7 入り乱れる思惑、迷惑な来訪者。
「やあ、君が望月翔馬君?」
翔馬は背後から呼びかけられて振り返った。そこには、翔馬と同じ一年生の学年証のバッジを襟元につけた少年が、にっこりと笑っていた。そしてその瞳は、翔馬と同じ、明るい黄色だった。彼も先祖返りのようだ。そして彼は白い膝くらいまでの上着に白いズボンで、その制服は神学科のものだ。彼も翔馬と同じように、四人の学友を引き連れている。
それは、アルカデメイア学術院の入学式のオリエンテーションの後のことだった。翔馬は、父、望月冬馬が手配してくれた家門の優秀な同級生四人と、寄宿舎に移動する途中だった。彼らは将来的に翔馬を支える側近になる予定の少年たちで、皆、翔馬と同じ政治経済科に入学している。彼らの制服は、深い灰色の制服で、所属する学科によって制服の色合いが違っている。
「はい、僕が望月翔馬です。それで、君は。」
「ああ、失敬。僕はユリウス・アウグスツ。君と話してみたかったんだ。同じ、十二支族としてね。」
ユリウス・アウグスツ。璃凪の件で望月家と共に共闘している相手だ。同じ年に入学するとは聞いていた。そして、その長男ユリウスは、翔馬と少しばかり因縁もある。
翔馬はにこりと笑ってみせた。
「初めまして、ですね。僕らは中央大陸は初めてなんです。仲良くしてもらえると嬉しいです。」
「そんな、他人行儀だと、仲良く出来ないよ。僕らは今日から友達、そうだろう?」
そう言ってユリウスも微笑んだ。二人は微笑みあっているが、その笑みは冷たく、何かばちばちと火花が飛んでいる。ユリウスはパンと手を叩いた。
「ああ、翔馬君、これから十二支族の親睦会があるんだ。君たちを是非にと、招待されてるんだ。友達も一緒に来てもらえるかな。」
翔馬は探るようにユリウスを見つめる。
「そこに東條さんは来てないよね?」
「来るもんか。」
ユリウスは一瞬嫌悪感も露わに目を細める。
「彼は十二支族ではないからね。」
東條崇斗も、一年前に学術院の同じ学科に入学していたのだった。いずれ、東條とは顔を合わせることになるだろうが、翔馬は今はまだ顔を合わせる気持ちの準備ができていない。
翔馬はホッとしたように笑い、ユリウスたちの後をついていった。
案内されたのは、広いラウンジだった。真ん中に広い円卓があり、その周囲に七つの椅子が用意されていて、そのうちの五つにはすでに人が座っていた。それぞれの椅子の背後には、それぞれ四つずつ席が用意されていて、一つの椅子の背後の席を除いて、全ての席が埋まっている。
翔馬は見知った顔を見つけ、軽く会釈した。東大陸のもう一つの十二支族、出雲家の顕信だ。彼は憮然として会釈を返した。そして彼の背後の席には誰も座っていない。ユリウスに促され、翔馬たちは席についた。
翔馬たちの正面に座っている青年が、ニヤリと笑った。
「ようこそ、学術院、十二支族会へ。ここは十二支族の親睦を図る会なんだ。今期も全ての大陸から支族が来ている。今ここにいるのは十二支族のうち七支族なんだ。一年生、自己紹介を頼む。」
「僕はユリウス・アウグスツ。神学科です。中央大陸ハロウド神聖地区から来ました。よろしくお願いします。」
ユリウスがさっさと立ち上がって自己紹介する。彼の後に続いて、翔馬も立ち上がった。一斉に好奇の目が注がれる。
「僕は望月翔馬です。政治経済科です。東大陸、安曇京府地区から来ました。よろしくお願いします。」
「望月家の活躍は聞いてる。是非にあやかりたいものだね。」
何をどこまで知っているのか、正面の青年は笑いながら翔馬に話しかける。ただその目は決して笑ってはいない。翔馬は何食わぬ顔で微笑み返した。
「それは、是非にお取引いただければ幸いです。」
「そりゃあ、是非にお願いしたいところだよ。」
青年はそう言って自己紹介を始めた。彼は十二支族会最年長の五年生、カリム・アルアサド。南大陸、メディナ地区の出身、政治経済科だ。そして順に自己紹介が始まる。四年生は一人。ゲイジ・スターリング、中央大陸、アルカデメイア地区出身、科学技術科。ゲイジも先祖返りの瞳を持っている。三年生は二人、出雲顕信、東大陸、南崎京府地区出身、政治経済科、そして先祖返り。ブレイズ・アドラー、西大陸、ホーリーウェッジ地区出身、政治経済科、先祖返り。二年生は一人、ノーラ・シャラポフ、北大陸、ヴァストーク地区出身。六年生の十二支族はいなかった。
学術院は六年制で、最初の二年間は一般教養を学び、後の四年で、専門学科に分かれて学ぶ。学科は、神学科、科学技術科、政治経済科の三つに分かれ、一番学生数が多いのが政治経済科で、最も少ないのが神学科だ。
そして集まった十二支族の七人のうち、翔馬を含め、五人もの先祖返りがいることになる。やはり、璃凪という規格外の金瞳の存在や、これほど多くの先祖返りが存在することは、何か只事ではないことが起きているようだった。一通り自己紹介が終わると、最年長のカリムがチラとユリウスを見た。
「お願いできるか?」
「結界を張りました。」
結界?ユリウスをチラと見ると、ふわりと十二支族独特の神力が彼を包んでいることがわかる。
カリムはふうっと息をついた。
「今日、ショウマに来てもらったのは、少し忠告があったからだ。側近の皆もよく聞いておいてほしい。」
翔馬は思わず背筋を伸ばした。
「忠告、ですか?」
「トージョーのことだ。あいつ、何かと十二支族に絡んできやがる。しかもやり方が実にいやらしい。」
「いやらしいとは?」
「女を使うんだよ。この女がまたなんともなあ。」
「俺には絡んでこないがね。あいつには俺が格下に見えてるんだろうさ。」
不機嫌に言ってのけたのは、出雲だった。出雲と東條の確執は有名な話だ。そしてどちらが敗れたのかも。
「北見紗英ね。」
嫌そうに鼻の頭に皺を寄せたのは、東條と同じ学年のノーラだった。
「ほんと、やな女。」
「ちょっとばかり見てくれはいいがな、馴れ馴れしくネチネチと絡んで来るんだ。跳ね除けるとすぐ泣いて、実に鬱陶しい。確か、ショウマと同じ学年にも一人女が入学したはずだ。側近も含めて、くれぐれもハニトラに引っかかるなよ。」
ユリウスが翔馬と彼の背後の同級生を見回した。
「春川麗だ。クラスは違うけど、政治経済科にいる。」
翔馬は困ったように笑った。
「女の子ですか。困ったな。殴るわけにはいかないし。」
「女の子の側近は連れてこなかったの?」
ノーラが少し気の毒そうに翔馬を見た。翔馬は少し躊躇したが、正直に話した。
「望月家は、あまり中央大陸の学術院とは関わりがないんです。今回、五人入学するのが精一杯でした。」
「東大陸の十二支族なんぞ、そんなものさ。側近がいるだけ望月は恵まれてる。俺なんぞ一人だぞ。東條が異常なだけだ。」
自嘲気味に出雲が口を挟む。宥めるようにカリムが笑った。
「そこでだ。俺たちが協力する。もちろんアキノブにもだ。俺たちが女の取り巻きを手配する。その女どもを、近づけないよう協力しよう。」
「やな女に対抗するには、女の子の集団が一番なのよ。」
「なるほど。」
ノーラの言葉に、翔馬は思わず笑みを浮かべる。そして、表情を固くした。
「そういうお話が出るということは、ここにいらっしゃる皆さんは一枚岩だという認識で間違いないですね?」
「おうよ。トージョーがどんどん荒らしていくんだ。ということで、ここの皆は君に協力する。きっとトージョーはなりふり構わず、ショウマに絡んでくるぞ。何か困ったことがあったらいつでも相談しろ。」
どこまで信用していいものか、翔馬は疑いながらも、少しばかり安心した。少なくとも、協力的な立場の十二支族がいるのだ。不意に出雲が顔を上げた。真剣な眼差しだった。
「望月、出雲家に助力してくれないか。東大陸を東條から奪還したいんだ。」
「それは、父に伝えておきます。」
突然の言葉に翔馬は戸惑う。彼もまたどこまで把握しているんだろうか。きっと大部分を把握しているに違いない。ユリウスが小さく笑った。
「神聖地区は、東大陸の惨状を重く受け止めています。もちろん、アウグスツ家は助力します。」
そしてポンと翔馬の背中を叩いて言い添える。
「望月家も必ず助力するはずです。」
翔馬は言葉に詰まった。璃凪は無謀なほど高度な聖遺物を復元して、それでまともに歩けないほどのダメージを負った。これ以上、璃凪に負担をかけたくはない。小さく返事するのが精一杯だった。
「きっと、父が何か方策を考えるはずです。」
十二支族会の後、翔馬はユリウスの腕を掴んだ。
「二人きりで話せる?」
「うん?じゃあ、僕の寄宿舎においでよ。側近の皆も招待するよ。」
寄宿舎はそれぞれの大陸に分かれている。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している東條家は、率いる家門ごと一つの家を借り上げて、東大陸の寄宿舎には住んでいないので、翔馬は少しばかりホッとしている。東大陸の寄宿舎は、出雲と、翔馬とその学友が入っているだけだった。
そして、翔馬たちは中央大陸の寄宿舎に案内され、ラウンジに彼の学友を残し、ユリウスの部屋に案内された。寄宿舎は三階建てで、ユリウスはその最上階の部屋だった。ユリウスが階段を上がりしな、ちょっと頷くと、心得た様子でユリウスの側近たちが翔馬の学友の相手をしてくれている。
「で?話って何?」
ユリウスは翔馬に椅子を勧め、自分はどさりとベッドに腰掛けた。ユリウスの部屋は個室だったが、意外と質素な部屋で、机とベッド、クローゼットだけだった。風呂とトイレは共同のようだ。翔馬の部屋と大差はない。日頃、広い部屋に暮らしていた翔馬はその部屋に慣れることができるかと、少し不安ではあったが、ユリウスが出来るのなら自分にも出来るはずだと、変な闘争心が湧いてくる。
「他の支族の人たちは、どこまで把握してると思う?」
「ああ、僕は何も話してないよ。だけどさ、皆、把握はしてると思うよ。そんな都合良く、オルパパスタイト王金の鉱脈なんか見つかるはずないだろ?今まで中央大陸以外だと、北大陸のユーゴザーハトでしか採掘できなかったのにさ。」
「璃凪は歩けなくなった。」
「え?」
「挑戦の女神からの指示だからと、どうしても必要だと言い張ったんだ。結果、璃凪はまともに歩けなくなった。これ以上、璃凪に負担をかけたくないんだ。」
ユリウスの目に少しばかり憐憫が浮かぶ。
「君は、何か不穏だと感じないの?規格外の金瞳が生まれて、そして金瞳の誕生に合わせて、十二支族の誰かが次々と先祖返りを起こしていった。何か大きなことが起こるんだよ、きっと。」
そして困ったように笑う。
「来年にはね、カリムの弟のザイドが入学してくるんだ。ザイドは先祖返りでね、彼が使う聖遺物は、真実を見抜くものなんだ。来年には、きっと何もかも暴かれるだろうね。」
翔馬はユリウスの言葉に衝撃を受けた。聖遺物。まさか、学術院にそんなものを持ち込んでいる?
「彼らが先祖返りしても、十二支族には金瞳は長いこと生まれてこなかった。聖遺物を制御する術を失ってたんだ。だからね、その使い方を学ぶために、皆、わざわざ中央大陸に留学してきてるんだよ。」
ユリウスは、上着のボタンを開いて、首にかけていた丸く複雑な網目模様のペンダントを取り出してみせる。ナルバスティブ神金に特有の、淡く金色に揺らめく白金の輝きだ。聖遺物を普通に持ち歩いていることに、翔馬はまた衝撃を受けた。胸ポケットから眼鏡を取り出し、かけてみる。
聖遺物。あらゆるものを遮る結界を張る能力。使用神力300。
どきりとして改めてユリウスを見る。
ユリウス・アウグスツ。十二支族。金瞳に準ずるもの。602/1023
その数字は、翔馬より遥かに大きかった。ユリウスは穏やかに笑った。
「それが君の聖遺物?レプリカだよね、それ。リナが作ってくれたの?」
「うん。ユリウス、君、あまり聖遺物使わない方がいい。随分削られてるよ。」
「そうか、それが君の聖遺物の能力?全ての物体を分析するやつかな。大丈夫、僕、自分の神力を把握してる。少し無理しないとね、神力は増えないんだ。君、それを学ぶために中央大陸に留学したんだろう?」
翔馬は少し沈黙した。彼の目的は、璃凪を安全に神聖地区に送り込む準備をして、なおかつ神聖地区との関係を深めるためだったのだ。ユリウスはにこりと笑う。
「でも、それいいね。オルパパスタイト王金製だと、神力をほとんど消費しないだろう?それじゃ神力は増えないけど、安全に使えるね。他にも持ってないの?」
翔馬は渋々と腕時計の形をした聖遺物と、首にかけている聖遺物をユリウスに見せた。指輪は流石に目立つので、鎖に通してメダルと並べて首に下げている。ユリウスはうっとりと、そして少しばかり羨ましそうにそれらを眺めた。
「凄いね。話題のオーシャン・ブルーはリナだったんだ。ねえ、僕にも作ってって頼んでよ。その代わり、君の神力を鍛えてあげるからね。」
そして、ユリウスは顔を引き締めた。
「東條も先祖返りしている。だけど、僕らとは全く異質のものだ。そして、どんな聖遺物を使ってるのか、さっぱりわからない。全く違う摂理のものだからね、聖遺物と呼んで良いものか、それもわからないけどね。」
翔馬は少なからずユリウスに感心していた。
「君、凄いね。同じ一年生とは思えない。」
「ま、ここは僕のホームグラウンドだからね。とりあえず、ゲイジ先輩が君の宿舎の守りを固めるよ。僕らはもう、運命共同体だからさ。」
*
十二支族は翔馬のために迅速に動いてくれているようだった。そして翔馬は早速、東條家の洗礼を受けることになる。
「翔馬君!」
媚びるような声で呼び止められ、翔馬はうんざりと振り返った。同じ学科の少女が目をキラキラさせ、胸の前で両手を合わせて翔馬を見つめていた。学年章は、同じ一年生だ。翔馬たちが移動教室の際に声を掛けてきたのだ。
「お会いできて嬉しいです。同じ東大陸出身ですもの、仲良くしてくださらない?」
ああ、こいつがカリムや、ユリウスが言っていた女か。翔馬はふいと踵を返した。
「僕は間に合ってるよ。君は君のお仲間と仲良くすればいい。」
「そんな、翔馬君。折角だから同じ大陸同士、仲良くしましょう。」
「馴れ馴れしく呼ばないでくれないかな。君の名前も知らなんだけど。」
「酷いです。折角仲良くなろうとしたのに。」
しくしくとその女がわざとらしく泣き始める。確かにとても鬱陶しい。
「あら、翔馬様、この人とお知り合い?」
すっと女の子の一団が割り込んできた。十二支族が用意してくれた女の子たちだろう。翔馬は困ったように笑った。
「知らない人だよ。馴れ馴れしくて困ってたんだ。」
「だと思いました。遅れますわ。行きましょ、翔馬様。」
そして振り返りざまにその女に微笑みかける。
「翔馬様にお近づきになりたい子は大勢いるの。あなたの出る幕はないわ。分を弁えて、ご自分のお友達と仲良くしてなさいね。」
そして少女たちは翔馬たちを取り囲んで、次の教室に移動した。翔馬は小さく息を吐く。
「何、あれ。あれが東條のやり方?」
少女たちはクスクス笑った。
「これからどんどん絡んできますよ、きっと。」
「えっと、助かったよ。君たちは?」
少女たちは口々に名乗る。北や南や西の大陸の子たちで、十二支族の所縁の家門の子たちだった。さっそく十二支族の人たちが手配してくれたようだ。
翔馬がなんだか疲れて昼食のために学生食堂に向かうと、先にテーブルについていたユリウスが、手をぶんぶん振っていた。彼もまた集団で席を取っていて、翔馬たちの分も確保してくれていた。
「翔馬、一緒にランチしよう。」
翔馬たちは少しほっとして、同じテーブルに着く。翔馬は少し溜息をついた。
「早速、変な女に絡まれた。」
「そっか。鬱陶しいだろ?」
「うん、あれで懐柔しているつもりなのかな。女の子たちに助けられたよ。」
ユリウスは翔馬の連れをじっと見つめた。
「君たちにも個別に絡んでくるかもしれないよ。君たちも個人行動は控えておいて、いつも女の子たちと一緒にいたほうがいい。あんな見え透いた手に引っかかっちゃだめだからね。」
そう言っている傍から、あの女がやってきて、彼らのテーブルの横で盛大に転んで、ランチをぶちまけた。
「ああ。ふええん。」
実にわざとらしい涙を浮かべる。ユリウスは、小さく笑ってトレイを持って、彼の仲間全員と立ち上がった。
「行こう、翔馬。ここじゃ落ち着いて食事できないからね。」
翔馬たちも、振り返りもせず立ち上がって、席を移動していった。
「何だあ、そんなことがあったのか。」
東大陸寄宿舎の夕食の時に、出雲はゲラゲラと笑った。東大陸寄宿舎と言っても、出雲と翔馬たち五人しか寄宿しておらず、たった六人で広々と使っている。
「俺の方にも来たぜ、女。先輩、同じ大陸同士、仲良くしましょうってさ。散々無視しておいて、今更そりゃないんじゃねえの、って嗤ってやった。」
そして出雲は面白そうに笑う。
「俺、ずっとボッチだったのにさ。いきなり男も女も俺の周りに集まってきてさ。ウザイというかありがたいというか。俺んところには、東條家門の二年生の女の方が来てる。東條の奴、相当望月と関わり合いたいみたいだぜ。俺すら懐柔しようとするくらいだからさ。」
翔馬はため息を吐いた。
「まだ絡んできますかね?」
「絡んでくるだろうさ。」
その時、寄宿舎の玄関で騒ぎが起こった。女の悲鳴が聞こえてくる。翔馬は小さくため息を吐いた。出雲はゲラゲラと笑う。
「見に行こうぜ。」
彼らが食堂から玄関ホールに出ると、あの一年の女が、舎監に取り押さえられていた。
「翔馬君、助けて。私、ただこの寄宿舎で暮らしたいだけなんです。だってここは東大陸の寄宿舎で、同じ大陸の出身で・・・。」
「馬鹿か、お前。」
出雲が笑い飛ばした。
「ここは男子宿舎だぞ。女は入れないっつうの。さっさと東條の宿舎に帰んな。」
舎監は険しい顔でその女を睨みつけていた。その舎監は今期から赴任してきていて、東大陸寄宿舎の職員は全て入れ替わっていると聞いた。おそらくアルカデメイア学術地区の十二支族、スターリング家が手配してくれているのだろう。
「なんとふしだらな。すぐに東條家に厳しく申し入れます。」
東條家に申し入れると言われ、その女は青ざめて、すごすごと帰っていった。出雲は笑った。翔馬も疲れたように笑う。
「なりふり構わねえんだな。」
「全くです。」
その女子生徒はまるでストーカーのように翔馬に付きまとい、隙あらば近づこうとしていた。翔馬は自衛のために、集団で行動し、彼らの周りを女子生徒だけでなく男子生徒も囲んでくれるようになった。
「きゃああ、危ない!」
翔馬の頭上から放物線を描いて、水が飛んできた。体育の合同授業のため、校庭に移動するときだった。その瞬間、聖遺物が発動して、翔馬の場所から水の軌道がずれる。とっさに翔馬や仲間たちが後ずさってできた空間の中央の地面に、水が勢いよく落ちた。
あの女が水がぼたぼた流れるづけるホースを握りしめて、翔馬たちの方に向かってきた。
「先生に頼まれて、グラウンドに水を撒いてて、わざとじゃなくて。」
わざとに決まってるだろう、グラウンドは全く反対の方向にあるんだから。翔馬が踵を返そうとすると、女がまた追いすがる。
「翔馬君、濡れなかった?拭かなくちゃ。」
翔馬はふいと踵を返した。その瞬間、翔馬の首元から、きらりと聖遺物のレプリカがこぼれ出た。女は目を見開いた。
「素敵、それ良く見せて。」
女が翔馬に手を伸ばし、瞬間、翔馬はその手を叩き落とした。翔馬の周りを学生たちが取り囲む。
「君、いい加減にしろ。わざと水をかけようとしたり、挙句人の持ち物に勝手に触ろうとしたり。恥を知れよ。」
「そんな。私そんなつもりはなくて。翔馬君と仲良くなりたいだけなのに。」
「君とは仲良くなるつもりはないね。絶対に、未来永劫。」
今度こそ翔馬は女を後にして歩き始めた。
*
それからしばらくは、その女は大人しかった。だが次に現れたのは、女ではなかった。
「望月翔馬君、いるかな?」
翔馬の教室に現れたのは、東條崇斗本人だった。大勢の取り巻きを連れて、その背後にはあの女が、小さくなってついてきている。
そして東條崇斗は、背が高く、まだ少年の華奢さはあるが、しっかりした体格だ。たった一つしか年上とは思えないほど、落ち着いていて、威厳すらあって、酷く怜悧な顔を柔らかな微笑みで覆い隠している。第一印象は、食えない男、だ。そして、面白そうに細めているその目の色は、明るい黄色ではなく、青みがかった薄い灰色だった。金ではなく、銀。翔馬はドキリとする。確かに東條は自分たちの知る摂理と全く異なる力を持っているのだろう。
「俺の家門の春川麗が迷惑をかけたね。」
東條は春川というその女を前に突き出した。翔馬も笑顔を返す。
「本当に大迷惑でした。先輩、その女子生徒、僕に近づけないでくれませんか?金輪際、二度と。」
「春川に確認したところ、君に好意を抱いて近づこうとしたらしい。まあ、女のすることだ、大目に見てくれないか。」
「先輩、それはお断りします。その女子生徒、僕に接近禁止命令出しておいてください。」
「そうか、それほど悪いことをしたか。分かった。いつか俺に詫びをさせてくれないか。」
「いえ、先輩、それも遠慮します。その女子生徒が僕に近づかなければいいだけの話なんで。」
「わかった。春川、来い。二度と迷惑をかけるな。」
東條は酷く乱暴な手で、その女子生徒を引っ張って教室を出ていく。翔馬は内ポケットから眼鏡を取り出して掛け、東條の後姿を見た。彼に表示されたものは・・・。
東條崇斗、神に叛逆するもの。半神に等しきもの・成熟期体(未完成)。
そしてその数値は、4084/6042だった。
これが、生涯に渡って翔馬と熾烈な競争を繰り広げるライバルであり、時には友人となる東條崇斗との出会いだった。




