48話 剣聖
ミノタウロスの頭の形が無くなるまで、トマホークで叩き潰したウマッハが、返り血で赤く染まった顔を上げてつぶやいた。
『〈忌々《いまいま》しい獣人風情がっ〉』
生き残り守備兵達はミノタウロスが倒されたのを見るや、一斉に逃げ出した。
そうなると奴隷達も我先にと、足枷を引きずりながらも逃げ始めた。
そこでウマッハが声を上げた。
『〈我らの勝利だ。戦利品を奪えっ〉』
味方の負傷者よりも戦利品。この辺りは、グリーンスキンらしいと言える。
バンブロック達も、戦利品集めの命令は下る。
倉庫には魔草が山と積まれているし、また別の倉庫には収穫した緑麦が積まれているのだから。
そして守備隊宿舎には武器や食料、さらには少ないながらも現金やポーション類があった。
だがバンブロック達が命令されたのは、奴隷の宿舎の捜索である。大した物などありそうもないのだが。
掘っ立て小屋の様な簡素な家屋に入って行くと、汚い藁が敷かれた寝床が目につく。
寝床には、幾つも杭が打ち込まれている。奴隷が逃げないように、繋ぐ為のものである。
ただし全ての寝床が空ではなかった。
獣人奴隷が10人ほど、繋がれていたのである。
それを見て沈黙するバンブロック。
そこでモナが言った。
「こいつらどうするんだロック」
続けてガンプ。
「ウマッハに知らせるのか?」
暗に2人は奴隷達を“逃がす”かどうか聞いてきたのである。
黙り込んだバンブロックも、まさにそれを考えていた。
逃がしたとしても、捕まってしまえば誰が逃がしたかなど、簡単に話してしまうだろう。そうなるとバンブロック達には、厳罰が待っている。殺されるかもしれない。
ーーどうするか
しかし遅かった。
『〈おお、これは良い戦利品を見つけたじゃねえか〉』
護衛オークが入って来たのである。
そして当然のごとく、奴隷は戦利品として連れて行かれた。
養成所に連れて行って働かせるのか、それとも売ってしまうのかは分からない。雑用奴隷と言えども、10人もいれば結構な金になるのだ。
あらかた戦利品を漁り、合流した獣車に載せていく。それ以外にも戦利品として、使役獣のマウンテンボアが2匹と、荷物用のワゴン車も手に入れていた。
かなりの収穫である。
しかし被害も少なくない。
今や護衛オークは、8人しか残っていない。戦闘で失ったのである。
この規模の獣車隊の護衛としては、少し心もとない。
それでもウマッハとしては、被害以上の収穫があり、非常に満足していた。
護衛オークはまた雇えば良い、という考え方である。街へ出れば護衛仕事の希望者など、いくらでもいるのである。
ウマッハは終始機嫌良く、次の目的場所である“トルバ”の街へと獣車を進めた。
トルバの街は標高が低い位置にあるため、かなり暖かい。雪も殆んどが残っていなかった。
大きな川が近くに流れていて船での輸送も頻繁にあり、トルバの街はかなり栄えている印象であった。
ウマッハ養成所があるバドの街よりも、ずっと大きな街である。
防壁は人工の増加に伴い幾重にも増設されており、さらに新しい防壁が建設中でもあった。
この街はまだまだ大きくなるようだ。
高い入街税を払い防壁をくぐると、あらゆる種族が街中を歩いていた。特に目立つのがリザードマンである。
かなりの数のリザードマンが、この街に出入りしていた。
それでも勢力的にはグリーンスキンの保有する街であり、市民権もグリーンスキンにしか持てない街だった。
そして何よりも、この街のコロシアムは大きい。コロシアムの中には、3つの闘技場があるほどだ。
そんなコロシアムを横目で見ながら、バンブロック達は昼過ぎ頃に宿屋に到着した。この宿屋からコロシアムへと通う予定である。
バンブロック達はここで宿屋の、奴隷部屋へと押し込まれるのだが、ウマッハはやる事がある様で、忙しなくどこかへ出掛けて行った。
戦利品や捉えた奴隷を、売り捌きに行ったのである。
そしてウマッハが帰って来た時には、新しく買った奴隷と新しく雇った護衛オークがいた。
奴隷はリザードマンが3人で、戦闘経験があると言う事で、剣闘士としての購入だった。
それと雇った護衛オークは10人である。これで護衛オークは合計18人となった。
新しく入ったリザードマン3人だが、直ぐにバンブロックへと任された。『お前が剣闘士としての戦い方の指導をしろ』と言うのである。
しかも2日後の剣闘試合に、3人とも出場すると言われた。
つまり一日で仕上げろと言う事だ。
翌日の朝には早速コロシアムへと行き、建物の中にある訓練場で、リザードマン3人を鍛え上げるバンブロックだった。
この日ウマッハはと言うと、大量の魔草の買い手を見つけるため、街の闇市へと向かっていた。
これだけ大きな街だからこそ、大量の魔草でも買い手がいるのである。
ただし犯罪行為ではある。
見つかれば厳しい取り締まり待っているのだが、ウマッハならば金で解決してしまうであろう。
その闇市でウマッハは、珍しいものを見つけた。
『〈おい店主、これは本物なのか?〉』
『〈へい、もちろんでげすよ。この黄金の瞳を見て下せえ〉』
『〈確かにそうだな……もう少し安くしろ〉』
『〈いやいやいや。滅多に市場には出ない代物でげすよ。これ以上は勘弁してくだせえ〉』
『〈なら、そっちの檻の奴隷もサービスでつけろ〉』
店主は少し悩むが。
『〈そうでげすね、即金支払いならそれで手を打ちますぜ。どうでげす?〉』
『〈良いだろう。そのハイエルフ買った〉』
ウマッハは、ハイエルフの女奴隷を購入したのである。それとサービスで貰った、売れ残りらしい男奴隷も手に入れていた。
コロシアムから戻ったバンブロック達は、この日ウマッハが購入して来た奴隷と対面するのだが、その衝撃にバンブロックは声を上げてしまう。
「ま、まさか……いや、間違いない。お前は“狂刃”と言われた、剣聖ハルトマンだろ」
「……」
俯いたまま返答は無い。
かなり弱っているようだ。
このウマッハが連れて来た奴隷というのは、魔術封じの首輪を着けた女ハイエルフと、ボロボロの姿の剣聖ハルトマンだったのである。
ハルトマンは1年ほど前に戦死したと思われていて、人間界ではかはり有名な人物だった。
しかし目の前にいるハルトマンは、外見は髭や髪の毛は伸び放題で、薄汚い格好をしているだけの変なおっさんである。
だが腕に彫られた特有の入れ墨は、剣聖ハルトマンだと証明していた。
入れ墨は“剣と滴る鮮血”と言う、悍ましいものだ。そんな入れ墨はハルトマンしかいない。
バンブロックはそれを見て、彼が剣聖ハルトマンだと確信したのだった。
そこでモナが怪訝な表情でがつぶやく。
「どう考えても、ハイエルフの方が珍しいと思うんだけどな。知らんけど……」
誰もが普通はハイエルフに驚くのだが、どうやらバンブロックは興味を引かなかったらしい。




