第29話 撃つな
『学院主砲、発射まで十秒』
指揮室の空気が凍った。
「中止命令を再送!」
北境軍司令官が通信晶へ怒鳴る。
『応答不能。発射術式、最終段階へ移行しています』
「砲台の術者へ直接止めさせろ!」
『安全規定により、最終段階では術者の操作を受け付けません。外部からの乗っ取りを防ぐためです』
王都を守るための安全規定が、王都を危険にさらしている。
指揮卓の三つの表示が、白から金へ変わった。
『九秒』
リゼの観測風が、中央塔の床下へ潜る。
「三つの砲台は、ここから送られる同期信号で同時に撃ちます!」
指揮室の中央。
広域測定器の真下に、十二方向へ魔力を分ける接続部がある。
「信号を切れば止まるのか」
「止まります。でも中央結界と同じ回路です。外せば王都の防壁まで消えるかもしれません」
『八秒』
「切る場所は見える?」
俺の問いに、リゼが息を呑んだ。
それでも迷ったのは一瞬だけだった。
「私が探す」
ミナが測定盤を床へ重ねる。
「防壁へ戻る青い線と、砲台へ向かう赤い線を分けます。赤だけなら切っても結界は残ります」
ダリオは指揮室の壁にある保守扉へ走った。
「鍵がかかっている!」
「壊せ!」
司令官の許可より早く、ガルド教官の声が飛んだ。
ダリオが火槍の石突きを錠へ叩き込む。
扉が内側へ外れた。
『七秒』
「シオン!」
「行きます」
誰かの命令を待ったわけではない。
あとで規則違反だと言われることも分かっている。
それでも、今回は隠れていない。
誰を守るために、何を壊すのか。
全員へ告げたうえで、自分の足で選んだ。
保守扉の向こうへ飛び込む。
螺旋階段の中心を、太い光の柱が貫いていた。
中央結界核から伸びた魔力が、途中の分配環で十二本に分かれている。
そのうち三本だけが、金色に膨らんでいた。
『六秒』
「剣を使ったら、四回分が減ります!」
上からミナの声が落ちてくる。
「魔力は流さない!」
短くなったレイヴを抜く。
刃へ込めるのは、回路を読むための糸より細い魔力だけ。
杭を外すために決めた量には触れない。
分配環へ刃の腹を当てた。
白い柱の中を走る流れが、掌へ返ってくる。
太い十二本は砲台へ魔力を送る道。
その外側に、髪の毛ほどの細い線がある。
三つの発射時刻をそろえる同期片だ。
『五秒』
「赤い線、見えました!」
ミナの測定盤から細い光が下り、分配環の一点を照らす。
俺が感じた場所と同じだ。
「右へ指一本!」
リゼの風が刃先を押す。
青い防壁回路から離れ、三本の赤い線だけが重なる場所へ。
『四秒』
「そこだ、斬れ!」
ダリオの声。
俺はレイヴを振った。
大きな一撃はいらない。
薄い金属片を、刃の重さだけで断つ。
ちん、と小さな音がした。
王都を覆う防壁の光は消えない。
金色に膨らんでいた三本の回路だけが、白へ戻った。
『三秒』
数える声が途切れる。
一拍遅れて、指揮室の通信晶が次々に鳴った。
『北東第一砲台、同期信号を喪失!』
『東第二砲台、安全停止へ移行!』
『学院主砲、充填魔力を地下導路へ放出します!』
塔の壁を、低い振動が走る。
溜められていた魔力が砲身から外れ、王都地下の吸収槽へ流れていく。
空へ放たれた光は、一つもなかった。
◇
指揮室へ戻ると、誰も声を上げなかった。
広域測定器には、十二の砲台が灰色で表示されている。
その外側。
アルガディアを示す青い影は、王都へ近づき続けていた。
司令官が俺を見る。
「中央接続部の破壊は、王都防衛設備への重大な干渉だ」
「はい」
「軍法なら拘束する」
「竜を止めたあとなら、従います」
昔の俺なら、退学になるかもしれないと考えただろう。
今も怖くないわけではない。
けれど、規則は人を守るためにある。
守る人がいなくなったあとで、正しい手順だけが残っても意味はない。
「拘束は不要です」
セレス副学院長が進み出る。
「緊急竜害規定に基づき、中央接続部の停止を学院管理者として承認します。責任は私にもあります」
「最初に壊せと言ったのは俺だ」
ガルド教官も続く。
「接続位置を示したのは私です」
「安全な線を選んだのは私です」
「扉を壊したのは俺だ」
リゼ、ミナ、ダリオの声が重なった。
一人で壊したつもりはない。
それを、みんなも分かっていた。
「処分の話はあとだ」
司令官が指揮卓を拳で叩いた。
「砲撃を封じた以上、代わりの迎撃手段を示してもらう」
「あります」
俺は答えた。
「古竜へ近づき、三本の誘導杭と胸の誘竜核を外します」
指揮室がどよめく。
近衛隊長が信じられないものを見る目を向けた。
「千本の砲撃を受けて無傷の竜へ、人が剣で近づくのか」
「飛んでいく魔法は鱗に散らされます。でも、俺の魔力は剣から離れません。触れれば、杭の内側へ届く」
「核を壊せば、竜そのものが爆発する可能性があると報告したのは君たちだろう」
「だから、先に三本の杭を外します」
ミナが観測盤を指揮卓へ置いた。
三つの赤い点と、胸の黒い円が映る。
「杭を外せば、核と翼の間を巡る強制飛行の流れを断てます。そのあとで核の殻だけを壊し、溜まった魔力を空へ逃がします」
「古竜は王都の上だ。力を失えば、市街へ落ちる」
「落とす場所を選びます」
リゼが王都の地図を広げた。
城壁の南西にある大きな青い場所を指す。
「王都外縁貯水湖。市街から離れていて、周囲は避難済みです。風で進路を変え、核を壊す位置を湖側へずらします」
「風だけで古竜を運べるのか」
「一人では無理です」
リゼはネーヴァのいる学院方向を見る。
「でも同族の竜が注意を引けば、旋回させられるかもしれない」
「落下の衝撃は、水魔術師を集めれば減らせます」
ミナが続ける。
「竜も、市民も生かします」
司令官の視線がダリオへ移る。
「君は何をする」
「こいつを連れ戻します」
ダリオが俺の肩を掴む。
「一度触れるたびに状態を確かめる。必要なら、必ず地上へ回収する。一人の判断で四か所を回らせません」
「絵空事だ」
拘束されたヴァイス教授が言った。
「千条砲でも止まらなかった相手だぞ。学生四人で何ができる」
「千回撃って駄目だったんでしょう」
ダリオは教授を見なかった。
「なら、必要な四回だけ届かせます」
司令官が無言で空を見上げる。
青黒い雲は、中央塔の真上まで広がり始めていた。
測定器が距離を告げる。
『蒼天竜、王都外壁まで推定十二分』
「十分だ」
司令官が言った。
「その作戦が実行可能だと、十分で示せ」
「十分を過ぎたら?」
「物理弾を含む全防衛手段で、中央塔への到達を阻止する」
王都を守る立場なら、当然の期限だった。
「各隊へ通達。零距離班の作戦準備を優先しろ。必要な人員と設備は、申告があり次第回せ」
司令官が俺たち四人を見る。
「十分間だけ、王都の空を預ける」
指揮室の時計が赤く変わった。
十。
九分五十九秒。
九分五十八秒。
竜を殺さずに叩き落とすための時間が、減り始めた。




