第11話 四人一組
「標的を破壊して、ここへ戻れ」
ガルド教官が、足元の白い線を剣の鞘で叩いた。
実証課程九日目。
旧訓練場には、昨日までなかった木の壁が何枚も立っている。
壁は歯車で左右へ動き、通路を開いたり塞いだりしていた。隙間からは、訓練用の赤い塗料弾が不規則に飛んでくる。
四十メートル先には、石造りの魔獣模型。
胸の中央に、拳ほどの赤い核が埋め込まれている。
「核を壊せば合格ですか」
「俺の話を聞いていたか?」
「壊して、戻る」
「四人全員でだ。誰か一人でも塗料弾を受ければ負傷扱い。白線まで帰れなければ失敗とする」
俺は腰のレイヴへ手を添えた。
赤い核までの距離は遠い。
だが、リゼの風なら一気に越えられる。
「最初の壁が開いたら、私が水膜を張ります」
ミナが通路を確認する。
「そのあと、ダリオ先輩が射出口を止めて――」
「待っていたら、次の壁が閉じる」
木の壁が動き、標的まで一直線の隙間が生まれた。
今なら届く。
「リゼ、飛ばしてくれ!」
「え? まだミナの準備が――」
「今しかない!」
リゼは一瞬迷った。
それでも、俺の足元へ風を集める。
「着地は三枚目の壁の前。強く押すから、姿勢を低くして」
「分かった」
風が弾けた。
身体が地面を離れ、最初の壁を越える。
塗料弾が二発、足元を通り過ぎた。
空中で身体をひねり、二枚目の壁の上へ足をつく。そのまま風の勢いを使い、三枚目の壁を飛び越えた。
標的が目の前へ迫る。
レイヴを抜く。
必要なのは、核だけを壊す衝撃。
魔力を細く絞り、黒い刃へ通した。
「はっ!」
赤い核へ切っ先を当てる。
小さな破裂音がして、核だけが内側から砕けた。
石の模型は無傷。
レイヴにも亀裂はない。
「七秒!」
ダリオの声が遠くから聞こえた。
悪くない。
あとは戻るだけだ。
振り返った瞬間、目の前で木の壁が閉じた。
「リゼ!」
返事はない。
壁が何枚も重なり、白線にいる三人の姿が見えなくなっている。
上を越えようとしたが、今度は左右の射出口が一斉に開いた。
赤い塗料弾が飛んでくる。
レイヴで二発を弾く。
三発目を避け、閉じた壁の陰へ入った。
俺の魔法では、壁の向こうへ攻撃できない。
リゼの風も来なかった。
「右へ三歩!」
壁越しに声がした。
言われたとおりに動く。
直後、俺がいた場所へ塗料弾が当たった。
「次は?」
「見えない! 壁が邪魔で、あなたの位置が分からない!」
声だけでは、風を当てる場所を決められない。
俺が跳んだところへ強い風を送れば、壁へ叩きつけるかもしれない。
「左の壁が開いたら走ります!」
ミナの声も聞こえた。
「私の水膜まで戻ってください!」
歯車が鳴る。
左の壁に隙間ができた。
そこへ走り込む。
だが、地面から新しい射出口が持ち上がった。
避けきれない。
赤い塗料弾が胸へ当たった。
「そこまで!」
ガルド教官の声と同時に、壁の動きが止まる。
胸に広がった赤い染みを見下ろした。
「標的破壊、七秒。シオン・レイス、帰還前に負傷。班の任務は失敗だ」
「核は壊しました」
「お前は標的の前で死んだ」
言い返せなかった。
◇
「どうして待てなかったの?」
訓練場の端へ戻ると、リゼが静かな声で尋ねた。
怒鳴られるより怖い声だった。
「壁が開いたから、今なら行けると思った」
「あなたは行けた。でも、私たちは行けなかった」
ミナは水膜を作りかけたまま、ダリオは火槍を構える前だった。
俺だけが、準備を終えていた。
「私の風は、あなたを遠くへ運べる」
リゼが続ける。
「でも、見えない場所から安全に戻すことはできない。あなたがどこにいて、どちらへ動くか分からなければ、風は助けではなくなるわ」
「悪かった」
「謝って終わりにしないで。次は、どうするの?」
俺は動く壁と、離れた白線を見た。
標的へ届くことしか考えていなかった。
鉄翼竜のときも同じだ。
帰還用の風も、救命索も、水膜も、三人が用意してくれた。
俺が一人で帰ってきたわけではない。
「全員の準備を確認してから動く」
「戦っている最中に、長い確認はできないわ」
ダリオが地面へ三本の線を引いた。
「合図を決めればいい」
一つ目の線を指す。
「全員の準備が終わったら、《行ける》」
二つ目。
「危険を見つけた者は、《待て》。一人でも言ったら動かない」
三つ目。
「退くときは、《戻せ》。風でも水でも、使える手段で白線へ戻す」
「三つだけ?」
「三つだから、間違えない」
ダリオは訓練場の脇に置いていた細長い箱を開けた。
中には、小さな鉄鉤と、銀色の鋼索が巻かれた輪が入っている。
「昨日のうちに鍛冶場へ頼んでおいた。鉄翼竜戦で使った救命索の改良型だ」
「準備が早いな」
「お前がまた勝手に飛ぶのは予想できた」
否定できない。
ダリオは鋼索の輪を腰へ固定し、鉄鉤を火槍の先へつけた。
「火槍の爆発で鉤だけを射出する。飛ばした直後に術式を切れば、あとは魔法ではなく鋼索だ」
火槍が短く燃える。
鉄鉤が飛び、二十メートル先の木柱へ巻きついた。
炎は途中で消えたが、鋼索は物理的に柱とダリオをつないでいる。
「名づけて《火鎖》だ」
「鎖じゃなくて鋼索でしょう」
ミナが言う。
「火索では弱そうだ」
「名前を強くしても、鋼索の強度は変わりませんよ」
「変わらなくても気分は変わる」
ダリオは真顔だった。
俺の剣帯にも、鉄鉤をかけるための金具をつける。
これなら壁でリゼから見えなくなっても、鋼索をたどって位置を確かめられる。
「もう一度だ」
ガルド教官が、止めていた仕掛けを動かした。
◇
二度目は、壁が開いても走らなかった。
ミナの水膜が最初の射出口を覆う。
「行ける!」
ミナが言う。
ダリオが火鎖の鉄鉤を俺の剣帯へかけ、火槍を構えた。
「行ける」
リゼの足元に風が集まる。
「私も行ける」
三人の声を聞いてから、俺は答えた。
「行ける。頼む!」
風に押し出される。
水膜の上を越え、動く壁の間へ着地した。
今度は背中から細い鋼索が伸びている。
ダリオが火槍で射出口を一つ壊し、ミナの水が開いた道を守る。
リゼの風が塗料弾の軌道をそらした。
「待て!」
リゼの声に、踏み込みかけた足を止める。
目の前を木の壁が横切った。
一拍遅れて進み、標的の胸へレイヴを当てる。
赤い核だけが砕けた。
「戻せ!」
今度は俺から叫ぶ。
腰の鋼索が張る。
ダリオが巻き取り、リゼの風が身体を浮かせる。閉じかけた壁の隙間を抜けた先で、ミナの水膜が俺の足を受け止めた。
白線の内側へ転がり込む。
胸にも背中にも、赤い染みはない。
「標的破壊、十二秒。全員帰還」
ガルド教官が告げた。
「合格だ」
一度目より、五秒も遅い。
それでも今度は、四人で戻ってきた。
「助かった」
俺が言うと、リゼは少し驚いた顔をした。
「何が?」
「待てって言ってくれたことも、戻してくれたことも。全部」
「次からは、言われる前に確認して」
「努力する」
「そこは約束するところよ」
言い直そうとしたとき、訓練場の入口から鐘が鳴った。
火災を知らせる二回の鐘。
だが、煙は見えない。
学院の警備教師が、息を切らして駆け込んでくる。
「ガルド教官! 地下水路で魔獣が確認されました!」
「種類は」
「甲殻サラマンダーです。熱気がこもり、通常の火炎魔法は使えません!」
ガルド教官が俺たち四人を見る。
「零距離班。模擬戦は終わりだ。初実戦へ行くぞ」
俺はレイヴの柄を握った。




