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第10話 折れない剣

 五日で、訓練剣を四本駄目にした。


 最初の一本は、木札を五十枚焦がしたところで剣先が割れた。


 二本目は八十三枚。


 三本目は百枚を超えたが、刃の中央に亀裂が入った。


 四本目は壊れる前に、ガルド教官が取り上げた。


「これ以上は剣ではなく、お前の腕が壊れる」


 自分では痛みを感じていなかった。


 けれどミナが治癒水をかけると、右腕の魔力路が赤く浮かび上がった。


「痛くないから無事、ではありません」


 ミナに怒られ、その日の訓練は終わった。


 翌朝。


 俺はガルド教官に連れられ、学院の地下へ向かっていた。


 階段を下りるほど空気が熱くなる。


 重い鉄扉の向こうから、金属を叩く音が一定の間隔で響いていた。


 学院鍛冶場。


 訓練用の剣や槍だけでなく、魔導砲の部品まで作る場所だ。


「ロッカ、入るぞ」


「入ってから言うな」


 炉の前から、しわがれた声が返る。


 振り向いたのは、俺の胸ほどの背丈しかない老人だった。


 白い髭を革紐で束ね、煤だらけの前掛けをつけている。太い両腕だけを見れば、老人という言葉は似合わない。


 学院鍛冶場の責任者、ロッカだ。


「そいつが剣を食う落第生か」


「食ってません。壊しただけです」


「四本も食えば同じだ」


 作業台には、俺が壊した訓練剣が並べられていた。


 ロッカは四本目を持ち上げ、亀裂へ細い針を差し込む。


「外からの衝撃じゃない。魔鋼の粒と粒の間を、内側から押し広げている」


「強い魔鋼なら耐えられますか」


「試した」


 老人が顎で示した先に、折れた金属棒が三本あった。


 青魔鋼、黒魔鋼、王国軍の近衛剣にも使われる白魔鋼。


 どれも中央から割れている。


「お前の魔力を吸収計から流して調べた。普通の魔鋼は、術式を広く逃がして負担を減らす。だが、お前の魔力は逃げん。狭い場所へ残って、鋼のほうを押し割る」


「では、作れないんですか」


「普通の材料ではな」


 ロッカが厚い布をめくる。


 下にあったのは、黒銀の鱗だった。


 俺の手より大きく、縁の一部が欠けている。


「鉄翼竜の……」


「治療中に剥がれたものだ。あの鱗は外から飛んでくる魔力を散らす。だが、持ち主の身体から流れる魔力は、翼全体へ薄く広げて受け止める」


 ロッカが鱗の裏を指で叩いた。


 表は鏡のように硬いが、裏には細かな筋が何本も走っている。


「こいつを粉にして芯へ混ぜれば、お前の魔力を空気へ逃がさず、刃全体へ分けられる。一本や二本で割れる剣にはならん」


「それは、竜を倒した報酬ですか」


「学院の所有物として申請すれば、そういう扱いになる」


 俺は鱗へ手を伸ばしかけ、止めた。


 あの竜は生きている。


 俺が壊した翼を治している最中だ。


「先に、本人へ聞かせてください」


「竜にか?」


「言葉は通じなくても、勝手に持っていくよりはいい」


 ロッカは片方の眉を上げた。


 ガルド教官は何も言わず、鱗を布で包み直した。


     ◇


 隔離厩舎で、鉄翼竜は身体を起こしていた。


 固定された左翼はまだ動かせないが、金色の目には最初に見た荒れた光がない。


 俺が近づくと、竜の鼻先が低く動いた。


「これを剣に使いたい」


 布から黒銀の鱗を出す。


「お前を斬るためじゃない。お前みたいに、飛ぶ魔法が効かない相手から誰かを守るために使う」


 答えはない。


 当然だ。


「もらうつもりもない。預けてくれるなら、いつか返す」


「剣にしたら返せないでしょう」


 付き添ってきたミナが小声で言った。


「代わりになるものを返す」


「何をですか」


「考えてなかった」


「そこまで格好よく言ったのに」


 鉄翼竜が首を伸ばす。


 鋭い牙が近づき、背中に冷たい汗が浮いた。


 だが、竜は俺を噛まなかった。


 布の上の鱗へ鼻先を触れ、そのままこちらへ押し返す。


 低い息が、俺の制服を揺らした。


「預かった」


 黒銀の鱗を両手で受け取る。


 そのとき初めて、鉄翼竜が少しだけ目を細めた。


     ◇


 剣を鍛えるのに、三日かかった。


「槌を持て」


 ロッカに言われ、熱した鋼の前へ立つ。


「俺がやっていいんですか」


「北境の鍛冶師の息子だろう。火床の前で見ていただけとは言わせん」


「父に仕込まれたのは、農具の直し方までです」


「なら十分だ。剣も最初は鉄の塊だ」


 砕いた鱗を混ぜた芯材は、夜空のような色をしていた。


 その周囲へ、粘りのある魔鋼を重ねる。


 ロッカが大槌で形を作り、俺が小槌でずれを直す。


 赤く熱した刃を叩くたび、黒銀の光が内部へ沈んでいった。


 鍛える。


 冷ます。


 また熱する。


 一日目に形を作り、二日目に反りを整え、三日目に刃を研いだ。


 完成した剣は、これまで使っていた両刃の訓練剣よりわずかに長い。


 刃は片側だけにつき、峰は厚い。黒い地肌の中を、細い銀の筋が根元から切っ先まで走っていた。


 俺が柄を握ると、手の中に不思議な感覚が返ってくる。


 剣が魔力を吸うのではない。


 掌から入った力が、刃の隅々まで広がり、同じ道を通って戻ってくる。


「名前は《レイヴ》だ」


 ロッカが鞘を差し出した。


「古い北境語で、巡って帰るものをそう呼ぶ」


「俺のためにつけたんですか」


「設計書に書いただけだ。気に入らんなら好きに変えろ」


「いえ、これがいいです」


 レイヴ。


 飛ばない俺の魔力が、剣の中を巡って帰ってくる。


 これ以上、合う名前はない。


「では、試し斬りだ」


 ガルド教官が、作業台へ一枚の木札を置いた。


「何を斬ればいいんですか」


「斬るな。赤い点だけを焦がせ」


 最大の力を試すのだと思っていた。


 だが、置かれたのは先日の訓練と同じ、豆粒ほどの標的だった。


「この剣がどこまで耐えられるか、調べなくていいんですか」


「限界を知るために、完成初日に壊す馬鹿がいるか」


 ロッカに睨まれた。


 確かに、そのとおりだ。


 レイヴの切っ先を赤い点へ触れさせる。


 魔力を糸一本に絞る。


 これまでの訓練剣は、力を込めた場所だけが軋んだ。


 レイヴは違う。


 細い火の術式が、刃全体へ静かに広がる。


 どこにも引っかからない。


 切っ先へ必要な分だけ通し、すぐに身体へ戻す。


 じ、と小さな音がした。


 木札は割れなかった。


 赤い点だけが黒く焦げている。


 刃には、亀裂一つない。


「やった」


「一回だ」


 ガルド教官が、新しい木札の束を机へ置く。


「残り九十九回。剣も腕も壊さずに続けろ」


「今からですか」


「完成祝いだ」


 百枚近い木札を見て、喜んでいいのか分からなくなった。


 それでも、レイヴを握る手は軽かった。


 今度の剣なら、力を出すことだけではなく、止めることまで一緒に覚えられる。


 竜を落とした一撃より小さな火が、黒い刃の先で静かに消えた。

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