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第25話 千発対一振り

 最初の火球が、俺の顔へ飛んできた。


 レイヴを上げかけて、止める。


 斬るべきものは、火球じゃない。


「左へ!」


 リゼの風に従い、身体を投げ出す。


 赤い塊が頬の横を通り過ぎ、背後の床で爆発した。


 続けて三本の雷槍が走る。


 ダリオが火槍を横へ振り、一本の軌道を熱で曲げる。


 残り二本は、ミナの小さな水膜へ突き刺さった。


「長くは持ちません!」


 左腕を固定したまま、右手の杖だけで膜を支えている。


 青白い雷が水面を走るたび、ミナの顔が苦痛に歪んだ。


「発射台は十二基!」


 リゼの観測風が最上階を一周する。


「床に四つ、壁に八つ。それぞれが別の術具へ魔力を送ってる!」


 赤い火球を吐く砲口。


 青白い雷を放つ槍。


 氷の矢を作る銀筒。


 数え切れない術具が、十二の円形台座からせり出していた。


 ヴァイス教授は、千条砲の前に立ったまま動かない。


 右手の銀環を動かすたび、離れた術具が一斉に狙いを変える。


「君の一振りが届く前に、こちらは千発を撃てる」


「なら、発射台を止める!」


 床の一基へ走る。


 五歩先から火球が放たれた。


 避ければ、その後ろの雷槍に当たる。


「待て!」


 リゼの合図で足を止める。


 目の前を雷が横切った。


「今、右へ二歩。行ける!」


 風が背中を押す。


 火球と雷槍の間へ滑り込み、円形台座へレイヴを当てた。


 魔力を流す。


 表面は傷つかない。


 内側の分岐回路だけを焼き切る。


 台座につながっていた火球の砲口が、赤い光を失った。


「一基停止!」


「十一基残っている」


 ヴァイス教授が銀環を回す。


 壁から氷の矢が雨のように降った。


     ◇


 リゼが矢の密度を読み、薄い場所へ風を通す。


 ダリオは炎をぶつけ、道を塞ぐ氷だけを蒸気に変える。


 ミナの水膜が、背後から来る雷を一度だけ受け止める。


 その一度で作られた数秒を、俺が走る。


 二基目。


 壁際へ踏み込み、発射台の根元へ剣を触れさせる。


 停止。


 三基目。


 ダリオの火鎖が腰を引き、二つの火球の間を横切る。


 接触。


 停止。


 四基目へ向かう途中で、床が爆発した。


 身体が浮く。


「シオンの左前――踏んで!」


 足場を見ない。


 空中へ左足を出す。


 三秒だけの硬い風が、確かにそこにある。


 踏み抜き、壁の台座へ跳ぶ。


 レイヴの刃を突き立てた。


 四基目が沈黙する。


「人に頼らなければ、一基にも届かない」


 ヴァイス教授の声が飛ぶ。


「言っただろ!」


 着地しながら答える。


「一人じゃない!」


 五基目。


 六基目。


 連射の間隔が少しずつ広がっていく。


 けれど、仲間の息も同じだけ苦しくなっていた。


 リゼの額から汗が流れる。


 ダリオの火槍は熱を持ち、穂先が赤くなっている。


 ミナの包帯には、開いた傷から血がにじんでいた。


「次で半分です!」


「もう半分を越えてる!」


「停止したのは六基です!」


「今のが七基目だ!」


「記録する余裕がないんです!」


 怒鳴り合いながらも、誰も合図を聞き逃さない。


     ◇


 九基目を止めたとき、ヴァイス教授が左手を上げた。


 千条砲の充填灯が、八割まで点いている。


 砲台の銘板に文字が浮かんだ。


『結界核充填率八十。九十以上で主任音声命令を受理』


「あれが九十になる前に、教授の制御環を壊す!」


 ダリオが叫ぶ。


「先に残り三基よ!」


 リゼの風が、床下を走る魔力線を映し出す。


 三つの台座は、ヴァイス教授を囲むように配置されていた。


 正面から近づけば、火球と雷槍を同時に受ける。


「ミナ、結界核を見られるか?」


「ここからなら接続が分かります。黒い導管が誘導装置、青が千条砲。六つの固定環を順番に外せば、核を傷つけずに切り離せます」


「先に行って。俺たちで道を作る」


「左腕は使えませんよ」


「右手でできる?」


「時間をもらえれば」


「作る」


 リゼとダリオが同時にうなずいた。


「行ける」


「私も行ける」


「私もです」


 四人の声が重なる。


 ダリオが火槍を床へ向け、最大の炎を放った。


 攻撃ではない。


 床一面に熱気を広げ、火球の進路を上へ押し上げる。


 リゼの風が炎と蒸気を巻き取り、白い渦を作った。


 視界が消える。


 ヴァイス教授には、こちらの位置が見えない。


「小細工を!」


 雷槍が無差別に白煙を貫く。


 ミナは身を低くし、右側から結界核へ向かう。


 俺は左へ走った。


「シオン、前へ三歩!」


 リゼの声だけを頼りに進む。


 十基目へ接触。


 停止。


「右へ一歩、伏せて!」


 頭上を火球が通る。


 十一基目の根元へレイヴを滑らせる。


 停止。


 最後の一基が、白煙の奥で青白く光った。


 雷槍が俺ではなく、結界核へ向かうミナを狙っている。


「待て!」


 俺が叫ぶ。


 ミナが足を止めた。


 その前へ滑り込み、発射台へ剣を突き立てる。


 雷槍が放たれる直前に、内部の回路を断った。


 十二基目が消える。


 最上階から、飛び交う魔法の音がなくなった。


     ◇


 白煙が晴れる。


 ヴァイス教授の銀環が何度動いても、術具は応えない。


「千発でも、撃つ場所は十二でした」


 リゼが杖を向ける。


「仕組みが分かれば、止められます」


 教授が千条砲の制御台へ手を伸ばした。


 その腕へ、火鎖の鉄鉤が巻きつく。


 ダリオは炎を教授へ飛ばさなかった。


 火槍の後端だけを爆発させ、その反動で物理的な鋼索を射出していた。


 遠隔魔力を防ぐ銀環も、鉄の鎖までは止められない。


「終わりです、教授」


 ダリオが鋼索を引く。


 ヴァイス教授の両腕が背中側へ縛られた。


 俺は近づき、レイヴの柄頭で右手の銀環を砕く。


「あなたを学院へ連れ戻します」


「私を捕らえて、満足か」


「灰尾村の人たちの前で、今の話をもう一度してください」


 ミナは結界核へたどり着いていた。


 右手だけで、六つの固定環を一つずつ外していく。


「一つ。二つ……」


 黒い導管の光が弱くなる。


 アルガディアの咆哮が、少し遠ざかった。


「三つ。四つ」


 千条砲の充填灯は、まだ増えている。


 八十八。


 八十九。


 ミナの指が五つ目の固定環へかかる。


「九十になる前に!」


「あと二つです!」


 充填灯が九十へ変わった。


 砲台の銘板に、赤い文字が浮かぶ。


『主任音声命令、受理可能』


「口を塞げ!」


 ダリオが動く。


 ヴァイス教授の方が、一瞬早かった。


「千条砲――実証射撃」


 千本の砲身が、雲の中のアルガディアへ向く。


 ミナが最後の固定環を外す。


 同時に、空が白くなった。


 千本の光が、蒼天竜へ放たれた。

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