髪というだけでなく、黄金の瞳という紛れもなくハイエルフの特徴を持っている。それこそモナやガンプにとっては、驚愕の目を向ける程である。
結局バンブロックは3人のリザードマンの他に、剣聖ハルトマンとハイエルフも任される事になる。まずは剣闘士として、初戦を勝たせろと言うのである。
ハイエルフの健康状態はそれ程悪くはなかったが、ハルトマンは酷い状態であった。
恐らくハルトマンは素性が分からないまま、奴隷にされたのであろう。単なる強い戦士としての捕虜奴隷だ。
知られていたら、生きてはいないはずだ。
ハルトマンはしばらく休息が必要だが、ハイエルフの方は、数日もあれば全回復すると思われた。
ウマッハとしては、このトルバの街に滞在している間に、このハイエルフを剣闘士としてデビューさせたいのである。
こうなるとバンブロックは、一気に忙しくなった。
3人のリザードマンの、剣闘士としてのデビュー戦準備と、ハイエルフのデビュー準備も、進めなければいけない。
それだけではなくバンブロック自身も、この街で剣闘試合をしなければならない為、体調を整える必要もある。
そしてリザードマン3人は、何とか無事に剣闘士デビューを果たす。
結果は3人共に勝利した。
軽傷を負った者もいたが、無事にランクEとなる。
モナとガンプも剣闘試合に出場し、苦戦はしたが何とか勝利を掴んで、この街での名声を広げた。
さてハイエルフはと言うと、バンブロックよりも早く試合が決まった。
ハイエルフの名前は「アルティア」と言う女性であった。
人間の言葉も話せるが、北方語と南方語に加えて暗黒語も話せる、知的な女性亜人であった。
それに魔術は複数使えた。
バンブロックはコロシアムの練習場で、アルティアに幾つか質問をしていた。
「凄いな、魔術は1種類だけじゃないないんだ。それで何が出来る?」
バンブロックの質問にアルティアが答える。
「1番得意なのは“生成”でございます」
「えっと、詳しく説明してくれるか」
「はい、薬草からポーションを作る魔術でございます。当然ながら薬草が必要になりますので、その種類によっては効力も変わります」
「それは凄いな。しかし剣闘士となると、攻撃が魔術が無いと苦しいぞ」
「その辺はご安心下さい。その生成したポーションを飛ばす事も出来ます。例えば毒系ポーションを相手にぶつけられます。これは“射出”魔術でございます」
「おお、それなら味方にヒール系ポーションをぶつける事も出来るんだよな」
「はい、ヒール系ポーションや強化系ポーションを、味方にぶつけたりも出来ます」
「そうなると後方支援系の方が良さそうだな。で、他には?」
「近くに植物があればですが、根っこや蔦を使った物理攻撃を相手に加えられます。それに蔦の壁や作りまして、防壁としてのご利用も出来ます。“植物操作”魔術と言うものでございます」
「ほんとに色々と出来るんだな。それで接近戦の方はどうなんだ。剣は使えないのか?」
「剣ですと少しくらいならば使えますが、護身用として程度でございます。それよりも弓の方が得意でございます」
「そこはさすがエルフだな。でもな基本的にだが、剣闘試合では、長射程の飛び道具は禁止らしい。魔術なら射程が短い、だから許可が下りる時もあるって聞いた。残念だな。それと戦闘経験はどれくらいあるんだ」
「はい、180年近く生きていますので、魔物や亜人相手の戦いは数多くございます」
「……そうだよな。エルフは長生きだったな」
ーー人間の10代くらいにしか見えん
「まあそれより、鍛錬を始めるか」
こうしてアルティアの鍛錬が始まった。
そしてこの夜になって、バンブロックの試合相手が急遽決まった。
相手はランクCのオークである。
バンブロックにしたら一階級上の相手。つまりこの相手に勝てば、DからCへとランクアップとなる。
相手がオークとなれば、俄然やる気が増してくるバンブロックだった。
試合日程は明後日の午後に決まった。
アルティアの試合と同じ日である。
そしてアルティアとバンブロックの試合の日が、遂に訪れた。
アルティアは午前中の試合で、バンブロックは午後からの試合だ。
バンブロックは半地下の控え室から、アルティアの試合を見物していた。
アルティアの対戦相手は、ランクEのコボルト。
アルティアは短剣と買ったばかりのワンド、そしてローブを羽織って腰に薬草ポーチ。さらに腰から観葉植物をぶら下げるという、一風変わった魔術師スタイルで闘技場に立った。
ハイエルフと分かるように、顔は露出したままだ。
そのアルティア対コボルトの試合だが、開始の合図から数秒で終わってしまった。
アルティアの植物操作の魔術で、腰の観葉植物から蔦が伸び、その先がコボルトの心臓を貫いたのである。
あまりに呆気ない結果に、観客からはブーイングが巻き起こった。
しかし勝利に間違いない。
剣闘試合に慣れるまでは、生き残るのが重要なのだ。
そしてその日の午後、バンブロックの試合が行われた。
主戦にしている街とは離れているので、対戦相手のオークの情報は全く無しだ。それはバドの街での試合でも情報は無い場合が多かったから、バンブロックはとしては余り気にしていない。
バンブロックは、入場扉から闘技場へと入って行く。
いつもは練習場なので、闘技場に入るのは初めてだった。
ここは円形闘技場であり、バドの街の闘技場よりも圧倒的に広い。
対戦相手のオークが、反対の入場扉から歩いて来るのが見えた。
メイスに盾の武装で、鎧の類は無しというオーソドックスなスタイル。
特異な外見でも無く、ごく普通いるオークに見えた。
それに相手はランクCとは言え、その中でも下位ランカーである。言ってみれば、ランクCの底辺辺りに位置する剣闘士である。
ランクDの上位ランカーのバンブロックならば、それほど苦戦はしないだろうと思われた。バンブロック本人もそう思っていた。
バンブロックは輝くグラディウスにカイトシールド、そしてドクロのヘルムといったいつものスタイルだ。
変に戦い方のスタイルを変えるつもりもなかった。
そんな思いを巡らす中、試合開始のドラムが闘技場に鳴り響いた。




