プロローグ・サティー
プロローグ・サティー
サティーがこの家でお世話になり、二年が経過した。それを祝して、この家ではささやかなパーティーが催されていた。
いつもよりもほんの少しだけ高い肉に、ちょっとした飾り付け。
中央統制が厳しくなってきている現在、この貧乏な家では最大の贅沢だった。
「ありがとお、おとおさん、おかあさん」
笑顔に揺れる金色のさらさらした髪。長く尖る耳に、それがかかる。彼女は、エルフである。言葉の節々に、エルフ特有の訛りが強い。
彼女がこの家にお世話になったきっかけは、この町の西方にある森で大規模な火災が起きたことに由来する。彼女の両親を含め、部族の殆どがそれで亡くなった。すすと傷だらけで彷徨っていた彼女を、この夫妻が保護し、今に至る。いつしか彼女は、夫妻をおとおさん、お母さんと呼ぶようになり、名もサティー・ヴィリアスと名乗るようになった。ヴィリアスは、この夫妻の姓である。
彼女は、亡くなった実の両親を忘れているわけでも無く、この夫妻に両親を重ねて現実逃避をしているわけでもない。亡くなった両親がいて、今育ててくれている育ての親たちがいる。そして今の親のことも大好きで、自らヴィリアスの姓を名乗ることにしたのだ。
現在、見た目は一〇歳の女の子だが、発見された当初からほとんどその姿を変えていない。もしかしたらずっと年上で、人間なら成人を迎えている年齢、という可能性もある。
話す言葉は、先に触れたとおり強い訛りがあるが、知識は大人顔負けのものがあった。それゆえ、見た目と同じぐらいの子供とは頭の良さで馴染めず、大人とは見た目で馬鹿にされ知識で嫌がられ、多少ながらも、のけ者扱いにされていた。だからこそ、今の両親の存在は大きく、甘えがちだ。
少しだけ豪華な昼食を済ませた後、三人は町の占い師の元を訪れた。
彼女らの住まう地域では、誕生日を迎えた子供は占い師に見て貰うという風習があった。これを守っている家庭はもう大分少なくなっているが、ヴィリアス家は貧乏であっても見て貰おうと一生懸命工面してきたのだ。
占いの館では、何人かが順番待ちをしていた。先に並んでいた人たちは、占い後複雑な顔だったり、あるいは非常に愉快そうな表情で館を後にしていった。
そしてヴィリアス家が呼ばれ、中に入った。
正面に座らされたサティーは、占い師を見上げる。
「おや、お久しぶりですね。……では、今年の運勢を占って差し上げましょう」
占い師は、正面におかれてる水晶球に手を添え、複雑な呪文を唱える。
去年占って貰ったときは、平穏な一年であるとの結果だった。両親も子供の頃は、ほとんどがそういう結果だったと、聞き及んでいる。
占いを受けるのは、ほとんど形式的なものだ。変わらない結果を聞くのであれば不要、と考えて足が遠のいた家庭も多い。これが、廃れていった原因なのかもしれない。
ただ、占いを信じる者たちは、変わらない日常であると約束されることを望み、こうして毎年子供を占って貰うのだ。占い師も、それは解っている。変わらない平穏を伝える。それで両親も子供も安心して一年を過ごすことができる。それでいいじゃないかと。
水晶球に、ゆらり、と影が映る。これもいつものことだ。だが、占い師だけが、そこに含まれる僅かな揺らぎに気づけた。
黒い影は水晶宮全体に広がり、薄まって消えた。これで占いは終わりだ。
「……サティーさん、最近おかしな夢を見たことはありませんか?」
「夢、ですか?」
「はい。……夢で見たことが、現実に起こった、そんな感じのものです。正夢とは違う、確たる未来を予言したような、そんな感じのものです」
言われてみれば、とサティーは、そして両親も気付く。
本当にちょっとしたことだ。明日お母さんが皿を落として割ってしまう、おとおさんがそれで慌てて片付ける際に手を怪我してしまう、というちょっとしたハプニングの夢だった。それが現実に起こり、ちょっと不思議な夢だったな、というものだった。こんな夢を見たよ、と両親に話してから、そのハプニングが起こった。父はそれで十分注意していたため、夢で見たような血が出るほどの怪我には至らずにすんだ、と言うのが顛末である。
そんな些細な正夢を、サティーは何度か見ていたのだ。
占い師は顎に手を添え、しばらく悩んだ末に伝えた。
「夢見、という能力ですね」
「夢見?」
オウム返しにサティーが聞き返し、占い師は頷いた。
「夢で、未来を見る。正夢に近いものですが、根本的にはちょっと違います。正夢は偶発的なものが見られるだけなのに対し、夢見は本人が望む、或いはそれに関係した未来を見るものとなります。ただ、確実な未来を見るものではなく、避けようと努力すれば、必ずしも見たままの未来を迎えるものではありません。すべてが解明された能力ではありませんが、ある程度なら制御もできると、そういわれています」
占い師は説明した後、ゆったりとした動作で立ち上がり、少し奥にある棚から一冊の本を取り出した。
「……この本を差し上げます」
「これは、貴重なものでは?」
印刷技術などが余り普及していないこの地方では、本自体が珍しいものであり、貴重である。それを億遍も無く差し出してきたのだ。
「夢見の能力ほど貴重なものではありませんよ。こちらを読んで、夢見というものを理解していただきたいのです。……ここを出る前に、先にお話ししておきますが、決して夢見が使えることを、誰にも話してはなりません」
占い師は、本を受け取ったサティーに、優しい口調ながらもそう警告した。そこに込められた迫力に、サティーは頷くのだった。
家に戻り、サティーは渡された本を開く。印刷ではなく、手書きで写本されたものだった。丁寧に書かれた文字は読みやすく、しかし内容はかなりえげつない。見た目通りの年齢だったら、トラウマになるような内容だった。
夢見とは、先ほど占い師が話したとおり、夢を通して未来を見るものである。この未来は断定的なものではなく、何かしらこれを回避するような行動をとれば、別の未来へと繋がっていく。
この能力で行ってはならないことは、負の感情に流されての未来視だ。例えば、他人の死期を見たい、どうやったら殺せるのか、そうした個人を対象にした不幸を見ることから、複数人のグループ、少し大きな商会、果ては一国の滅ぼし方などに至るまでが、この夢見で見ることが可能なのだ。夢見が使えると露見したら、他国に攻め入ろうとしている国によって利用されるという可能性もある。だからこそ、隠し通さなくてはならない能力なのだ。
通常であれば、大人になるにつれてこの能力は失われていくとされているが、ごく希に大人になっても能力を維持している場合もある。それを分けている要因があるはずだが、その答えには至っていない。
ぱんっと音をたてて、サティーは本を閉じる。大変な能力に目覚めてしまった、と。そんな焦りを感じた一日だった。
その日の晩。
サティーは夢を見る。これはただの夢か、それとも夢見による予知なのかは、この段階では解らなかった。
彼女と、見知らぬ二人と旅をする、そんな夢だった。
この二人は誰だろう、どうして旅をしているのだろう。そんな疑問がよぎる。
これまで見たどの夢よりも、一番鮮明で、そして心に残るものだった。




