第28話 王都上空、竜来襲
転送の光が消える前に、次の転送陣へ走った。
崩壊した塔の転送設備は使えない。だが、避難小屋には結界核から独立した退避専用陣が残っていた。
第一結界塔の避難小屋から第二塔の補給所へ。
第二塔から北境軍の物資集積所へ。
そこから王立セイン魔術学院の搬入口へ。
人と荷馬車を運ぶ大型の転送陣を三つ乗り継ぐ。
足元の床が入れ替わるたびに胃が持ち上がったが、立ち止まっている時間はない。
「次、ネーヴァを入れます!」
リゼの声で、転送陣の係員たちが壁際へ退く。
鉄色の巨体が身を低くし、円陣の中へ収まった。左翼は折り畳めず、包帯を巻いたまま外側へ伸ばしている。
ネーヴァが不安そうに喉を鳴らす。
「すぐ終わる。目を閉じて」
言葉が通じたかは分からない。
けれど金色の目は閉じられた。
青い光が巨体を包み、次の瞬間には王都側の陣へ移る。
最後に、ダリオがヴァイス教授を連れて転送された。
教授の両手には封魔具がはめられ、腰には火鎖が回されている。
「道を空けろ!」
搬入口に待機していた兵たちが槍を構えた。
だが、その穂先が向いたのは教授ではない。
ネーヴァだ。
「待ってください! この竜は味方です!」
リゼが両者の間へ入る。
「北から竜が来ているんだぞ!」
「だから、この子が必要なんです!」
「槍を下げろ」
聞き慣れた声が飛んだ。
兵の列を割って、ガルド教官が歩いてくる。
左の袖はいつもどおり空だったが、右手には抜き身の大剣を持っていた。
「そいつは学院を襲った竜だが、今は誰も襲わん。俺が保証する」
「しかし――」
「責任者へ俺の名を伝えろ」
兵たちは迷いながらも槍を下げた。
ガルド教官の目が、俺の右腕を包む治療布へ落ちる。
次に、腰の短くなったレイヴを見た。
「折ったか」
「はい」
「何を斬った」
「何も。触れる前に折れました」
教官は一度だけ目を閉じた。
「なら、次は触れるところからだ。歩けるな」
「行けます」
「中央塔へ来い。もう全員集まっている」
◇
学院の外へ出て、王都の空を見た。
昼なのに、街灯がともっている。
青黒い雲が太陽を覆い、その奥を巨大な影が動いていた。
一度翼が光るたび、雲の中を青い稲妻が走る。
アルガディアだ。
まだ城壁の外だが、もう山と見間違える距離ではない。
鐘が鳴り続けている。
大通りに人影はなく、開け放たれた店の扉だけが風に揺れていた。市民は地下避難区画へ移ったらしい。
代わりに、屋根の上と城壁に魔術師が並んでいる。
火の杖。
氷の杖。
雷槍と風弓。
学院の生徒と教員、近衛魔術師団、王都防衛隊。
中央塔を囲む十二の大型魔導砲にも、白い光が溜まり始めていた。
千を超える放式魔法が、空の一点へ狙いを定めている。
「撃たせたら駄目です」
ミナが言った。
「千条砲より多い」
俺たちは中央塔へ駆け込んだ。
◇
最上階の指揮室には、王都全域の防衛陣が映し出されていた。
中央に立つ北境軍司令官が、赤い駒を城壁の外へ動かしている。
学院長とセレス副学院長、近衛魔術師団の隊長たちもそろっていた。
「全砲台、第二充填へ。古竜が外壁から五千歩へ入った時点で一斉射撃」
「撃たないでください!」
俺の声に、指揮室の視線が集まった。
「魔法は効きません。アルガディアは飛んでくる魔力を吸収します!」
「所属と名を」
司令官は声を荒らげなかった。
「王立セイン魔術学院、零距離班。シオン・レイスです」
「資格課程は」
「最終学年です。実技判定は……不合格です」
指揮卓の周りで、わずかなざわめきが起きた。
「不合格の理由は後で聞く。報告の根拠を述べろ」
「第一結界塔で、千条砲の直撃を見ました。千本すべてを吸収して、竜は大きくなったんです」
「塔は崩壊し、正式な観測官からの通信は途絶している。生徒の目視だけで、王都唯一の迎撃手段を放棄することはできん」
退けられた。
けれど、司令官の判断が理解できないわけではない。
空には古竜がいる。
何も撃たずに待てと言うなら、代わりに信じられる証拠がいる。
「目視だけではありません」
ミナが観測盤を差し出す。
「学院治癒科、ミナ・フェル。鉄翼竜の鱗を使った再現試験と、千条砲命中時の観測記録です」
「学生の作成した未承認記録だろう」
近衛の隊長が言う。
「照合には時間がかかる。それまで古竜が待つと思うか」
「なら、作成者本人にも説明してもらいます」
ダリオが火鎖を引いた。
入口から、拘束されたヴァイス教授が現れる。
指揮室の空気が変わった。
「結界研究主任……?」
「学院攻撃と結界核窃盗、灰尾村の竜害を起こした容疑で拘束しました」
ダリオは教授の外套から押収した記録帳を卓上へ置いた。
「千条砲の設計式、誘竜装置の配置、実証射撃の出力記録です。主任印もある」
セレス副学院長が帳面を開く。
ページに触れると、千条砲の光がアルガディアへ吸い込まれる映像が浮かんだ。
最後に残った数値は、放出量と着弾後の残存量。
爆発へ変わった魔力は、ゼロだった。
「ヴァイス教授」
学院長が低い声で問う。
「これは、あなたの記録か」
教授はしばらく黙っていた。
やがて、空の青い影を見て答えた。
「私の記録だ」
「魔導砲は古竜に有効なのか」
「……現状の出力では、餌になる」
ざわめきが怒号へ変わる。
「では、射撃中止を!」
リゼが叫んだ。
「まだです」
司令官は記録帳から目を上げる。
「拘束された容疑者の記録と証言だけでは、偽装の可能性を排除できない。竜が魔力を吸っていることを、ここで示せるか」
「示します」
リゼは迷わなかった。
指揮室の中央にある王都広域測定器へ歩み寄る。
「測定器を、私の観測風へ接続してください」
「個人の術式を王都設備へ?」
「壊しません。読むだけです」
セレス副学院長が測定器の封印を開いた。
「責任は私が負います。やりなさい、アルヴェイン」
「はい」
リゼが両手を広げる。
開いた窓から、細い風が空へ伸びた。
城壁を越え、雲の下へ。
アルガディアへ近づくほど、風の線が細くなる。
測定器の円盤に、王都周辺の魔力が色となって浮かんだ。
中央塔は白。
十二の砲台は赤。
待機する千人の魔術師は、細かな橙色の点。
そのすべてから、青い筋が伸び始める。
「まだ誰も撃っていないぞ」
近衛隊長が呟く。
「充填しているだけで、漏れた魔力が引かれています」
リゼの額に汗が浮かぶ。
「風も同じ。あの竜は、周りにある魔力を吸っています」
青い筋は雲の中で一つになり、巨大な竜の形を描いた。
右翼。
左翼。
長い首。
千本の光を食らった腹の内側で、青白い魔力が渦を巻いている。
誰の目にも見えた。
王都が撃とうとしている魔法の行き先が。
司令官が通信晶を掴む。
「全砲台へ命令変更! 射撃を中止せよ!」
赤い命令光が、十二方向へ走った。
だが、その直後。
指揮卓の外縁で、三つの砲台表示が白へ変わった。
『北東第一砲台、最終充填完了』
『東第二砲台、発射術式を固定』
『学院主砲、射撃命令を受理済み』
中止命令より先に、最後の発射手順が始まっていた。




