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第23話 天の塔

 第一結界塔は、雲の中まで伸びていた。


 峡谷を抜けた俺たちの前に、白い石造りの塔がそびえている。


 頂上は青黒い雲に隠れ、ときおり走る稲光だけが輪郭を見せた。


 結界の灯は消えている。


 代わりに塔の上部から、青い光が竜嶺へ向かって脈打っていた。


「結界核は、まだ動いてる」


 リゼが息を呑む。


「村を守るためじゃなく、何かを呼ぶために」


 ネーヴァが足を止めた。


 金色の目が塔を見上げ、喉から途切れた低い音を漏らす。


 隔離厩舎で聞いた、痛みを示す振動だ。


「ここで待っていてくれ」


 俺はネーヴァの鼻先へ手を当てた。


「あのときと同じことは、させない」


 荷馬車と二頭の馬は、採石場跡の岩陰へつなぐ。


 ネーヴァは馬たちを囲うように伏せたが、塔から目を離さなかった。


 猟師にもらった布地図を頼りに、西側の崖へ回る。


 崩れた石段の先に、大きな鉄扉があった。


 半分は土砂に埋まり、《資材搬入口》の文字も錆びている。


「旧搬入口だ」


 ダリオが扉の刻印を確かめる。


「現行図には載っていない。教授も、村の人間がこの道を教えるとは考えていなかったらしい」


 ミナが任務証を取り出した。


「第一塔への侵入は禁止、と書かれています」


 左腕はまだ胸元へ固定されている。


 歩くことはできるが、大きな水膜は作れない。


「ここから先は、命令違反です」


「戻って許可を待てば、村へ嵐が着く」


 俺は答えた。


「でも、俺一人では入らない」


 峡谷でのように、自分だけで決めるつもりはない。


「俺は行ける。塔の中を確認して、可能なら誘導装置を止めたい」


 ダリオが火槍を握り直す。


「俺も行ける。教授の研究に関わった者として、見届ける」


「行けます」


 ミナが続く。


「負傷者なので、前衛には数えないでください」


 最後にリゼを見る。


「私も行ける」


 彼女は鉄扉の向こうへ観測風を送ろうとして、手を止めた。


「ただし、中の防衛術式を確認してからよ」


 四人全員の合意を聞いてから、レイヴを扉の錠へ差し込む。


 魔力を流すと、錆びた歯車の奥だけが砕けた。


 鉄扉が重い音を立てて開く。


     ◇


 搬入口の先には、長い石の通路が続いていた。


 壁の両側に、銀色の筒が何十本も埋め込まれている。


 床には青い術式線。


 中央を横切るように、薄い光の膜が張られていた。


「対飛来術式用の自動迎撃路だ」


 ダリオが声を落とす。


「魔導砲や転送術で侵入されたとき、外から来た魔力を検知して迎撃する」


「歩くだけなら通れる?」


「普通の魔術師は、何も唱えなくても身体や杖から微量の魔力が漏れる。ここでは、それも侵入信号になる」


 ダリオが火槍を光の膜へ近づける。


 触れる前に、壁の銀筒が一斉にこちらを向いた。


「動かさないで」


 リゼが細い糸を一本取り出す。


 魔力を含ませず、風にも乗せずに投げた。


 糸は光の膜を通り、床へ落ちる。


 何も起きない。


 次に、指先ほどの観測風を糸へまとわせた。


 光の膜が赤く変わる。


 壁の筒から雷が走り、糸の落ちた床が爆発した。


 石片が入口まで飛んでくる。


「これでは、魔法で術式核を狙えません」


 ミナが言う。


「狙った瞬間に爆発します」


 通路の奥に、赤い結晶が見える。


 あれが迎撃路の核だ。


 距離は三十歩。


「俺が行く」


「火鎖も通せないぞ」


 ダリオが言う。


 鋼索自体は物だが、火槍から伸ばす瞬間に魔力を使う。


「分かってる。何かあったら、ここまで戻る」


 レイヴを抜く。


 剣には必要な分だけ魔力を留めた。


 外へ飛ばさない。


 漏らさない。


 光の膜へ足を入れる。


 壁の銀筒は動かなかった。


 二歩。


 三歩。


 俺の中とレイヴの中だけで、魔力が巡っている。


 防衛術式にとって、飛んでくる魔力は存在しない。


 十歩目で、床の青い線が靴の下を走った。


 反応なし。


 二十歩。


 頭上の筒も沈黙している。


 三十歩目で、赤い結晶へレイヴの先を触れさせた。


 ようやく魔力を流す。


 剣と結晶が接した瞬間、二つの間に距離はなくなった。


 術式核の内部へ、細い亀裂だけを作る。


 赤い光が消えた。


 壁の銀筒が、一斉に下を向く。


「通れる!」


 俺が叫ぶ。


 三人が通路を走ってきた。


「飛ばせないことが、侵入に役立つなんてね」


 リゼが俺の隣へ着く。


「落第理由を、守りの塔に褒められた気分だ」


「塔は何も言ってないぞ」


 ダリオが先の階段を見る。


「だが、教授なら腹を立てるだろうな」


     ◇


 同じ防衛区画が、上層まで三つあった。


 そのたびに俺が先行し、術式核へ直接触れて止める。


 三人は合図を待ち、停止を確認してから進んだ。


 急いでいても、順番は崩さない。


 七階を越えるころ、塔全体が低く震え始めた。


 壁の中を青い光が上へ走る。


「結界核の魔力が集まってる」


 リゼが天井を見る。


「最上階よ」


 最後の螺旋階段を上り、大きな鉄扉を開ける。


 その先には、夜空があった。


 塔の上部は四方の壁が開き、雲と同じ高さまで吹きさらしになっている。


 中央に、巨大な砲台が据えられていた。


 円環状に並んだ細い砲身。


 十本でも百本でもない。


 見渡す限りの射出口が、一つの台座から空へ向いている。


「《千条砲》……」


 ダリオが砲台の銘板を読む。


「教授が完成させたと言っていた、新型対竜兵器だ」


 砲台の奥に、青い結晶が浮かんでいる。


 観測室の映像で見た、第一結界塔の核。


 本来あるべき固定座から外され、黒い導管で千条砲と別の装置へつながれていた。


 別の装置は、竜嶺へ向けて低い波を放ち続けている。


 ネーヴァへ刺さっていた針と同じ、不快な振動が足元から伝わってきた。


「誘導装置です」


 ミナの顔がこわばる。


「これが、竜を呼んでいる」


 砲台脇の観測鏡が、雲の中の魔力反応を映していた。


 青黒い雲が一度だけ裂ける。


 その向こうを、巨大な何かが横切った。


 翼の端から端まで、学院の訓練場より広い。


 背中の鱗は空と同じ青。


 一度羽ばたいただけで、塔が揺れた。


 観測鏡の古い識別術式へ文字が浮かぶ。


『古竜級反応――記録照合』


 文字が何度も乱れ、最後に一つの名を示した。


『蒼天竜アルガディア』


 百年以上、竜嶺の奥で眠っていた古竜。


 その金色の目が雲の中で開き、第一結界塔を見た。


「美しいだろう」


 背後から、穏やかな声がした。


 振り返る。


 千本の砲身を背負うように、ヴァイス教授が立っていた。

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