↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/38

第7話 英雄ではなく規則違反者

「その針から手を離せ、シオン」


 ヴァイス教授ではなく、ガルド教官の声だった。


 湖岸まで来た教官は俺と教授の間へ入り、片手で革袋を開く。


「未知の術具なら、素手で渡すのも危険だ。ここへ落とせ」


「待ちたまえ。結界に関係する術具なら、私の研究室で――」


「なら、なおさら記録が先だ」


 ガルド教官はヴァイス教授を見ず、近くの教師へ声をかけた。


「発見者はシオン・レイス。鉄翼竜の首から抜去。立会人は俺とカルダン教授、それから湖岸にいる全員だ。記録したな?」


「は、はい」


「封を」


 俺は言われたとおり、黒い針を革袋へ落とした。


 教師が袋の口へ封印術をかける。青い線が結び目を一周し、学院の紋章になった。


 ヴァイス教授は差し出していた手をゆっくり下ろした。


「慎重なのは結構だ。保管庫へ運んだあとで、私が調査しよう」


 穏やかな声だった。


 けれど、俺にはなぜか、黒い針より冷たく聞こえた。


     ◇


 竜を落とした者が最初に入れられたのは、表彰台ではなかった。


 治療室の奥にある、小さな待機室だった。


 扉には外から封印がかけられ、窓にも銀色の格子がある。


 寝台と机が一つずつ。


 俺が座ると、硬い椅子が短く鳴った。


「これ、治療ですか?」


「治療を兼ねた事情聴取待ちだ」


 扉の前に立つ教師は、気まずそうに答えた。


 右肩には包帯、腰には湿布、手の甲には治癒水の膜。


 確かに治療はされている。


 ただし、廊下へ出ることは許されていない。


 理由は四つあった。


 避難命令に従わなかったこと。


 許可なく武器へ複数の術式を込めたこと。


 他の生徒を危険な空中戦へ参加させたこと。


 討伐命令が出る前に竜へ近づき、殺さず残したこと。


 並べられると、俺はずいぶん危険なことをしたらしい。


 いや、実際にした。


 剣は砕けた。リゼの風が少しずれていたら焼かれていた。救命索が外れていたら、今ごろは治療室ではなく別の場所に寝かされている。


 それでも、あそこで全員が退いていたら、西門前の生徒たちは無事では済まなかった。


 その事実まで、規則の外へ追い出されるのだろうか。


 やがて扉の封印が消えた。


「審問室へ来なさい」


 連れていかれた先には、長い机があった。


 中央に学院長。両脇に三人の教員。少し離れた席にヴァイス教授が座っている。


 ガルド教官は壁際に立っていた。


「シオン・レイス」


 学院長が重い声で告げる。


「鉄翼竜の撃墜により、多数の生徒が救われた。それは疑いようのない功績だ」


「はい」


「だが、結果がよければ過程を問わないわけにはいかない。君の行動を英雄的だったという一言で済ませれば、次から誰も退避命令を聞かなくなる」


 それも分かる。


 俺が下級生なら、今日の出来事を見て、自分にもできると思うかもしれない。


「だから、聞きたい。首席生リゼ・アルヴェインへ、君は命令したのか」


「頼みました」


「断れば見捨てることになる状況で、か?」


 言葉に詰まる。


 俺にそのつもりがなくても、リゼは断りにくかったかもしれない。


「違います」


 扉の外から声がした。


 リゼが審問室へ入ってくる。左手首には薄い包帯が巻かれていた。


「発言の許可は出していない」


「でしたら、今ください。私の判断について、本人の証言なしで決めるおつもりですか」


 学院長が眉間を押さえた。


「……許可する」


「シオンは危険と着地点を説明しました。私は風量を計算し、帰還用の風を残す条件を出したうえで協力しました。命令されたのではありません」


「しかし、君を危険へ巻き込んだ」


「私の風がなければ、西門前にいた百三十二人が危険にさらされました」


 人数まで数えていたらしい。


「首席だから守られるべきだとおっしゃるなら、反対です。首席は、最も必要な場所で力を使うためにいるはずです」


 室内が静かになった。


「損傷記録を提出します」


 今度はミナが入ってきた。腕いっぱいに記録板を抱えている。


「鉄翼竜の左翼に、切断と骨折はありません。損傷したのは翼へ魔力を送る部位だけです。シオン先輩の魔法は鱗の表面で爆発せず、接触点から内部へ作用しています」


 記録板を机へ置く。


「竜を生かしたことが問題だそうですが、死なせる必要があったという医学的根拠はありますか?」


「治癒科の一年生が、審問の方針へ口を出すものではない」


「負傷の有無を聞かれなかったので、必要だと思って来ました」


 ミナは真顔だった。


 学院長の隣にいた教師が咳払いをする。


「だが、生徒三名を危険にさらした事実は変わらない」


「四名だ」


 最後に入ってきたダリオが訂正した。


「俺も救命索を射出した。支柱へ火槍を打ち込んだのも俺だ」


「ベルン。君まで命令に背いたと認めるのか」


「認める」


 ダリオは一歩も引かなかった。


「撤退命令に従っていれば、俺たち四人は安全だった。その代わり、西門前で死者が出た。処分するなら、その事実も記録へ残してくれ」


 俺は三人を見る。


 助けを頼んだ覚えはない。


 それなのに、全員がここへ来ていた。


 竜へ跳んだときより、胸の奥が落ち着かなかった。


「規則の話が終わったなら、次は竜が来た理由だ」


 壁際にいたガルド教官が、封印された革袋を机へ置いた。


「この針には見覚えがある」


 ヴァイス教授の指が、机の下でわずかに動いた。


「三十年前、北境で使われた《誘竜針》に似ている。音と魔力で竜の感覚を狂わせ、特定の場所へ追い立てる術具だ」


「記録上、誘竜針はすべて廃棄されたはずだ」


 学院長が言う。


「だから調べる。あの竜は自然に結界を越えたんじゃない。誰かに向かう先を決められていた可能性がある」


 ヴァイス教授が静かに口を開く。


「外見が似ているだけで断定は危険だ。まずは専門設備で術式を解析すべきだろう」


「同感だ。ただし、誰がいつ封を開けたか、全部記録に残す」


「当然だとも」


 二人の視線がぶつかった。


 学院長はしばらく考え、手元の書類を閉じた。


「本日の結論は保留とする。シオン・レイスは寮で待機。関係した三名も、正式な許可が出るまで学院外へ出ることを禁じる」


「退学ですか」


「まだ決めていない」


 学院長は俺をまっすぐ見た。


「君を英雄として称えるのも、規則違反者として切り捨てるのも、今は早い」


 少なくとも、話を聞く気はあるらしい。


 俺たちは審問室を出た。


 廊下へ出た途端、ミナが俺の包帯を指でつつく。


「痛っ」


「英雄でも規則違反者でも、治療中なのは確定です。勝手に歩き回らないでください」


「寮へ戻れって言われたんだけど」


「私が送ります」


「私も行くわ」


 リゼが言う。


「俺は救命索を片づける」


 ダリオはそう言ってから、俺へ顔を向けた。


「勘違いするな。お前を認めたわけじゃない」


「さっき、ずいぶん助けてもらった気がする」


「記録を訂正しただけだ。竜を落としたのが落第生一人では、俺まで何もしていなかったように見える」


「そこが大事なんだな」


「大事だ」


 少しだけ、笑いそうになった。


 その夜。


 治癒水の冷たさで肩の痛みが引き、ようやく眠りかけたころ、寮の鐘が三度鳴った。


 火災でも竜襲来でもない。


 学院内で、重要物が盗まれたときの警鐘だった。


 廊下を走る足音が近づく。


 扉が強く叩かれた。


「シオン・レイス、起きろ!」


 外にいたのは、昼間の審問室で革袋を封じた教師だった。


 青ざめた顔で、息を切らしている。


「保管庫の封印が破られた」


 嫌な予感がした。


「盗まれたのは?」


「鉄翼竜から抜いた黒い針だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。