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リーン・ドラゴン~英雄伝・正史~・1  作者: NotPriest008
第一章~邂逅・一~
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第一章~邂逅・一~

冬の終わりごろ   リーン・スナー


 言葉や文字を覚えるという勉強の一環で、私は昔からこうして日記を付けている。本当に小さなころの日記を読み返してみると、とても拙い文字だが一生懸命なのが、我ながらおもしろく、そして懐かしい。

 私はどうも、記憶喪失らしい。あの日あの小さな診療所で目を覚ました、それ以前の記憶が全くない。そのため私の本当の両親のこととか、どうして見知らぬ言葉を話していたのか、その辺りは全部解らない。また、最初はエルフと思われていたようだけど、成長速度からそれも違うのでは、と診断されている。

 エルフの子供は、一〇歳程までなら人間とさほど変わらない成長速度だが、そこからゆっくりとなり、大人らしい姿になるには、計算上三〇歳ぐらいになるそう。そこからもより美しい女性像になっていく感じ。

 人間なんだけど、一六歳前後で粗方成長が止まってしまう。かくいう私もそう。……その、見事に幼児体型で止まってしまった。もっと綺麗なプロポーションになりたかったのだけど。

 私の産みの親、恨みます。

 さて、恨み節はこのくらいにして。


 私は何者なのか。

 現時点で調べる方法はないし、そもそも、私自身はどうでも良いとも思っている。

 この村で猟師として働き、さしあたって素敵な男の人に巡り会って恋をし、子供を産んで。そして子供の成長を見守って、やがてこの地に眠りにつく。それで十分。

 何物でもなく、普通でいい。普通に生きて、普通に死んで。ただそれだけが、私の望みかな。


第一章~邂逅・一~


「……え?」

 サティーは驚きの余り、掛け布団を蹴り飛ばす勢いで身体を起こしていた。その後、嫌な汗がどっと噴き出てきた。

 額を腕で拭いながら、窓から差し込む明かりに目を向ける。満月だった。西に大分傾いており、もう少ししたら夜が明けそうな、そんな頃合いだった。

 彼女は、取り急ぎ手記を開く。そこに羽ペンを走らせ、今見た夢の内容を可能な限り書き記していった。もっとも、ここまではっきりと見たものは、そうそう忘れることはできそうにないと思いつつ。

 書き終わったところで、大分気分は落ち着いていた。

 ペンを元の位置に戻し、書いたものを読み返した。

 夢に登場した人物、一人は人間の戦士だ。どこか影がある印象だが、そこそこ整った顔に金髪で、もう少し整容に気を付ければもっといい男になるだろう、とは余計なことか。そして彼の声を、克明に思い返す。

 これまで見てきた夢見でも、ここまで声がはっきりと分かるものはなく、異質なものだとサティーは感じた。その異質の夢見の中、彼は、自分の名を告げていた。

「……カース、ユニス」

 年代としては、一七から一八歳ぐらいだろうか。成人して間もないぐらいだが、纏う雰囲気もあわさって、渋みのある声とも感じられた。

 そして、もう一人。彼女は後ろ姿だった。声も、もっと詳しい姿も解らない。その背に生えるのは、翼だった。しかしそれは、天使といった類いではない。蝙のそれに似た翼は、紙芝居や言い伝えなどで登場する悪魔そのものだった。だが、彼女から感じた気配は、懐かしいような、それでいて包み込まれるような優しさのような、そんなものだった。

 そこでサティーは、大きな疑問を持った。彼女? と。ぼやけた後ろ姿は、性別なんて解らない。それでも、サティーは彼女が女性であると、心のどこかで断定していた。

 汗が外気で冷やされてきて、サティーはぶるっと震えた。

 既に頭は覚醒してしまったが、まだ起きるには早すぎる時間だった。床に落ちた掛け布団を拾い、せめて起きる時間までは、布団にくるまっていようとそう考えた。

 ふと、脳裏を横切る黒い影。

 もう一つ印象に残っていたものがあった。巨大な赤い身体を持つ生物だ。巨大な翼をもち、鎌首を持ち上げて炎をまき散らす。それをかいくぐるように、先ほどの戦士が斬り込む瞬間だった。そして次に場面が映ったときに、サティーは驚き、もう一度布団を跳ね飛ばした。

 それこそが、先ほどの驚きの真実だった。寒いにも関わらず、どっと汗が噴き出てしまい、余計に身体が冷えてしまう。

 巨大な生物については、何かの本で読んだことがある。実在はせず、架空の存在とされてきたものだ。自分の身長の、数十倍という巨体を持った、大きなトカゲに、これも蝙によく似た翼を持つ。鎌首をもたげ、鋭い目を向ける。口を開き、炎をまき散らす。

 それは、赤い、……ドラゴン。

 そんなものが暴れ、戦士と戦っている、その場所は。

「……この町なの? いつ?」

 見慣れた家がそのドラゴンに踏み潰され、逃げ惑う人々に炎を浴びせる。そこに斬り込む戦士。この町で、ドラゴンとの戦いが繰り広げられていたのだ。

 悪夢、と言って斬り捨てたかった。しかし、夢の中で感じた場の雰囲気や、炎の熱さ。それら全て、異常なほど現実的だったことから、これがただの夢ではなく、未来を見たもの、即ち夢見で見てしまったものだと、サティーは冷や汗を拭いながら、ベッドを降りる。

 両親を起こすのは忍びないが、それでも相談しようとサティーは考え、自室を後にするのだった。


 サティーのこの能力を知るのは、最初に発見した占い師と、両親だけである。その他の人たちには一切話してはいない。だからいろいろなことを知りつつも、普段通りの生活をしなくてはならなかった。嬉しい話であれば、皆とその幸運を分かち合いたかった。不幸な話だったら、そうならないよう皆で協力したかった。だが、避けられない不幸を予言してしまったら、最終的には自分が不幸な目に遭わされる、と占い師と両親が彼女を諭し、以後夢見で見た内容は家族にだけの秘密にすることになった。

 サティーは、両親を起こし、夢の内容を話し、相談した。最初こそ伝説のドラゴンという荒唐無稽な話にただの夢だろう、と苦笑したが、サティーがまるで体験したかのようなリアルさを以て話したことから、両親も取りあえずは納得し、準備をしておくことで話は終わった。


 明けて朝。今日は、村長からいろんな話を聞く日だ。この町では学校がないかわりに、村長宅でいろいろな大人から話を聞くという体制が整えられている。この日もサティーを含めた少年少女が、村長宅を訪れていた。

 村長は、この世界のあらましを説明する。もう何度か聞いた話ではあるが、繰り返し聞いても興味は尽きない。

「先史文明、と言ってしまうと難しいかの? 今の儂たちが住まう世界じゃが、もっと昔はまったく違う世界だったと言い伝えられておる。魔法とは違う何かしら別の力を、人々はとても簡単に扱い、豊かな生活を送っていたそうじゃ。儂たちは、この力を【場の力】と呼んでおる。どうにも説明できるものじゃないからの」

「ふーん?」

 と誰かが相づちを打つ。

 その実、この先史文明自体は実際にあったものだと証明されている。

 まず、先史文明時代の遺跡が見つかっている。そこで様々な発見があり、当時の単位系がごく一部だが今でも使用されていたり、一部の書物は今現在世界標準言語とされた言葉そのまま、というものすらあった。

 とはいえ。

 考古学や歴史家にとっては大発見かもしれないが、一般人にとっては、言語も単位も、使えればそれで良いという認識で、それ以上でもそれ以下でもない、どうでもいい話でもある。

 特に少年少女はもっと別のことに興味があるのが実情だろう。

「でも、どうしてその世界はなくなっちゃったの?」

 子供達の中で、サティーだけは先史文明の話をはじめとして、考古学に興味がある。そのため他の子達が飽きている中、彼女だけは村長に質問した。

「そうじゃの……」

 長老は長い髭を撫で、ゆっくりと話し出す。

「【場の力】を間違った方向に使ってしまったんじゃ。それで戦争になって、【強い力】を使い、滅んでしまった。そんなところかの」

「……う、こわい」

 少年少女は、先史文明の話に興味はなくとも、戦争という言葉には敏感だった。

 この町よりもずっと西の方では、国同士の戦争が繰り返されている。時折この町近くでも大規模な戦いが起こったりしているため、もしかしたら巻き込まれるか、或いはどちらかの国に占領されてしまうかもしれない、という心配があるのだ。

 今のところは、どちらもこの村には構っていられないという状況のため、被害に遭っていないというのが大方の見解で、大人達の緊張は子供達にも伝播していた。


 村長からの話が終わり、少年少女は帰宅していった。そしてサティーは二人っきりになったところで椅子から立ち上がる。

「ありがとうお爺ちゃん。それでね、ちょっと良いかな?」

「どうしたんじゃ?」

「いいからいいから」

 サティーは村長を椅子から立ち上がらせ、その両手を引っ張る。

「ほっほっほっ、どうしたどうした?」

 孫のような存在に手を引かれ、長老は嬉しそうに笑う。サティーもそれに微笑みで返すが、心の中では別のことを考えていた。

 ―――あと三、二、一!

「お爺ちゃんごめんね!」

 サティーは渾身の力を込めて長老を引っ張りながら後ろへと倒れる。咄嗟のことで村長は何もできず前に吹っ飛び、さらにサティーが振り上げた足を柱に、サティーを飛び越えて更に前へと飛ばされる。そのまま前転するかのように仰向けとなっていき、その先にあるソファーへと落下軌道を描いた。


 そして。


 大音響が響き、部屋が砂埃に包まれた。

 サティーは、それを予想していたかのごとく、村長を乗せたソファーへと既に駆け寄っていた。サティーはソファーの足を蹴り飛ばして向きを変えると、ソファーから転げ落ちそうになっていた村長を背負い、一気にかけ出した。

 何が起こったのか全く理解できていない村長はあんぐり口を開けているが、サティーは驚きで身動きできていない今のうちに、できるだけこの屋敷から離れようと走る。

 玄関の扉を蹴り飛ばし、外へと飛び出す。

 サティーは、昔からそうだった。身体の中に何かしらの力を宿し、それらをうまく使いこなすことで、一次的にとんでもない力を発揮できるのだ。だから村長を吹き飛ばしたり、村長を乗せたソファーを蹴り飛ばして向きを変えられたり、貧相な体格なのに村長を背負えたり、その状態で扉をぶち破れるのだ。

 サティーの背後に感じる強烈な気配があった。

 村は既にパニックだった。何せ、空想上でしか語られていない存在が今、目の前、長老宅を襲撃していたのだから。

 サティーは全力で走り、あらかじめ考えていた場所に到着する。息も絶え絶えだが、サティーはその場に村長を降ろし、状況を説明した。

「ドラゴンが、お爺ちゃんの家を、おそ、襲って、…ごくっ…はぁっ、襲ってきたのっ」

「……何と」

 村長を降ろした場所からは、ドラゴンの姿を垣間見ることができた。そして襲撃にいち早く気付いたサティーに助けられたことに、ありがとうと感謝の言葉を述べるが、しかし違和感を同時に感じた。サティーが一連の行動を始めたのは、襲撃がある直前だったからだ。

 まず疑うのは、サティーは襲撃が来ることを知っていた、或いは襲撃させた首謀者ではないかと。しかし、ドラゴンという架空の存在が今目の前にいることも異常であるし、そんな異常なものと結託しているなど、それはあり得ないだろうと、様々な事が脳裏によぎっては否定する。要するにパニックに陥っていた。

「多分ここから東側なら安全のはず。きっと、ううん。必ず助けが来るから」

 サティーは物陰からドラゴンを睨みあげる。その体躯と胸元に刻まれる傷が、彼女の記憶を呼び覚ます。

 燃えさかる故郷、勇敢に戦うエルフの戦士たち。そのうちの誰かが刻んだ、傷だ。間違いない。このドラゴンは、あの時里を滅ぼした個体だと。

 サティは、一瞬足がすくむが、それでも勇気を、未来を信じて力を振り絞る。飛び出し、駆け抜けながらドラゴンを睨みあげる。そのドラゴンはサティーを見つけ、睨む。視線が絡んだ。

 そして声が轟く。

「……やはり、あのときの生き残りのようだな」

 この時、サティーは血の気が引く思いだった。あのときの恐怖は、そう簡単に忘れるわけがない。物陰に飛び込み、そこから顔を覗かせる。

 ドラゴンは、やはり、と語った。それはつまり、このドラゴンは最初からエルフの気配をこの村から感じ取っていたのである。だからこそ気配の源であった村長宅を襲撃し、直ぐに飛び出したその気配を追っていたのだ。

 ドラゴンはサティーのいる方向に首を向け、語る。

「エルフは、スーナ・ナスリージは根絶しなくてはならない。覚悟しろ」

 明確な、サティーに対し殺意が向けられた。

 この村の襲撃は、偶発的なものである。このドラゴンがたまたまこの上空を通り過ぎたとき、エルフの気配を地上にあるのを察したのだ。それ故急降下し、気配が強い村長宅を襲撃したのである。

 それではっきりと分かることがある。このドラゴンは、以前からエルフに執着しているようだ。それであれば自分がうまく立ち回れば、村への被害が少しだけでも軽減するかもしれないと考えたサティーは、物陰から飛び出してすぐに別の路地へと駆け込んだ。

 できる限り村長のいる場所から離れ、ドラゴンには物陰からわざと見えるよう、村の外へと駆け抜ける路地を選んで走った。サティーの考えたとおり、ドラゴンは向きを変え、ゆっくりと追撃を始めた。だが、ここでサティーは一つ誤算をしていた。

「っ!!」

 それはファイヤ・ブレスだった。それもサティーをめがけてのものではなく、全く関係ない方向への一撃だった。人間に敵対するドラゴンにとっては、サティーもこの村も標的であり、サティーの方が優先度が高いというだけなのだ。

 村に大きな被害が出ると判断したサティーは、すぐに思考を巡らせ実行に移した。

  サティーは、村長宅からまっすぐ伸びる、広い道へと身を躍らせた。この場所ならファイヤ・ブレスを放たれても、近くの家に延焼しない広さがある。だが、自分の身を隠すことはできない。振り返れば、ドラゴンがにやりと嗤ったような、そんな表情をしながら広い路地へと近辺の建物を潰しながら現れた。逃げ惑う人々を無視し、サティーだけを睨む。

 サティーはまっすぐ駆け抜け、しかし唐突に気がついた。このタイミングか、と。

 ドラゴンがわざとらしく、大きめに顎門を開き、サティーを狙う。嫌らしく、相手を恐怖のどん底に突き落とすように。口の中に光り輝く何かの文様が浮かび上がり、それが炎と化して撃ち放たれた。

 サティーはまっすぐ前に走る。躱さなければ、一瞬にして蒸発するほどの熱量だ。怖くないわけがない。額に汗を流し、その恐怖と戦い、まっすぐ駆け抜ける。だが、その表情に絶望は、ない。

 なぜならば―――

「せいっ!!」

 炎が、真っ二つに切り裂かれた。

 サティーは自分の夢見を信じていたからだ。

 夢見の特色としては、何ら無策でいれば夢見の通りに収束するし、何かしら対策を行えば違った未来へと収束する可能性が生まれる。

 例えば、以前見た夢見では、村長は家を潰された瞬間に亡くなる運命にあった。しかしかなり乱暴ではあったが、外に連れ出したおかげで事無きを得た。別の夢見では、自暴自棄になった自分が破れかぶれの特攻をして、そこにファイヤ・ブレスが打ち込まれた。そこで『彼』が登場し、ブレスを両断するが、サティー自身はそこで大やけどを負って身動きが取れずにいた。

 対策をしたおかげで、自分自身は無傷だし、長老も投げ飛ばしたときの打撲程度で済んでいるはずである。町の被害はおそらく想定内に収まっている。恐ろしいほどに、良い結界を導くことができたのだ。

「……貴様、風のカースか!?」

 カースと呼ばれた青年は、サティーに視線を向ける。

「ここは危険だ! 皆を連れて安全なところに!」

「私は駄目っ、こいつは私を標的にしてる!」

 何故、あのときエルフの村が襲撃されたのかは解らない。だが、襲撃したこのドラゴンは明確な意思と殺意を持って、『エルフ』を皆殺しにしようとしていた。『スーナ・ナスリージ』が何を指すのかは分からないが、エルフをわざわざそう言い直したことで、何かしらの関連があるのかもしれない。が、今はそんな詮索をしている余裕はない。

  カースはドラゴンを睨んだ。

「あれは昔に襲撃したエルフ村の生き残りだ。矜持に基づき、エルフを殲滅しなくてはならない」

「……矜持だと?」

 カースは剣をドラゴンに向けた。

「どんな矜持かは知らんが、俺は貴様ら魔獣から人々を守ると誓った! 俺が剣を振るう理由は、それだけだ! だからこの娘も貴様から守る!」

 カースは、見たとおりの若い青年だが、声色は太く渋い。そして落ち着き払った立ち振る舞いに、歴戦の戦士たる風格すらあった。サティーはその青年に、胸を高鳴らせた。顔も熱くなり、直視できなくなってしまった。

 サティーは理解した。これは、恋だ、と。一目惚れなんてそんなものあるわけないと懐疑的だった彼女だが、しかしその考え自体を彼女自身が否定するに至る。

 そんなサティーをよそに、カースとドラゴンとの戦いが始まった。

 一気に肉薄するカースに対し、ドラゴンは身を捻って尻尾を薙ぎ払う。唸る風音を残し、その太い尻尾が、近くにあった露店を破壊しながらカースを襲う。彼は尻尾の直撃を後ろに飛んで躱し、着地し瓦礫をかいくぐって前へと走る。

「……えいっ!」

 サティーの元へも瓦礫が飛ぶが、彼女はすぐに、身体の中に巡る力を整え、その技を使う。これはエルフ達が独自に編み出した技術である。

 この世界に揺蕩う存在に働きかけて力を引き出し、それを具現化させて物理法則へとねじ込み、或いはねじ曲げる。そこから新たな力が発生し、彼女らの思い通りの現象を引き出すのだ。咄嗟のことではサティーが思い描いた通りとはならなかったが、しかし事を成すことはできた。

 がんっと大きな音をたて、瓦礫はサティーの少し前で弾き飛ばされた。

 周りから見れば、何をしたかは解らない。

 カースは振り返ってみており、ドラゴンもどこか驚きという表情でサティーを見ていた。

「私は大丈夫! カースくんは戦って!」

「おうっ!」

 サティーの前に展開されていた、不透明な何かはゆっくりと消滅していった。

「……思った通りじゃなかったけど、うん、確実に発動できたかな」


 サティーが今使った技術。それを、エルフは『魔法』と呼んでいた。村の幾人かは、生活の補助程度にちょっとだけ使っていたに過ぎず、とても戦闘に使えるような代物ではなかった。意識を集中させ、力に変換して行使するには、時間がかかるからだ。即応性が求められる狩猟においては、無意味だったことから、世界の理に気付いても、結局使うことはなかった、そんな技法、それが『魔法』だ。

 村長をぞんざいな扱いをしながらも命を救った技法も、この魔法によるものだ。

 おそらく、戦闘という場面で魔法を使ったのは、サティーが初めてなのかもしれない。そんな自惚れが、一瞬サティーの脳裏を横切った。

 カースが小声で何かを呟きながら、ドラゴンに向かう。ドラゴンもファイヤ・ブレスを撃ち放ち、牽制する。

 サティーは振り返る。ファイア・ブレスを放つ瞬間に現れた、口の中に浮かんだ円形の文様。そして切り飛ばせないはずの炎を、カースが切り裂いた場面を。

 あれ、と思ったところで、ドラゴンがファイヤ・ブレスを放ち、カースがそれに真正面から飛び込もうとする。

「ちょっ!?」

 慌てるサティーをよそに、カースは冷静に、言葉を紡いだ。

「斬!!」

 カースの剣に、光が纏う。青白い光はそのまま炎の固まりを切り裂く。そしてカースはドラゴンの懐へと飛び込み、その剣を一閃させた。

「ええっ!?」

 光は剣から放たれ、ドラゴンの胸を貫いた。そこから鮮血が吹き出し、ドラゴンはそのまま後ろ向きに瓦礫へと倒れ込もうとする。

 カースは容赦なく、剣をもう一度光らせ、地面すれすれの高さから一気に振り上げるように、力を解き放った。

 地響きをあげながら倒れていくドラゴンに、今度こそ致命傷となる一撃だった。ドラゴンの身体が、胸当たりで真っ二つとなり、泣き別れとなった上半身はさらに遠くへと飛ばされ、たたき落とされた。

「………」

「ふぅ。……思ったほど強くなかったかな」

 きんっという心地よい金属音が響いた。カースが剣を鞘に収めた音である。

 慌ててサティーが彼の元へと走り込んだ。

「え、あれ、何をしたの?」

「ああ。古くから俺の家に伝わる剣技だ。詳しくは解らないが、強力な力を引き出すことができる」

 その話詳しく、と詰め寄ろうとしたが、陰から見守っていた人たちがわらわらと集まってきて、英雄の登場だ、この村の英雄様だ、と一気に騒ぎ始めた。

 カースは渋面となり、踵を返して駆け出す。

「あ、ちょっと待って!」

「待ってください!!」

 村の住民達が彼を追いかけ始め、サティーは完全に置いてけぼりを食らうこととなった。ポリポリと頬をかいて、彼らとは別の方向へと歩き始めた。

 そこには、腰を抜かした長老がずっと座っていた。

「……お爺ちゃん、色々ごめんね?」

「いや、サティーが謝ることじゃない。儂の家は悲しいことになっちまったが、誰も怪我はしておらんじゃろ」

 サティーは頷く。

「それに、珍しいものを見せて貰った。わしも若い頃に一度しか見たことはなかったんじゃが、あれがエルフの里に伝えられていた、『魔法』というものじゃろ。あの戦士はエルフのものかの? しっかりと使いこなせていたようにも見えたのう」

 村長が今いる場所からは、視界を遮るものはない。だからここからなら一部始終を見ることができたのだろう。

 彼はおそらく人間であると、サティーは考えている。だが、エルフしか知らないはずの技法を使って、戦っていた。だから彼には色々と尋ねてみたいと、そう考えていた。正面から彼の顔を見られるかはちょっと解らないが。

「……まあ、本人がすぐ来るから、いろいろ聞いてみたらいいかも」

 サティーは振り返り、路地を見る。すると、カースが細い路地から飛び出してくるのが見えた。しきりに後ろを気にしているあたり、追っ手をまけたかどうかが気になるところなのだろう。

「え、あれ?」

 カースは二人の元まで走ってきて、そこで立ち止まる。

「見事に一周してきた見たいよ」

 サティーの言葉に、彼は辺りを見渡して苦笑した。

「あはは、そう、みたいだね。ご老人、立てますか?」

「無理じゃの。腰が抜けたわい」

「それじゃあ、負ぶっていきましょう。ご自宅は?」

 長老が一瞬黙ってしまったところで、サティーはドラゴンの亡骸の下敷きになっている瓦礫の山を指さす。

「あれ」

「……」

 さすがにカースは言葉を失った。

「お爺ちゃん、久しぶりにうちにおいでよ。あれじゃあ住めないもの」

「……そうじゃのぉ~」

 長老は目を泳がせる。

「何か問題でもあるのかい?」

「お爺ちゃん、おとおさんとあまり仲が良くなくて。あ、お爺ちゃん、母のおとおさんなので」

 それでか、とカースは何となく納得した。


 サティーが家に戻ると、両親が血相を変えて飛び出してきた。

「サティー! 無事だったの!?」

「良かった、良かった!」

 両親にぎゅっと抱きしめられ、サティーは暖かい家だな、と嬉しくなる。

 サティーは村を焼け出された後森を彷徨っているとき、この両親に拾われ、以来およそ一〇年もの間我が子同然のように育ててくれた。

 サティーがエルフであること、『夢見』が使えることなど、色々相談して今がある。そして今また、両親と話さなくてはならない事ができた。

「おとおさん、お母さんも。ちょっと話したいことがあって」

 サティーが両親を押し剥がして、後ろを振り返る。そのタイミングで、村長が顔を出した。

「あらパパ?」

「……お義父さん」

「えっとね、あのドラゴン、お爺ちゃんの家を潰しちゃって、住むところが無くなっちゃったの。だから、お爺ちゃんを泊めてあげられないかなって」

 事情が事情だ。余り仲が良くないとしても、義理の親子であるため断ることはできないだろう。それに、他にも客がいる手前、余り騒ぐことはできない。

「こちらの方は?」

 両親は、カースに視線を向けた。

「ドラゴンをやっつけた人」

「……まあ」

「それは、……すごいな」

 サティーにそう紹介され、一歩前に出る。そして名を名乗った。

「カースです。いまはただの旅人と名乗らせてください」

 訳ありであると、その一言で十分伝わった。事情は聞かない。村長を含め、大人三人は頷いた。

「今晩はうちに泊まって頂けますか?」

「え? いや、俺は宿を探すよ?」

 母がカースに声をかけた。

「この村に宿がないんですよね。家なら空き部屋沢山ありますので」

 カースにとってそれはありがたい話である。道中は野宿でも良かったが、さすがに村の中での野宿というのは気が引けた。ならば村の敷地外での野宿となるが、そうなると野生動物や、最近増えた魔獣などに警戒が必要となる。そちらについては慣れたものだが、やはり危険がない方が良いに決まっている。

 母は、カースの返事を無言で待つ。

 カースもまた、願っても無い話であるので、提案を受け入れることにした。

「では、お世話になります」

「ふふっ、良かったわね、サティー」

「なっ、なんで私に話を振るのかなっ!?」

 顔を赤らめ、慌てるサティーだった。


 夕食後、カースと両親達は改めて話を始めた。

「まずは、村長として。この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 村長は彼に頭を下げる。

 もし彼が立ち寄っていなければ、この村はあのドラゴンによって壊滅、いや、皆殺しにされていただろう。彼がこの血に訪れていたのは偶然かもしれないし、あるいは何かしらの導きがあってのことかもしれない。何にせよ、この村は彼の手によって救われたのである。

「いえ、たまたま通りかかっただけだですから」

 頭を下げる村長に、カースは慌てて頭を上げるように手を振る。

「こちらこそ、今晩泊めて頂くことになってありがたく思います」

 今度はカースが頭を下げようとして、両親が遠慮なんていらない、と遮った。

 その後は、カースがどんな場所を巡ってきたかなど、夕食の時間ちょっとした談話が始まるのだった。


 そこで、サティーがエルフの里から焼き出され、孤児になったところを夫婦が引き取ったことを話す。サティーの本当の両親とはそれなりに親交があったことから、サティーは特に嫌がることもなく、そして悲観することもなく、こうして養女となった。

「本当の両親のことを考えると、やっぱりちょっと悲しいとは思うよ。でも、いまのおとおさんもお母さんも優しくしてくれるから、大好き」

 満面の笑顔でそういうサティーに、両親は心に染みるものがあった。


 夕食も終わり、テーブルの食器を一度片付けてから、両親は再び席に座った。両親は、サティーを促す。彼に、サティーの秘密を話せというものだ。

 背中を押され、サティーは深呼吸して、真剣な表情となった。

 まずは、両親に話していなかった、村が滅びた理由だ。

 この村は、エルフの里と親交があった。しかしある晩、村に火の手が上がり、一夜のうちにエルフの里はサティー以外全員が炎に包まれて、亡くなったとされている。サティーにとっても、これは相当なショックだったこともあって、当時は打ち明けられなかったものだ。

「私の里はね、あのドラゴンの襲撃に遭って滅びたようなものなの」

 両親たちは、息をのむ。カースもまた、目を伏せていた。

「最近変に動物が強くなってきているでしょ。最初の頃はそれでも狩りはできていたのだけど、どんどん強くなってきて、里の人たちが怪我するようになって。今度は逆に、私たちが襲われるようになってしまって、……そんなときにね、あのドラゴンが襲撃してきたの」

 サティーは、燃えさかるなか、両親や里の者たちから離ればなれになりつつ、数日ほど森を彷徨った。

 なお、村からもエルフの里方面の空が、炎の影響で赤く染まっていたことから、多くの若者が調査や救援に向かい、その時にサティーが保護され、そしてエルフの里が壊滅していたことが発見されたのである。

 この時ドラゴンはすでに飛び去っていたのだろう。だから村人たちは、ドラゴンが襲撃したということには気付かず、火の不始末からの大火事になってしまったものだと、そう結論づけていた。


「私、夢見が使えるの」

 かつてエルフの村にいた占い師に指摘され、そして世話になっている今の家族だけに打ち明けた能力である。これは、エルフが伝えている『魔法』という理からも逸脱した、いわば異能だ。その話を、サティーは、まだ出会って間もないカースに打ち明ける。

「夢、見? それはなんだい?」

「夢を見て、未来を見る力。正夢なんかとは違って、確実な未来を見るもの。……カースくんが今日この町に来ること、あのドラゴンが襲撃に来ること、お爺ちゃんの家が潰されちゃうことも、色々事前に知ってたの」

「……じゃからあの時、いきなり巴投げされたんかい。タイミングが良すぎるとは感じていたんじゃが」

「ごめんね、お爺ちゃん。いつもの話が早くお話が終わったら、もっと前に家から連れ出していたんだけど」

 この村では、何かの学問を学ぶというチャンスはなく、せいぜい年配者が子供達に簡単なことを教えるぐらいしかない。その中で、村長が他の大人達を講師代わりに招き、自宅に子供達を招いて文字の読み書きを主に、彼自身は趣味としている歴史の話をするのだ。大体趣味の話となると時間が長くかかることから、今日に限っては楽しいはずの時間もちょっと焦りはあった。

 夢見で見た未来への対策は、早すぎても裏目に出ることがある。もし村長の話を折って事を運ぼうとしたら、村長自身の反発により失敗していたかもしれない。この時は自分も村長も家ごと潰されていた、そんな未来が見えてしまったのだ。

 村長も、エルフとの親交はあった。『魔法』という不可思議な力も目の当たりにしているため、『夢見』への理解も早かった。それにより命が救われたという事実もまた、理解した。

「ああ、いいさ。家なんて建て替えれば良いだけじゃ」

 のほほん、と村長は笑った。

 サティーはカースに向き直る。胸が躍るのを我慢しながら、話を切り出した。

「突然なんだけど、私を旅に連れて行ってほしい」

 本当に唐突な願い出だった。

 さすがに村長は驚きの表情だったが、両親はどこか納得している様子だった。

「私の夢見、カース兄を助けるためにあるんじゃないかって、そう思うの」

 カースくんからカース兄へと呼称が変わった。そう呼ばれた彼は困惑するしかなかった。見た目から兄さんなどそう呼ばれることに違和感はないが、出会ってまだ数時間。いきなり親しげにそう呼ばれれば困惑もする。

 そして自分自身、相当危険な旅をしていることを自覚しているし、最終的には故郷にはびこる敵を倒すことだけを目標にしている。その先については一切考えていない。そこまでの道中でも、もっと危険な事はあるだろう。そんな旅に、こんな女の子を連れて行けるわけがない。

 カースが断りの言葉を口にする前に。

「私、カース兄の旅について行かないと、一生後悔する」

 彼の言葉を遮るように、そう続けた。

「カース・ユニス」

 サティーは、ただ彼のフルネームを呼んだだけだ。だが、彼は瞠目するほかなかった。

 彼は、すべてを果たすまでは名字を語らないと固く誓っている。≪風のカース≫という二つ名は有名となっているが、その名字は彼自身が誰にも伝えていないため、知る者はいない、はずだった。

「ごめんね。夢見のせいで、カース兄のこと少しだけ知っているの。どこから来て、どこに向かうのか、とか」

 皆、真剣な表情でサティーの言葉を待つ。

「危険な旅だって解っている。私自身、『エルフ』だから命を狙われていることも、あのドラゴンの話から推測できた。私がこの村にいると、この村がまた危険になる可能性だってあるわ」

 村長が息をのむ。ドラゴンとサティーとの会話は、村長も聞いていたはずだ。命を狙ったのが、あのドラゴンのみなのか、それとも一定の勢力なのかは解らない。サティーを含むすべてのエルフが、そうして命を狙われている理由も不明だ。だが確実に、今後もサティーを、『エルフ』を狙ってくる可能性はあるのだろう。

 サティーがここに留まって村を危険にさらすか、カースについていき村の危険要素を一つ減らすか。村長としての判断は後者となるだろう。が、村長にとってもサティーは孫娘であり家族だ。

 しばらく沈黙が訪れる。そんな中、母が口を開いた。

「サティー、気持ちは固まっているの?」

「うん」

 サティーは即答だった。

「……なら、俺たちがとやかくいうことは、できなさそう、だね」

 父も、それに頷いていた。

「おとおさん、お母さんも、ありがとう」

 両親は微笑みでサティーにもう一度頷いた。

「……解りました」

 カースは考える。サティー本人は決意している。両親も承諾した。村長は、村の未来を案じている。ここで突っぱねても、良い結果に結び付かない確率の方が高いだろう。

 なら、引き受ける。代わりに、彼女を守り通せば良い。カースは、そう決断した。

「こんな小さな女の子を連れて行くというのは少し気が引けますが、必ず無事に返すことを約束します」

「小さな、っていうけど、私二〇歳よ?」

「…………え?」

 ぽかんと口を開いたカースは、ここ一番の驚きだったと、後に彼は語る事となる。


 翌朝。

 両親と、村長と、サティーの実年齢を知りつつ友達になってくれている子供達数人が、彼女を見送りに来ていた。ひとしきり別れの挨拶も交わし、涙ぐむ女の子の顔を拭い、サティーは微笑む。

「旅先でカースさんを困らせては駄目だからな?」

 父が、サティーの頭を撫でながら語る。

「大丈夫よ、おとおさん」

 母が、サティーの耳元で囁く。旅をする際の、注意事項なのだが。

「ちょっ、お母さんっ!?」

 サティーは途端に顔を真っ赤にさせてしまう。二〇歳とはいえ、精神年齢は見た目に近い。さて、彼女は何を言われたかは語らないが、その様子に、父も祖父も推して知り苦笑する。

 一歩、村長が歩み出て。

「……達者でな」

 二人に声をかけた。

「うんっ。皆も元気でいてね。それじゃ、行ってきますっ」

 サティーはそう締めくくり、踵を返して歩き始めた。カースは軽く頭を下げ、先に歩き始めたサティーへと追いつく。

 サティーは涙を拭いながら、強く頷いた。後悔しない、後悔させない、と。


 住み慣れた家を、村を出て少女は旅に出た。

 この旅で、どんな過酷が待ち構えているかは、まだ解らない。

 運命の歯車が、静かに、ゆっくりと回り始めていた。


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