第27話 一撃では足りない
避難小屋の屋根を、細かな石の雨が叩いていた。
第一結界塔が崩れたときに舞い上がった破片だ。
壁が軋むたび、机の上で折れたレイヴが震える。
柄につながった半分。
ネーヴァの背鱗に挟まっていた切っ先。
二つを並べても、元の剣には戻らない。
「右手を開いてください」
ミナが俺の手首へ治癒水を流す。
指を動かそうとするが、人差し指がわずかに震えただけだった。
「魔力路が内側から焼けています。骨と筋は無事ですが、同じ逆流をもう一度起こしたら、剣を握れなくなるかもしれません」
「王都までは、あとどれくらいだ」
「先に自分の腕を心配してください」
「してる。だから、どれくらい使えるか知りたい」
ミナは怒った顔のまま、俺の掌を軽く押した。
痛みはある。
感覚が消えたわけではない。
「今の治療で、握るところまでは戻します。ただし、前と同じ量を一度に流すのは禁止です」
「分かった」
「本当に?」
答えようとして、言葉が止まった。
さっきも分かっていた。
レイヴに限界があることも、ミナが充填を止めようとしたことも。
全部聞こえていたのに、俺は魔力を込め続けた。
「……俺の一番強い一撃なら、全部終わらせられると思った」
小屋の隅で、ダリオがヴァイス教授の拘束を確かめている。
リゼは割れた窓から、南の空を見ていた。
二人とも振り返った。
「アルガディアは大きかった。だから、もっと強くしないと届かないって。それしか考えられなくなった」
折れたレイヴへ目を落とす。
「四人で決めて飛んだのに、最後だけ一人で決めた」
ダリオが短く息を吐いた。
「一撃が弱かったんじゃない」
「ああ」
「お前が一撃で全部を片づけようとした。それで剣を壊した」
「ああ」
言い返せなかった。
遠くから人を守れる力が欲しいと言い続けたダリオは、もう最大の火力に頼ろうとしていない。
変われていなかったのは、俺の方だ。
「落ち込むのは、これを見てからにしてください」
ミナが観測盤を机へ置いた。
左腕は布で固定されたままだ。右手だけで盤面を操作し、アルガディアの姿を青い線で浮かび上がらせる。
「千条砲が命中した瞬間、吸収された魔力のおかげで、装置の流れを観測できました」
竜の両翼に、一つずつ赤い点が灯る。
もう一つは、首の後ろ。
「三本……?」
「誘導杭です。結界核の波長を追わせ、飛ぶ方向を固定しています」
俺が壊そうとした首元の光も、そのうちの一本だった。
「じゃあ、あれは核じゃなかったのか」
「はい。本体はここです」
竜の胸元に、三つより大きな黒い円が現れる。
鱗の下へ深く埋まっている。
「誘竜核。痛みを増幅し、三本の杭へ魔力を送る中心です」
盤面の線が、胸から両翼と首へ伸びた。
「核を一撃で壊すだけじゃ駄目なの?」
リゼが尋ねる。
「三本の杭がつながっている間は、吸収した魔力が核と杭の間を循環し続けます。外側から無理に壊せば、溜まった魔力が竜の体内で破裂する可能性があります」
竜を止められても、竜が死ぬ。
王都の上で爆発すれば、市民も助からない。
「先に三本を外して、流れを細くする」
「そのあとで、胸の核を壊します」
ミナが四本の指を立てる。
「必要なのは、最大の一撃ではありません。三本の杭へ届く三度の接触と、核を壊す最後の一度です」
一撃では足りない。
剣も、仲間も、最後まで残っていなければ意味がない。
俺は机の上のレイヴを見た。
「直せるだろうか」
「鍛冶場も炉もないぞ」
ダリオが言う。
「炉なら作れる」
俺は荷袋の底から、油紙に包まれた細長い箱を取り出した。
北へ出発する朝、ロッカが押し込んだものだ。
『お前は剣を食う。旅先で腹を空かせても、これ以上は寄こさんぞ』
そう言っていた。
箱の中には、薄い魔鋼の補修帯、黒い接合粉、携帯用の小槌と金床が入っている。
刃こぼれや小さな亀裂を塞ぐための道具だ。
真っ二つになった剣を元どおりにする量はない。
「長い剣には戻せない」
熱で傷んだ折れ口を落とせば、刃は三分の二より短くなる。
それでも、つなぎ直すことはできる。
足元で、硬い音がした。
ネーヴァが小屋の入口へ首を入れている。
傷の開いた左翼は、リゼが新しい布で巻き直していた。
ネーヴァは顔を翼へ寄せると、包帯の端に引っかかっていた一枚の鱗を歯で抜いた。
すでに新しい鱗へ押し出され、根元が白く乾いた古い鱗だった。
黒銀の一枚が、俺の前へ落ちる。
「これを、使っていいのか」
ネーヴァは鼻先で鱗をこちらへ押した。
初めて鱗を預かった、あの日のように。
「……また借りる」
ネーヴァが低く喉を鳴らした。
◇
壊れた石を組み、補修帯を載せる。
「火を入れるぞ」
ダリオの火槍が、魔鋼を赤く熱した。
強すぎれば芯が死ぬ。
弱ければ鱗が混ざらない。
「温度を保って。リゼ、火が片側へ寄らないように風を」
「任せて」
細い風が炎を包み、即席の炉の中で均等に巡らせる。
俺は動かない右手で金床を押さえ、左手で小槌を握った。
うまく振れない。
一打目は補修帯の端を外した。
「貸せ」
ダリオが槍を置き、小槌を取る。
「どこを叩く」
「銀の筋の外側。真ん中は潰すな」
俺が示し、ダリオが叩く。
リゼが熱を整え、砕いた鱗と接合粉を亀裂へ運ぶ。
金属が一つになる直前、ミナの細い水が刃を冷やした。
「急に冷やすな。三つ数えてからだ」
「注文が多い患者ですね」
「剣の方は患者じゃない」
「あなたより言うことを聞きます」
こんなときなのに、リゼが小さく笑った。
四人の息が重なる。
打つ。
熱する。
冷ます。
長い刀身には戻らない。
けれど短くなった分、刃は曲がりにくい。残った黒銀の芯を補修帯で包み、ネーヴァの鱗を接合部だけでなく峰全体へ薄く重ねた。
多くの魔力を溜める剣ではない。
必要な量を、必要な場所へ通す剣だ。
最後に刃を水へ沈める。
白い蒸気が晴れたあと、黒銀の短い剣が残った。
不格好な継ぎ目が一本ある。
切っ先にも、前ほどの長さはない。
それでも握ると、掌から流した小さな魔力が切っ先まで巡り、同じ道を帰ってきた。
「レイヴ」
名前を呼ぶ。
折れる前と同じ、静かな光が刃にともった。
「四回、もつと思うか?」
ダリオが聞く。
「もたせる」
「違うでしょう」
ミナに即座に叱られた。
俺は言い直す。
「四回もつ量だけを流す」
「はい」
そのとき、避難小屋の通信晶が赤く明滅した。
リゼが受信の術式を開く。
浮かび上がったのは、王都中央塔から送られた遠景だった。
昼のはずの空が、青黒い雲に覆われている。
雲の奥で、山より大きな翼が光った。
『蒼天竜、王都外縁まで推定三十分!』
切迫した声が小屋に響く。
『全市民の地下避難を継続。学院および近衛魔術師団は、全魔導砲へ接続せよ』
「待って」
リゼが通信晶へ手を伸ばす。
『命令受領後、射程へ入り次第――一斉射撃を行う』
千条砲を食らった竜へ、王都中の魔法を撃とうとしている。
俺は短くなったレイヴを鞘へ収めた。
「行こう」
今度は一撃で終わらせない。
四度目まで、全員で届くために。




