第三章~村おこし~
四月二七日 リーン・スナー
私たち三人で旅を始めて、数日。時々正確な日付は知ることはできるのだけど、多分旅を続けるうちにまた曖昧になるんだろうな。それはともかく。
カースたちとはまだちょっと緊張するところはあるけれど、それでも少しは馴染めた、と思う。最初は考えてもいなかったのだけど、私とカースって年が近い男女な訳で。やっぱりどうしても意識する。
サティーは、見た目はともかく、私たちよりも少し年上。とはいっても、私も幼児体型なのは相当なので似たようなものか。耳の形もあるのだけど、……私、エルフの血も混じっているのかな、と。
私が合流して、旅の方針をどうするのか、……私を抜きに二人で相談したらしいのだけど、基本的に私のことを優先してくれることになった。
二人曰く、私という存在は色々怪しいらしい。エルフの血を引いているわけでもないのに、エルフのような特徴、耳と幼児体型等があること、ドラゴンの血を引いているわけでもないのに似たような目の形をしている、などである。……いや、ドラゴンの血をどうやって引くの、という疑念はあるけれど。
二人とも正直に、私の謎については興味があると話してくれた。下手に秘密にするよりも、本人の協力があるとずっと早く解決するだろうというのが、彼ら目線。二人が協力してくれるなら自分を知ることができるかもしれない、とは私。
そんな感じで利害は一致し、当分の間は私のことが優先されることになった。
でも、そんな利害関係の一致、なんてことではなく、もっと仲良くなれると、嬉しいかな。
第三章~村おこし~
カースは、旅立った当初に漠然と考えていた目的地は、人が住める北の果て、だった。何か目的があっての場所としてではなく、ただ行ける場所、という考えだった。それで到達したのが、リーンたちが住まうブルック村だった。この村より北には集落や村などは一切なく、人の生存は確認されていないとリーンが話す。すると、カースとサティーは二人で考え込み、今後の方針を決めるとして二人で話し合うことにした。
レッド・ドラゴンをおいしく頂いた後、リーンや家族、そしてカースたちは一度ブルック村まで北上し、そこから改めて旅を始めることにした。そしてみんなで相談した結果、南下しつつリーンのルーツを探る事に決定した。
両親たちと挨拶をして、三人は村を出発し、今に至る。
リーンは、これまで村から離れて生活するという事は無く、あったとしても、両親とともに狩猟の仕事で出かける程度だった。その話を聞いて旅に慣れていないのでは、と二人は考えていたのだが、その予想は良い意味で裏切った。
リーンの村は、ほぼ全員が狩猟を生業をしている。リーンもまた、手に職として狩猟を始めてからは結構長い。その時から森の中で数日間過ごすということも日常だった。そのためか、野宿の準備に関しては、むしろカースやサティー達よりも手慣れている様子だった。
あっという間に拠点を設け、ちょっと目を離した隙に野生動物を捌いた状態で持ち帰ってきたときは、カースとて驚嘆の言葉を漏らしていたほどである。彼が旅を始めたのは八歳だが、ただ魔獣や魔物への復讐のみを考えて闇雲に飛び出した結果、行き倒れてしまった。見知らぬ大人に助けられ、そこから改めて旅の仕方などを学び、一人独立できたのは、それからしばらく経ってのことである。それからも野宿に関しては腕を磨いてきたつもりだったのだが、リーンの手腕はそれを遙かに凌いでいた。
リーンは肉と、これもその辺りで採取したキノコや何かの実などを交互に串に通して、焚き火に添えていく。キノコの種類を覚えられなかったカースにとっては、ここで少し悔しく感じた。
「……聞きたかった事があるのだけど、いい?」
「あ、ああ。何なりと聞いてくれ」
とはいえ、リーンも知らないことは多い。村から出たとしてもマスカヴまでだ。限られた地域以外のことは全く知らないため、そうしたことを尋ねられれば、幾分溜飲が下がる。……べつに憤りなんて感じてないぞと、カースは心の中で繰り返すが。
「お父さんが大分前から話していたのだけどね、最近動物が変に強くなって、人を襲うことが増えたって事なんだけど。カースもそういった経験ないかなって」
リーンは、肉の焼け具合を見ながらそう尋ねた。
「ああ。そのせいでずっと南の方では村が壊滅したって所もある。俺の出身地では、そういった連中を『魔獣』、と呼んでいたかな」
「……魔獣」
リーンは『魔』という言葉を聞いて、考え込んでしまった。
リーンが以前から感じ取っていた流れは、サティーが『魔素』ではないかと仮定づけた。魔素とは、世界のあらゆる場所に存在する、魔法の力の源となる存在だと彼女は語った。魔素が集まり、力に変換することで魔力へと変わる。そしてその魔力をうまい具合に調整、増幅して解き放ったものが魔法だと、サティーは続けて説明した。サティーのこの仮定と説明こそが、リーンが長年追い求めていた回答そのものだった。彼女と出会って即片づいてしまった悩みに、あっけなさを感じつつも、リーンはそこから更に深い領域へと思考を伸ばす。
狩猟をしていたとき感じたのは、獲物は大別して二種類、すこし細かくして三種類あることだ。一つは、サティー曰く『魔素』を一切取り込んでいないか、ある程度吸収していても変わらない、普通の野生動物だ。個体差はあれど、大して強いわけではなく、人間の姿を見れば基本的に逃げる。
次に、魔素をある程度以上取り込んだ生物だ。人間に対して好戦的となり、逆に人間を襲う個体も存在する。総じて強い部類となり、狩猟をしていない人たちにとっては脅威となろう。そしてこれが更に二つに分けられる。仕留めたあと、その場に屍体を残すか残さないか、である。両者の間で違うのは、魔素の濃度だ。どこを境目にしているのかは解らないが、濃いと絶命したあと身体が崩壊し、何も残さない。その中でも強かった部類は、希に何かの結晶を落とすことがあるが、基本食べられないものはその場にて処分していた。
「……魔素を取り込んだ動物は、仕留めた後に屍体を残すもの、残さないものがあるの。たぶん取り込んだ魔素の量で分けられると思うのだけどね。……この辺りの呼び分けも欲しいかな」
リーンの言葉に、カースはすこし考えてみた。
彼の出身地では、魔獣の他に『魔物』という言葉も存在していた。どちらも、やたら強い生物に付けられる言葉なのだが、その違いについての明確なものはなく、ただ見た目などで適当に決めていたようなのだ。すこし怖そうな顔だから魔物だとか、獣っぽいから魔獣とか。ただ、漠然とした疑問はあった。どうして同じような存在に二つの言葉があったのか、だ。リーンの話を聞けば、もしかしたら彼女と同じ物が見えていた人物が過去に存在し、明確な呼び分けがされていたのではないかと。それならばと、カースは話してみた。
「『魔物』、という言葉もあったかな。まあ、俺の村で四足の猪とか、そんな奴らを獣って分けていた感じだったけど」
「ふむふむ」
リーンはもう一度、これまでのことを考えてみた。
ある種の流れ、つまりこれは魔素だ。魔素をどれだけため込んでいるかで、屍体を残すか残せないかというのはそれまで感じていたとおりだ。どちらかを魔獣と呼ぶとすれば、もう片方は必然的に魔物と呼ぶことになる。ただ、妙にその言い訳がしっくりくる部分もあった。
魔素を取り込んで、まだ獣らしさを残しているから魔獣とするならば、それ以上に魔素を取り込んだ存在は、外見こそ四足動物の姿を保っているが、その存在感は生物とは思えないような、冷たさを感じさせていた。どちらかといえば、何らかの道具を、『物』を見ているようなそんな感覚だった。だから魔物と呼ぶべきだろう、とそこまで考えが及んでから、色々不思議に思うことが増える。もしかしたら、昔のガドネアには、自分と同じように魔素を感じられる人がいて、そのように呼び分けていたのかもしれない、と。
「……私、というか私の村の人全員が狩猟をしているのは話したとおりだけど、ちょっとしたエピソードがあってね。以前からやたらめったら強い奴らがいてね、村人総出でそいつらを味見しようってことになってね」
リーンの実力は、先日ドラゴンと、緊張感などなく渡り合っていたことで、相当なものだとは解っていた。リーンは村でも一~二位を争うような実力者だったそうだが、それでも他にも似たような腕前のものも多いと考えられる。そんな村人が総出ともなれば、一体どんな相手だったのだろうかとなるが、動機が村に危険な存在とかではなく、味見してみようという所に戦慄を覚える二人だった。
「そいつら、よく森の奥で見かける奴でね。土に潜るわ飛び出して襲ってくるとか、やたら長い身体してて、どこが頭でどこからが胴体なのか全然わかんなくって。そんな中苦労して捕縛して、トドメ刺したら粉々に砕けちゃったから、労力が無駄になっちゃったわね」
サティーの顔色が、さーっと青くなる。
「……大きなウジ虫みたいな奴?」
「うん、そう、それ!」
ふるふる、とサティーは青ざめたまま首を振る。ありえないありえないそんな奴を食べようとかあり得ない、と呟きながら。
「……よりにもよってワーム種か。森の中だとフォレスト・ワームだな。生かして捕縛できるような相手じゃないと思うんだが」
それをやってのける村人、とんでもないな、というのがカースの感想だ。相変わらず話がおかしな方向へと飛んでいくリーンもだが、村の人たちも大概だな、とカースは彼女に気付かないように小さく溜息を吐いた。まず食べようと考えることが、さすが狩猟民族だな、と。
フォレスト・ワームは、見た目かなりグロテスクで、人間の倍以上の体調を誇る。人間も襲うし、他の動物も捕食される。その見た目だけでも、食べようだなんて発想は出てこないようなものだが、そうした意味でも、ブルック村の猟師達は色々おかしいと、カースはリーンに申し訳ないと思いつつ、心の中で断言する。
「で、結局食べられなかった訳なんだけど、こんな感じで崩壊して何も残さないものを、魔物と呼ぶことにして、取りあえず食べられるかどうか抜きに屍体を残す方を、魔獣って分けるのがしっくりきそうね」
彼女の分類方に、二人ともなるほど、と納得する。ただどうしても納得できないところはある。まずは味見、というリーンたち村人の在り方に。
村を出発し、マスカヴを通過してから一週間が過ぎた。
道中小さな集落があったりするが、泊まれるような場所がなくずっと野宿という生活が続いていた。これまでの旅では割と大変だったのだが、リーンが異様に野宿に対する技術が高いこともあってか、快適に過ごせていた。リーンが捕まえてくる動物、いや魔獣の肉は捌いた直後でも熟成されており、とても美味しかったこともある。加えて山菜やキノコ類などの知識も豊富で、食べることに関してはかなり贅沢ができていた。火を囲みながら、リーンがオカリナを拙いながらも演奏し、サティーは知っている曲ならそれに合わせて歌う。二人の時よりも、ずっと賑やかで楽しい旅路となっていた。
町に入る直前にもリーンは狩りを行い、捌いていた。町で肉を売り、少しでもお金を稼ぐのが狙いだそうだ。
町は、四方を石造りの垣根で取り囲んでいる。ちょっと跳べば簡単に飛び越えられる高さではあるのだが、ほとんど跳躍できない猪等なら、これでも十分だろう。入り口には数人の男達が立っており、外を警戒している様子だった。
三人が近づくと、彼らは警戒し、足を止めさせた。
「き、君たち、一体どこから?」
「マスカヴよ?」
リーンが素直に答えると、男達は顔を見合わせた。
「マスカヴって、あのマスカヴかい? 革命が起こって揺れているとか言う……」
「そのマスカヴよ。私たちが出発した時点で、大分落ち着いてはいたけど」
「そうなのか!? いや、もう数週間ほど誰も来なくなったから、一体どうなっているのか解らなかったんだが……」
彼らは話したいことが山ほどあるようだが、リーンたちも早めに宿を確保しておきたく、多少は急いでいる。
この町は、元々行商が盛んな町であり、主に東西の街道で賑わっている。以前はマスカヴとも交易があったし、そちらでも大分儲けていた。最近カスマヴとの交易が途絶え、更に難民が押し寄せてきてから色々混乱もあったようだが、元々基盤がしっかりとした町だったこともあり、彼らも町の住民として仕事を見つけ生活ができている。ただ、宿の数は絶対的に少なく、行商の人たちに良い宿が先に取られてしまう可能性があるのだ。当然下を探せばいくらでもあるが、女性が泊まるには危険が伴うような所はさすがに避けたかった。
リーンたちは早々に話を切り上げ、町へと入っていくのだった。
宿を決めた後、三人は商店街を訪れていた。リーンが捌いた肉や、牙など素材になるものを売り払うためだった。結果としてはそれなりの金額となった。これは普段マスカヴでの売価よりも数割ほどの高値となっていたのだ。向こうでは買いたたかれていたか、それともこちらの相場のほうが単順に高いのかまでは解らないが、それでもかなりの余裕が生まれたことになる。
リーンはお金を受けとった後、肉屋の店長ともう少し話をしてみた。
この辺りの野生動物も、昔に比べてやたら強い個体が増えてきたため、猟もかなり危険になってきたという。危険な動物とそうでない動物では外観が変わる。そのため割と簡単に見分けることができるので、間違えて襲って返り討ちにされることはないのが救いではある。それでも、無理をしてでもそうした動物を狩ると、こんなにも熟成された肉が獲れることがわかると、肉屋の店長はうなりを上げていた。
店を後にした三人は、少なくなっていた消耗品を買い足すことにした。
この町は、行商人が多数訪れることもあって、旅に必要になりそうな物品は数多く売られていた。おかげで不足している物はすぐに買いそろえることができた。
「……私たちって、何だろう?」
「リーン姉、急にどうしたの?」
小さく溜息をこぼしたリーンに、サティーは振り返る。リーンの突拍子のなさは、これまで幾度か経験しているから、今度はなんぞと身構えてしまった。
「うーん。大したことじゃないのだけど」
その町その村で品物を買い、それらを別の町で売り払う。その元手でまた別のものを買い付け、別の町で売り歩き、生計を立てる。そうした者たちを、行商人と呼ぶ。しかし、三人は商いをして回っているわけでもない。旅行自体を楽しむ『旅人』たちとも違う。基本的に村という拠点からは離れず旅行をしない狩猟者ともまた違う。しかしリーン達は、三人で役割を分担しながら、それらを薄く引き延ばしつつもすべてのことを行っているのだ。
「うーん、確かに適切な言葉が思い浮かばないわね」
「特に、普通なら魔物とかの危険なんて避けて通るものを、俺ら自ら飛び込んで危険を冒しているのもある」
サティーとカースが、真剣に考え込んでしまった。
「あの? ね? そこまで真剣に考えることじゃないと思うわよ?」
道のど真ん中で足を止め真剣に悩み出した二人を、リーンは取りあえず道の端まで引っ張っておいた。
「いや、なにか良い言葉が出たら、それを肩書きにするのも悪くないんじゃないかってね」
「そうそう。そのグループになら、どんな人がいてもおかしくないってゆーのが理想ね」
息が合うなあ、とリーンは心の中で呟く。ちょっと胸がチクリとした気がしたが、すぐに気のせいだとして二人を見守る。
先ほどカースが話した、自ら危険を冒している、という言葉を反芻する。
まだ村に住んでいた頃、新しい狩猟の場を見つけるため、危険を顧みず飛び出したという人がいた。結果としては新しい狩猟の場と獲物を見つけることに繋がったが、危険を冒してまで、という言葉がそれに重なった。道中様々な事があり、色々な機転を生かして切り抜け、最終的に目的を果たしたが、その道中の思い出は彼にとって宝物となった。そんな彼の行為を、ただの一言で表すことができる。
即ち、冒険、と。
なら。
リーンは二人に口を開いた。
「冒険する者たち、冒険者って言うのは、どう?」
二人頭を上げ、リーンを瞠目する。
「……なるほど、冒険者か」
「悪くはないわね。冒険という言葉は昔からあるし。『冒険』をし続けることで、自らを高める事を生業とする、か」
「多分そこまで至高の境地を目指すわけじゃないわよ?」
サティーは解っていながら言ったことに、リーンも実は気がついている。そこから二人はじゃれ合いが始まってしまったが、カースは思うことがあった。
故郷を目指し、家族を殺した魔獣や魔物に対して復讐を果たす。これは彼が幼い頃に打ち立てた願望だ。しかし今はもう、完全に根絶やしなんてできない相手であると、理解している。斃しても斃しても、次から次へと新手が現れ、その数は今なお増え続けているのだろう。旅を続ければ続けるほど、遭遇する回数も頻度も増えてきている。そして、一人では対処できないような相手も、出始めていた。
先日戦った、アレシスという名のブラック・ドラゴンは、サティーがいて拮抗したともいえる。あの時もっと早くリーンが来ていたら、倒せていたかもしれない。昔だったら、誰かと協力して何かと戦うなんて、考えもしなかっただろう。
昔のことを思い返してみる。小さな頃に飛び出して、結局すぐに力尽き、知らない大人たちに助けられ、そこで様々な知識と力を身につけてから、改めて一人旅を始めた。
彼らから独立し、それからは戦闘に明け暮れる毎日だったが、今思い返せば、それは復讐でもない、ただの八つ当たりだったと、そう思えてしまった。それから様々な事を経験し、戦い方なども変わって、今がある。
そんな中、半ば強引ではあるが一緒に旅をするようになったサティー。サティーに誘われるがまま旅に同行するようになったリーン。もし危険を冒すなら。冒険をするなら、この二人のためなら頑張れそうだと彼はそう考える。
変わりつつある自分に、その言葉はふさわしいのではないかと、いやそうありたいと願い、頷いた。
「良いな。じゃ、今日から俺たちは冒険者だ」
「ちょ、カース兄、もう少し考えよ?」
じゃれ合っていたがゆえに、サティーは彼がどんな思考を巡らせていたかなんて知る由はない。それでも、小さく溜息を吐いて微笑んだ。
「ま、仕方ないわね。大好きなリーン姉にそう言われちゃあ仕方ないわね」
「ちょっ!?」
「おいサティー!?」
そしてあらぬ誤解を生みだしそうな衝撃的発言をお見舞いし、ケタケタと笑うのだった。
翌日。
三人は更に南を目指し、町を出発した。
「……次の町に名前はあるのかな?」
寄る町寄る集落、名前のない場所は多かった。昨夜泊まった町もそうで、自分らも単純に『町』としか呼んでいないのだ。誰かが統治していれば、その統治者が自分の家名を付けていたかもしれないし、あるいはその土地にまつわる名称を付けていたであろう。例えば、マスカヴは大昔そこに存在した都市名を少し変えて名付けたように。リーンの出身地ですら、ブルック村という名前があったのに。
名前があると無しでは、その知名度はまったく違う。
「ああ、確か……」
カースが長考に陥る。
「あれ、思い出せないな。なんだった?」
「サユースナイ、よ。私が以前お世話になっていた町の、東隣ね」
それでようやく思い出せた。もっと南の町から北上するとき、どちらのルートに仕様化と悩んだとき、この名前を聞いたことがある。結局、そちらには向かわず、エルフの里に近い村を経由することにしたのだ。その結果サティーと知り合い、今がある。
カースはふと考える。
「……故郷に寄らない道順にしたのはサティーだけど、良かったのか?」
「うん」
サティーはあっけらかんと頷く。勿論寂しくないわけないが、今はまだ戻れない。
「だって、私的にはまだ何も成し遂げていないもの。色々目標を成し遂げてから、凱旋と行きたいの」
サティーは腰に手をあて、強気にそう答えた。彼女が本心から思っているとき、少しだけこのような態度を取ることがある。カースもリーンもそれに気付いてからは、そんなときは素直に聞き入れることに決めていた。
「サユースナイはね、農作物が豊富なの。だからうちの町とは昔から商売が盛んでね。農作物以外でも色々取引はあるけれど、持ちつ持たれつの、ちょうど良い関係ができているの」
サティーが引き取られた村は、サユースナイから歩いて丸一日という距離だ。馬車なら半日程度となる。互いに採れた農作物を融通し合い、お互いに少しずつだが規模が大きくなっている。
規模は村だが、村人は自分たちの村を『町』と呼称することが多い。経済的には対等なことで、そう自負しているのだ。
「なるほどね。そうそう、武器屋とかもある?」
リーンは、次の町の話となれば、二言目には武器屋がないか、となってしまう。
使用する武器が珍しいものなので、何かしらのアクシデントで壊してしまったときの、その代わりになるものを探しているのだ。
通常の刀剣類は、大体どこの町や村にもある。特にロングソードは定番なので、どこかの大きな町で作られた量産品が、小さな村でも売られていたりするものだ。
「専門店じゃないけど、農耕具と一緒に剣とか売っているのは見たことあるわよ」
リーンは背中の鞘からジャマダハルを引き抜き、それをサティーに見せた。
「こういったものは売ってそう?」
サティーは首を振った。
「珍しいものがあれば、おとおさんやお母さんから聞いてはいるけど、さすがにないわね」
「そっか、残念」
リーンはそう呟きながら、ジャマダハルをそのまま握る。ジャマダハルをじっと見つめたまま、思った事をそのまま口にした。
「私たち、まだちゃんとした共闘はしたことなかったわね?」
「……あー、確かに。レッド・ドラゴンん時だったか、ほんのちょっとの間だけだったかな」
急にどうした、という風でカースが尋ねる。
「ちょうど良いからその練習はどうかなって。私が五を担当するから、二人で七をお願いできる?」
「……どういう事?」
サティーが、リーンのその言葉に首をかしげる。
「了解した」
その一方で、カースはリーンの言葉の意味を理解し、剣を抜いた。ただ、その剣の刃はあちこちに綻びができており、買い換えを検討した方が良い状態でもある。
「それじゃあ……ダヴァイチェ!」
謎のかけ声と共に、リーンは近場の茂みに飛び込む。直後男二人の悲鳴が上がり、次いで剣戟が聞こえた。カースもわずかに遅れて走り出す。訳が分からないと言いながらも、サティーはカースに続き、状況を理解する。
三人が動いたことで、森の中に隠れていた男が街道へと飛び出してきた。
「くそっ先手を取られた! 野郎共取り囲むぞ!!」
「おおっ!!」
かけ声と共に、その他の男達も森から飛び出してきた。人数、八人。彼らはカースとサティーを取り囲むように輪を作ろうと走る。遅れて、男一人が森から飛び出してきた。男はしきりに背後を気にしながらであり、リーダー格の呼びかけで森から現れたようではなかった。見れば、男の影にリーンの姿があった。彼女は巧みにその男の視界外に回り込み、追う。リーンの動きの方が早い。程なくして背後をとり、手にしていた武器を繰り出した。
リーンの一撃は、正確に男の首を貫いたように見えた。一瞬にして力を失っていく男にはもう目もくれず、リーンは踵を返し、完成しつつある包囲網へと向かった。
「五匹目」
リーンは、次の目標の背後まで一気に迫る。
カースとサティーは背中合わせとなり、できつつあるある包囲網に各々の武器を向けていた。その一方で、視界の端にリーンの姿を見つける。
「な、何なのっ!?」
サティーは、解ってはいるが男達に叫ぶ。
「俺たちはなぁ、泣く子も黙る盗賊団だ!」
ただしそれは、単なる時間稼ぎのためだ。それに答えているうちに、サティーは呪文を完成させ、魔法を使う魂胆である。
「その通りだ、有り金全部おいていけば……え?」
リーダー格に続いて何かを言おうとしていた男だが、顔を引きつらせてしまった。
「六匹目、丁度半分よ? 早くしないと私の方が沢山倒したことになるのだけど…」
リーンはいつの間にか、カース達のすぐ近くに来ていた。
「無事か!?」
「ええ、もちろん」
二人が辺りを見渡せば、包囲網の一辺は崩壊していた。どんな方法かは解らないが、男達が悲鳴すら上げず、二人とも気付かないうちに倒されているのだ。
「な、な、な、何をしやがったっ!?」
リーダー格が叫んだ。
「何って、狩猟。とはいっても、こんな動物を食べるような趣味はさすがにないわね。燃やすか土に埋めるしかないかなぁ……」
リーンは、事もなげに答えた。その一言に、カースもサティーも、そしてリーダー格も戦慄を覚えた。彼女は、明らかに彼らを人間扱いはしておらず、その辺りの動物以下という扱いである。
「……サティー、取りあえず残り全員無力化だ」
「う、うんっ」
そして、二人も動き始めた。包囲網さえなければ、二人の動きは速い。
サティーは唱えていた魔法を解き放った。水の固まりを射出する魔法だ。殺傷能力はないが、まだ魔法という技術がほとんど浸透していないこともあり、得体の知れない不可思議なものとして見えたのだろう。それを見て戦意喪失してしまうものもいるし、逆に奮起してサティーに斬りかかろうとするものもいた。それらはカースが返り討ちにした。程なくして残り六人を無力化させることに成功した。
「……さて、リーン。お前に言いたいことがある」
「……一人倒した数が多かったこと?」
「じゃなくて、殺さなくても良い方法があっただろうに」
リーンは首をかしげて。
「え? 誰も殺してないわよ?」
「え?」
すぐにハッタリだと答えた。
リーンの村は、マスカヴからも少しだけ離れた辺境である。ちょっとした盗賊団が村を襲うことも年に数回もあるような立地ではあるのだが、それに対抗するために対人戦闘にも力を入れているという。ただしあくまでも無力化を主体に置いており、本当にどうしようもない場合を除き命を奪うまでには至っていない。
「……突き刺していたように見えたが?」
「そう見えるように訓練を重ねているわよ」
事実、包囲網を形成しようとしていた男達には、首筋に打突痕が残ってはいるがそれだけだった。鋭利な切っ先のはずなのに、どうやったら打撃に変えられるのか謎でしかない。不規則ながらも呼吸をしているあたり、本当に気絶しているだけのようだった。全員がたった一撃で昏倒させられているあたり、彼女は相当な手練であることがこれで解った。何より、森に隠れ気配を消していたにもかかわらず、その全員の居場所と数を正確に把握していたことこそ、リーンの恐ろしさでもあった。カースは、気配読みについては最近覚え始めたばかりで、リーンに数を教えられるまで把握できていなかったのだ。
次に、問題となっていることを考える。
この地域は、どこかの国が支配している土地ではなく、完全な無法地帯である。そんな場所であるから、どこかから兵士を連れてきて捕まえて貰うことはできない。放置しておけば、いずれまた活動を再開するだろう。気絶させて放置しておけば、魔獣などに襲われて終わりでもあるが、それはそれで後味が悪い。
奴隷として捕まえてどこかの町に連れて行くのは一番困難である。自分らは人数が少ないし、次の町までは何日もかかる。もとの町に引き返して売り渡すにしても同様だ。道中彼らの監視と最低限の食糧などを確保するのが、難問である。
「いっそ私たちの部下にするというのはどうだろ?」
そして意味不明の発言は、リーンから。
「部下って……」
カースやサティーは勿論、盗賊団のリーダー格も困惑する一言だった。
「ねえ、あなたたちが盗賊なんてやってるの、どうして?」
「そりゃ……」
リーダー格は、言い淀む。だが、彼らは目の前の三人に破れた身である。しかも、ほぼ無傷でだ。相手を無傷のまま無力化するのと、ただ殺してしまうのとでは全く難易度が違う。ある程度の実力差があれば、殺すのは本当に簡単だ。力加減をしなければ良い。だが相手の傷が少なければ少ないほど、無力化するには難易度が上がっていく。互いに無傷というわけには本来行かないだろう。だが、今回はリーンの当て身による打撲以外での怪我がない。圧倒的な実力差がなければ、そんな芸当はできないだろう。
盗賊たちは、それを見せつけられたようなものだ。だから、もう素直に全て白状するしかなかった。
彼らがなぜ盗賊をやっているのか、その答えは至極簡単なことだった。
生まれや育ちが悪く社会から疎まれ、近隣の町や村から追い出され、こうして悪い連中が集まり、その日の生活のために人を襲って金を奪い、生きている。ただそれだけなのだ。寝る場所もちゃんとした拠点ではなく、ちょっと切り開いただけのものだ。屋根もベッドも風呂もない、ただの空き地である。そうやって考えてみれば、自分らは人間らしい生活ができていないな、と苦笑すら漏れた。
「……てなわけだ」
ふむ、とリーンは考える。生きていくための仕方ない手段だと話したのだ。カースは、嘘をついてでもこの場をやり過ごそう、という考えではないかと疑っているが、リーンは彼らのその言葉を信じることにした。
「じゃあ、狩猟をしてみたらどう?」
さすがは狩猟民族、とサティーは思ってしまった。
「……狩猟?」
リーンは頷く。そして、最近多く出没するちょっと強めの動物、即ち魔獣について軽く話した。他の動物よりも肉が熟しており、野性味が強いがコクがあって美味しい肉になるのだ。当然仕留めるにも捌くにも、それなりの腕前が必要となる。猪型なら、一体でも一二人前以上の可食部があるし、その毛皮や牙、骨に至るまで素材として利用価値がある。優先的に自分らで消費するが、余れば近くの村や町に売りに行っても良い。
リーンの説明を聞いた後、リーダー格は真剣に考え始めた。ただ人を襲うだけの生活よりも、何倍も何十倍もいい話である。
「……そう言えばお前、動物を捌けるんだったよな?」
リーダー格は後ろを振り返り、俯いていた男に声をかけた。
「ああ、何とかできる」
なら、とリーダーは頷き、リーンに向き直った。
「あんたの提案、乗らせて貰おう」
その後、一行は盗賊団の拠点に移動した。そこには数人の女性達がいた。彼女らは攫われてきた者もいるが、盗賊達のように町から爪弾きされてここにたどり着いた者の方が多い。最初こそひどい目に遭わせていないか、という疑念は出たが、しかし彼女ら自身がそれを否定した。特に町から追い出された女性は、この拠点では自由に行動できているし、男達も親身にしてくれているという。他の旅行者などから奪った食料などで気は引けてしまうが、それでも男達は彼女らを優先させ、自分らは食べられない日もあるところに、歪ながらも彼らなりの優しさがある、と話した。
ある程度とはいえ、信頼関係はあるようだと、リーン達はひとまず安心した。
「……あなたたちも、捕まったのね。……最初は大変だろうけど」
「ううん。相手をボコして案内させたの。彼らは私たちの捕虜みたいなものよ」
サティーの言葉に、奥にいた女性が目をぱちくりさせた。
「え?」
「……あの、それは本当ですか?」
「うん、本当。話を聞いて、彼らがまっとうな方法で生活できる方法がないか、色々模索しているところ」
リーンが答えると、女性達の表情が変わる。大多数は明るい表情となるが、一人だけ更に沈んだ表情だった。取りあえずその一人は気を止めておくことにして、その話、つまりは狩猟を始めることで改めさせることを提案したと、そう伝えた。
彼女らの話では、野生動物を捕らえ、それで飢えを凌いだ事もあるそうだ。だが、ちゃんとした技術があるわけではなかった。見よう見まねで捌いたものは綺麗には切りそろえられず、無駄に捨ててしまった部分も多かったそうだ。
「……それじゃあ、私が狩猟について色々と教えるわね。まずは男性陣。獲物を捕まえるところから始めるから、何人かついてきて」
「え、いきなり始めるのか?」
カースは驚きの声を上げた。
「今晩食べるもの、何もないわよ?」
「まあ、確かにそうだが。……待て、俺も行く」
「うん? 解ったわ」
リーンは、カースがついてくることが少しだけ嬉しくなる。今だ、彼の前では動物を仕留める瞬間を見せたことがないのだ。狩猟の醍醐味を見せてあげられる、と嬉々として先頭を歩くのだった。まあ当然カースの考えは、男達に何かされないかが心配なだけなのだが。
程なくして、リーンは猪を仕留めた。その個体はかなりの大型で、魔獣と呼ばれるあたりのものだった。攻撃性も相当なもので、リーン達を見つけるなり突進してきた。だが、彼女はその速度に合わせてフェイントをかけ、ジャマダハルを鋭くその首に突き立てたのだ。たったその一撃で首の神経が全て切断され、猪は勢いそのままに地面を転がった。その瞬間を見て、野盗達は戦慄した。あれほどの速度差を一瞬で見極め、弱点への正確無比な一撃で仕留めた腕前に。もし彼女が本気で殺す気だったら、目の前ので繰り広げられたように、一瞬で命が刈り取られていたであろう。それを生かされ、そして生きる術をこうして教えてくれていることに、彼女と、自分らの幸運に感謝するほかなかった。
リーンは仕留めた直後、際よく首にナイフを入れ、血を抜く。
「現場で優先するのは、血抜きと内臓の廃棄。大きな動物は持ち運べる大きさまで解体するけど」
リーンは周りを見渡す。カースも含め、リーンの手際の良さに驚いていた。それはともかくとして、この人数なら猪を運んでいけるだろうと考え。
「拠点まで持ち帰られる……わよね? ちょっと血のにおいがきついから、別の野生動物が来そうなの。本格的に捌くのは、できれば戻ってからにしたいかな」
男達は顔を見合わせ、自信なさげに頷くのだった。
拠点に戻ったときは、昼を大分過ぎていた。
大きな猪を持ち帰ってきたことで、拠点に残っていた人たちは目を輝かせた。
獲物を拠点の中心にある一枚岩に乗せると、周りに人だかりができた。その中心で、リーンはナイフを手に持った。
「じゃ、捌くから、よく見ててね」
そして、捌くうえでの注意点などを説明しながら、猪を手際よく処理していく。
丁寧に皮をめくり、内臓を傷つけないように皮膚を切り、可食部を均等の大きさに切り捌いていった。そして一時間ほど経過した後、猪は鮮やかに解体されていた。可食部、素材となるもの、そして捨てる部分、と綺麗に仕分けされ、各々が並んでいた。
「……すごいな、さすがは狩猟民」
カースは、素直にそう感じた。
「まあね。さっきも話したとおり、本当は現場で首の血管を切ってしっかり血抜きをして、内蔵もできるだけ早い段階で廃棄するのが望ましいのだけど、今日はどんな風に捌くかを見せてあげたかったのもあるから」
「内臓をなるべく早く取り出す理由は?」
「熱を持っているから。それで周りの肉も道連れにして腐りやすいからね」
等、リーンは女性や狩猟を本気で学びたいと考え始めた男達の質問に答えていくのだった。
夕刻。
肉は、簡単に焼いただけのものだ。調味料は軽く塩を振っただけである。ここにはちゃんとした調理場というものがない。鍋は幾つかあるが、調理用の油もないし、水も少し離れた小川で汲んでくるしかない。
それでも。
「っ! うめえ!?」
「なんだこれ、ただ焼いただけだよな!?」
男達が、驚きの声を上げていた。女性達も驚きの表情を見せてから、食べる勢いが一気に増していた。
「捌く手順で、美味しくもまずくもなるからね。猪の魔獣だったら新鮮な方が美味しい、というのもあるわね。普通の猪よりも肉が熟成しているというのが多分一番かも」
「……へぇ」
男達は、あっという間に一本目を完食し、もう一本へと手を伸ばす。その一方でリーンは串に肉を刺して、焚き火の周りにそれを突き刺す作業を続けていた。
「……あの、さ」
「うん?」
「俺たち、ちゃんとやり直せる……だろうか?」
「頑張れ」
リーンはそんな問いかけに、屈託ない笑顔で答えたのだった。
リーンが焼き肉を進める中、サティーは先ほど、一人だけ沈痛な表情をしていた女性に近づいた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
極力明るく挨拶したサティーに、その女性は沈んだ声で答える。
「あまり元気がないけど、どうしたの?」
「…………」
サティーは、持ってきた串焼きを彼女に渡し、食べるように薦める。受け取った彼女は、しばらくそれを見つめていたが、空腹には勝てなかったらしく、ゆっくりと口に含んだ。
「……おいしい」
「でしょ」
サティーは、微笑む。
その後はしばらく無言でいたが、女性の方が、話し始めた。
彼女は、他の乗客と共に馬車で移動中、ここの強盗に襲撃され、捕らわれた。男達は全員が奴隷として売り払われ、女性たちも強盗が気に入った女性を、我が物として連れ去り、今に至る。乗客の中には夫婦もいたし、恋人同士もいた。彼女もまた、恋人と引き離され、今に至る。ただ、この場所には女性もいたことで、連れ去られた女性が乱暴されるには至らなかったのは、不幸中の幸いだろう。以後、その女性たちから守られながら、つれさられた女性も何とか無事に生きながらえている。
パートナーと引き裂かれた女性たちは、既にほとんどが諦めてしまったが、彼女だけは今だ恨みを持っているのだ。そこは仕方ないことだろう。
あの時、沈んでしまったのは、この生活がずっと続いていくことに悲観したからだと話す。戻ることもできないのであれば、強盗がもっと強い人に全員殺されて、自分も含め餓死してしまえばいいと、破滅的なことを考えていたからである。いっそ殺してほしい、と言われなかっただけ、まだましだろう。
返す言葉は見つからない。それでも。
「話せて、少しだけ気分は落ち着いたかも」
そう呟く。
「女を欲望のまま攫ってきて、だけど大切にするとか意味分からないけど、あいつらもそれなりの誠意は見せているから、自棄を起こすことはしないわ」
「……そう」
サティーは頷き、女性も軽く息を吐く。
「聞いてくれてありがと」
そして、女性は幾分表情を柔らかくしていた。
その後、リーン達は拠点に三日ほど滞在し、その間リーンが狩猟のノウハウを叩き込んだ。この分なら、彼らは狩猟で食いつなぎ、素材を近くの町で売りさばくことで、豊かになっていくことだろう。
そうすれば、もう強盗なんて野蛮な手段に出る必要はなくなる。そうなってほしいと、リーン達は、この始まったばかりの、トランディアと名付けられた村を後にするのだった。
あれから一週間後。一行は小さな町に到着した。小さいとはいっても、大きく分厚い壁で四方が囲まれ、門扉も相応なものだった。
「ここがランチェストという町だ」
カースは以前にも来たことがある町である。ここからは北に向かう街道が二つでている。西寄りがサティーが世話になった町、東が彼女らが来た道だ。リーンはそちらを振り返り、その先を見る。
「彼らなら、多分前向きに生きていけると思うぞ」
「そう、よね」
リーンは前に向き直り、カースを見上げる。
カースは、彼らのことは心配していない。彼らが強盗という手段に出ていたのは、食べ物とお金の両方がなかったことに起因した、仕方ない行動だったのだ。しかしこれからは、狩猟を通して自分らを律し、それを軸にして生活基盤が整えられるようになれば、彼らはもう大丈夫だろう。
カースは両親を失い、小さな子供の頃から旅を続けている。そのため彼にかけられる声は多かった。純粋に彼のことを心配するものもいれば、子供だから騙しやすいと考えて近づいた者もいた。いつの頃かは解らないが、少し観察するだけで良い大人か悪い大人か、見分けることができるようになった。そんな彼は、あの始まったばかりの男達を悪い人物ではなかった、と結論づけた。カースの事情をそこまで知らないリーンだが、彼が肯定したことで、彼女も安心した。
「そろそろ行こう」
カースは、軽く笑顔を作ってリーンを呼ぶ。
「うんっ」
二人が並び、その後ろをサティーが追う。どこか眩しそうに、そしてどこか寂しそうな笑顔で。




