プロローグ・カース
プロローグ・カース
名も無き小さな漁村。村の東側にある砂浜には、大きな難破船が横たわっていた。
この地に至るまで、数々の苦難はあったが、船は人々を無事ここまで届け、その使命を果たした。その船を眺めながら、横にいる大人に子供が話しかける。
「……ガドネアは、どうなっちゃうの?」
その呼びかけに、大人達は沈痛な表情となり、そして誰も答えることはできなかった。
漁村より遙か南。そこには大きな大陸があった。そちらに至るまでは島しょ諸国をめぐることで海路が確立していた。旅行者もいるし、遠洋漁業で時に協力、時にぶつかりあったりもする、そんな人たちが住まう大陸、ガドネア。
ここ数年、そのガドネアから、多くの人が押し寄せてくるようになった。最初こそ旅行か何かかと思われていたのだが、次第にその人数は増えていった。そして裕福層の者たちが大挙して押し寄せ、それに続く形で中間層、貧民層とより数を増していき、漁村は人があふれてしまった。
彼らは、明らかに難民だった。
裕福層の人たちは、この貧乏くさい村からはとっとといなくなり、何処にも行けない貧困層の人たちが取り残されていった。
だが、マイナス面だけでは無かった。
ガドネアからの難民達は逞しかった。彼らは自分らで村と隣接する場所を切り開き、田畑を開墾し、そして村の人たちと協力し合った。村は規模を大きくし、小さな町となっていった。当然人が増えれば食料問題も発生したが、ガドネアの人たちが漁に参加したり、田畑の収穫物を融通し合うなどして、その問題も解決していった。
最初の難民からおよそ五年。その間にもガドネアからの難民が渡ってきて、町の住民となり、一部はこの町から北へと向かっていったものもいる。
そして、最後の船が座礁し、そこでもうガドネアから船は来なくなった。
彼の生まれは、ガドネアでもずっと南の方にある、小さな漁村だった。その漁村は、遠洋にも出ず、皆で食べる分の漁獲量があればそれで良く、もっと豊かにしたりもっと贅沢をしたい等の野心とは縁遠い、そんなゆったりとした場所だった。
ある日のことだった。
突然、異形の動物たちが村を襲った。
突然のことだったが、村の人たちは船に乗り、沖に出ることで難を逃れることはできた。異形の動物たちは村にある食料を根こそぎ食べ尽くした後、森へと帰っていったが、その時から生活は激変した。
動物から食料を取られないよう柵や倉庫を強化したり、自分らも戦えるように訓練したり、対策を行っていった。
最初のうちは、それで凌げていた。しかし、動物たちはさらに強く、そしてやっかいになっていった。
村の誰かが、その動物をこう呼んだ。魔獣、と。それ以来、この異形となった動物たちの呼称が、魔獣となった。
戦う術を磨き、そして魔獣すら獲物として食べるようになった村人は、日に日に強くなっていった。そうして均衡が保たれてから数年後。魔獣はより強い存在に変化した。
とても太刀打ちできる相手ではなかった。
たかが一体のその相手に、村は半壊した。そして戦える大人の半分が大怪我をし、助からなかった人たちもいた。
村人は、北へと逃げ出した。
村人はそこで初めて知った。ガドネアの至る所で、同じように動物が強くなり、町や村を襲うようになっていることを。そして本来なら町の政治を行うべき裕福層らは、とっくの昔に北へとに逃げ出していたことを。
村人達は、これまで住んでいた村を捨て、ひとかたまりとなって北を目指し、そして魔獣たちに襲撃され数を減らし、他の村人と合流して数を増やし、魔獣の襲撃で壊滅状態にまで追い込まれたり……。そんな凄惨たる旅路だった。ほとんどの家族で、兄弟姉妹、親や子を失った人たちばかりとなっていた。
命からがら、彼らは北の最果てとなる漁港へ辿り着いた。そして彼らは、その港でも最後となった船に乗ることができ、海を渡った。
少年は思い返す。両親が死んだ瞬間を。なまじ強く鍛えていたからこそ、返り討ちとなってしまったのだ。
彼は拳を握る。ならばもっと強く。魔獣など足下にも及ばないような力を身につける。彼は、カース・ユニスは、墓標代わりとなっている難破船の残骸に、そう誓うのだった。




