↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金瞳は神の末裔の証  作者: 詩・似・愛
第一章 幼い金瞳には試練が多い。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

6 出会いは別れの始まり、そして別れの後には。

「璃凪ちゃん、随分大変なものを作ったんだね。」

 感心したのか呆れたのか分からない声で、翔馬がそう言った。翔馬は璃凪のベッドの横に腰かけて、璃凪を見舞っていた。当の璃凪はたくさんのクッションを背中に当てて、ベッドの上で体を起こして宝飾品の作成に余念がない。

 璃凪はスプーンを金に変容し、それを手の平の上の中空で、金の指環を作っていた。金の細い糸をくるくると折りたたむように形を整えながら、ちょっと首を傾げて、ベッドサイドのテーブルに乗せた宝石を掴む。宝石もまた璃凪の手の平の上の中空で、くるくると回りながら、いくつかに分離し、またくるくる回って、美しくカッティングを施した形に変わっていく。そして、金の糸で編まれた指環の中に吸い込まれ、またくるくると回転しながら形を整えていく。

 完成した指環は、コロンと璃凪の手の平に落ちてきた。璃凪はそれを掴んで宙にかざし、出来栄えを丹念に確認してから、ひょいと翔馬に渡した。

「お兄さん、これ、どうかな?」

 受け取った翔馬は、それを丁寧に確認して、布張りのトレイに置いた。

「うん、流石だ。璃凪ちゃんね、望月のグループ会社の宝飾部の、お抱えデザイナーになったよ。オーシャン・ブルーって名前にした。」

「オーシャン・ブルー?」

「海の青だよ。瑠璃色の凪いだ海。璃凪ちゃんの名前にちなんだ。」

「わあ、素敵な名前。」

「うん、オークションで販売したら、どれも最高値がついたよ。オーシャン・ブルーは謎めいた新鋭のデザイナーとして、一躍有名になった。璃凪ちゃん、たくさん作ったからね、少しずつ販売する予定だよ。」

「うん、もっとたくさん作るね。」

「璃凪ちゃん。」

 嬉しそうに笑う璃凪を、翔馬は困ったように遮った。

「あんな無茶をしちゃ駄目だったんだ。分かってる?君、とんでもないもの作ったんだよ?」

「オルパパスタイト王金錬成装置のこと?」

 挑戦の女神が神聖画の図譜を授け、璃凪が必死に作り出した聖遺物は、金属をオルパパスタイト王金に変換し錬成するものだった。望月冬馬が、秘かに聖遺物を鉄鉱石の鉱山の地中深くに埋め、一週間たってから周囲を掘り出したところ、そこから採掘したのはオルパパスタイト王金の鉱石だった。鉄鉱石の層の下に王金鉱石の鉱脈を発見したと、公式には発表しているが、他の十二支族には、望月家が金瞳を見つけて匿っている、と疑う者も当然現れたようだ。

 璃凪は小さく笑った。

「それはたまたまでしょ?それにそんなものを生み出した金瞳は、今頃は死んでるんじゃないの?」

「璃凪ちゃんって、意外と大胆なんだね。」

 翔馬が呆れたように笑うと、璃凪もまたつられて笑った。璃凪の笑みは、少々悪いことを企んでいる顔だった。

「望月家の鉱山から、オルパパスタイト王金が見つかった。望月家の会社には、オーシャン・ブルーって、宝物を作る人がいる。だからお兄さんが、オルパパスタイト王金で出来た宝物を身に着けているのは、当然だよね?」

「何だ、璃凪ちゃん、それが目的で、こんな大掛かりなことをしたわけ?」

「うん、挑戦様がそうしなさいって。お兄さんには、たくさんの聖遺物で身を守って欲しいの。だって、来年にはお兄さん、遠くに行っちゃうんでしょ?」

 そして、スプーンを一つ握って、クルクル手の中で回すと、白金色に輝く王金に変わっていく。璃凪の手の平から、細い糸のように伸びた王金が中空に伸びて、その場所にとどまって繊細な立体画を描き出した。そしてそれを圧縮し、それを包んでクルクルと王金の糸が包み込み、繊細な文様が刻印された眼鏡フレームが形を取り始める。璃凪はテーブルの上の水晶を手に取ると、水晶は薄く伸ばされ、レンズの形を取る。それが宙に浮いて、フレームと一体となった。それがふわりと璃凪の手の平に降りてきて、璃凪はそれをじっくりと確認し、翔馬にニコニコと手渡した。

「はい、お兄さんの聖遺物と同じ。ようやく作れるようになった。」

「いつ見ても、不思議な権能だね。」

 微笑みながら翔馬がそれを受け取り、眼鏡をかける。ふわりと眼鏡が光って、光が消えた。レプリカの聖遺物と翔馬の契約完了だ。翔馬は眼鏡をかけたまま、部屋の中をぐるりと見回した。ありとあらゆるものが分析されて表示される。本物の聖遺物よりクッキリと見え、さらには本物の聖遺物を身に付けた時のような、激しい頭痛と、全身の脱力をきたすこともなかった。

 璃凪を見ると、璃凪の姿に重なって、璃凪の中にある神力の流れと、ナルバスティブ神金の分布が見える。そしてそれぞれの注釈がつく。ナルバスティブ神金は、ちょうど璃凪の右足の付け根から爪先まで、すっぽりと引き抜いたように空白だった。璃凪の神力は7834/9862と表示され、それが大きいのか小さいのか、翔馬には判断がつかなかった。そして璃凪の横に、金瞳、神の末裔、半神・成長期体(未完成)と表示され、翔馬はどきりとする。

 そして翔馬は自分の手の平を見て、思わず笑う。そこに表記されたのは、十二支族、望月家、金瞳に準ずるもの。そしてその数字は、208/312だった。


 璃凪はしばらく右足のバランスを崩して、歩くことはおろか、立つこともままならなかった。両親が他のことで手が離せない時は、いつも入江がそばにいて、璃凪をソファに座らせ、マッサージしたり、軽い屈伸運動をさせたりしてくれた。そうしてもらうと、ひどく冷たい璃凪の右足がほんのり熱を持ってくる。太ももからすっぱり切断されたかのようなナルバスティブ神金が、細い芽を出して弱々しく伸びているのを感じる。

 ああ、これが成長なんだ、と璃凪は理解する。失ったものをまた育てるには、入江がしてくれたように、花を育てるように、多過ぎず少な過ぎずに、丁寧に手入れすることが必要なのだと分かる。

 璃凪は本能的に、神力を得るために自分を追い込んでいた。神力を使い過ぎれば、体内の神力が枯渇して倒れる。すると、自分の中の神力の許容量が大きくなっているのがわかる。また自分の神力を蓄積するためには、大地や空気に漂う世界樹の神力を吸収することだが、それは時間がかかり、手っ取り早くは世界樹の実を食べることだった。しかし世界樹の実の神力の含有量は桁外れに多く、数が一つでも多すぎるとあっさりと許容量を超えて溢れてしまい、やはり熱を出して倒れてしまう。ただ溢れた分だけまた許容量が増えて、その増え方は枯渇して増えるよりも遥かに大きかった。

 そして璃凪の神力の許容量が随分増え、簡単には枯渇しないことも気がついていた。枯渇するのは、大物の聖遺物を復元するときだけだ。倒れる寸前まで枯渇させてから、世界樹の実で溢れさせたら、もっと許容量が増えるんではないかと思うけれど、それはまだ試す機会がなかった。しかし、そんなことをやり過ぎてしまったら、流石に命が危ないんじゃないだろうか?

 入江のお陰で、璃凪の右足の神金は、細いながらも膝くらいまで伸びていた。まだ少し転びやすかったけれど、歩くことには支障はなくなっていた。そして璃凪は空いた時間は宝飾品を作っている。耳元で、挑戦の女神が囁く。

『璃凪、あなたは創作の才能があるわ。今度は、夏のイメージで作ってみて。』

 夏のイメージ。海。入道雲。青々と茂った木立。突然の雨。

 璃凪は挑戦の女神の言葉にインスピレーションを得て、次々とイメージが湧く。たくさんのクッションで背中を支え、ベットの上にゆったりと横になって、手の平の上で色々な宝飾品を作っていると、それをベッドの横に腰掛けて眺めている翔馬が少し怒ったように言った。

「璃凪、もう十分だよ。少し神力を使うのをやめよう。」

 このところ翔馬は、璃凪のことを呼び捨てで呼ぶようになっていた。そして、まるで保護者然として、色々と璃凪に口出しをしてくる。少し翔馬が鬱陶しい時もある。璃凪はむうと口を突き出した。

「だって、お兄さん、璃凪をここに匿うために、随分お金が掛かるんでしょ?だから少しでも返したいの。」

 神殿が璃凪を匿うための資金源として、璃凪が変容させた宝石を売っていたことは、少なからず璃凪にとって罪悪感のある出来事で、トラウマになっていたのだ。そのことを翔馬も思い出し、困ったように笑った。

「そんなこと、璃凪が心配しなくてもいいんだ。それに王金の鉱山でかなり利益も出てる。お釣りが来るくらいだよ。」

「ホント?」

「ほんと、ほんと。おいで。ピアノを弾いてあげるよ。」

「嬉しい。」

 璃凪は起きあがろうとしてバランスを崩し、翔馬の腕に倒れ込む。翔馬は優しく微笑んだ。

「ほらね、璃凪はまだ本当じゃないんだ。体を休めないとね。」

「だってお兄さん、退屈なんだもん。」

「今度たくさん本を持ってきてあげるよ。」

 翔馬に支えられながら、璃凪はミニスケールの六本弦の楽器を持ってリビングに移動する。リビングには、璃凪が退屈しないように色々なものが増えていた。アップライトのピアノ。レコードプレイヤー。大きなカラーテレビ。比較的単純な作りの聖遺物を解析し、そこから着想を得て、人間が独自に作り上げた産物だ。

「璃凪もね、こういうものが作れたら良いなあ。聖遺物を復元するより、もっと面白そうだもん。」

「だったら、たくさん勉強しないとね。」

 体調を壊して以来、少し学習がおざなりになっていることを指摘されて、璃凪はむうっと口を突き出した。

「体を休めなさいって言ったの、お兄さんでしょ。」

「体を休めなきゃいけないけど、頭を休める必要はないよね。」

 本当に、翔馬はああ言えばこう言う。翔馬は笑いながら璃凪をソファに座らせ、ピアノを弾き始める。璃凪も知っている綺麗な曲だ。璃凪は嬉しくなって、楽器を鳴らしながら、一緒に歌い始める。翔馬は目を細めて微笑んだ。

「璃凪、そろそろスタンダードサイズのギターを弾いても良いかもしれないね。中央大陸に行ったら、お土産に買ってくるよ。」

 璃凪は大きく目を見開いた。初夏生まれの璃凪はもうすぐ八歳になる。学術院は二期制で、秋の入学になる。翔馬がこんなふうに頻繁に遊びにきてくれるのは、あと少しなのだ。忘れていたわけではないが、あえて意識から飛ばしていたのだ。それなのに、翔馬がわざわざ言った。

「うわああああああん。」

「え、璃凪?」

 突然大声を上げ、目からは滂沱の涙を流し、ついでに鼻水も垂らして泣き始めた璃凪に、翔馬は慌てた。

「ちゃんと璃凪に会いに帰ってくるから。」

「それっていつ?」

「新年の休暇かな。」

「うわああああああん。随分先だあああ。」

 璃凪を慰めるのに、翔馬は随分苦労した。たくさんのお土産の約束をして、ようやく声を上げるのをやめ、くすんくすんと鼻を啜り上げる璃凪の背中を撫でながら、翔馬は小さくため息をついた。


 翔馬の出発の日まで、璃凪は慌ただしく過ごした。日頃の一般教育の学習に加え、入江が少しずつ筋力を回復するためのトレーニングを始めたのだ。おかげで璃凪の右足は少しずつ回復してきている。空いた時間は、璃凪は聖遺物の復元や、宝飾品の作成に充てている。

 神官から貰った図譜の聖遺物はあらかた作った。殆どが日常生活に役立つ比較的単純なもので、全て璃凪の頭に入っている。聖遺物の設計図とも言うべき神聖画にはいくつものパターンがあることにも気が付き、そのパターンの組み合わせで出来ていた。それぞれのパターンの理屈がわかれば、璃凪にも新しい聖遺物が作れるかもしれない。それを思うと、先代金瞳様は悪い人かもしれないけれど、新しいものを作ったことは、凄いと思う。 

 そして璃凪が欲しいと思うものは、図譜の巻末に申し訳程度、載っているだけだった。全ての物理的危険から身を守る聖遺物、全ての有害物質を無効化し体から排除する聖遺物は、やはり格段に難しい。

 翔馬の眼鏡の聖遺物は載っていなかったので、璃凪は自力で解析していた。璃凪は翔馬に王金で復元したレプリカを渡す前に、それを神金で復元していた。眼鏡の形にするより、小鳥のヘアピンの形にしてカモフラージュした。そして左のこめかみあたりで髪に飾ると、髪ではなくこめかみに直接、すうっと吸収されていく。復元するのは結構な神力を要したが、良い練習になった。

 そして璃凪は翔馬のために、いくつかの聖遺物のレプリカを復元している。これは翔馬が出発する時に渡すつもりだ。

 神官たちは、少しため息混じりに言う。

「璃凪様を、東大陸で教育するのはこれが限界のようです。早く神聖地区にお連れしたいです。」

「私も早く行きたい。お兄さんの傍にいたいもの。」

 神聖地区の世界樹教本神殿には、たくさんの神聖画の図譜があるらしい。どんな聖遺物があるのか、璃凪も知りたくてウズウズしている。

 そして翔馬は、進学の準備の忙しい時間の合間を縫って、週末には璃凪に会いにきてくれていた。時々お泊まりもしてくれる。そんな時は、璃凪は翔馬のベッドに潜り込んでいた。翔馬は困ったように笑う。

「璃凪、もう大きいんだからさ。一緒に眠るのはやめとこうよ。」

「ヤダ。お兄さんと一緒に眠れるの、あと少しなんだもん。」

「結婚したら、毎日一緒に眠るんだけどね。」

「そうなの?だったら早く結婚したい。」

 翔馬は璃凪をキュッと抱きしめて、髪に顔を埋めた。

「璃凪の髪、良い匂いがする。」

「望月のおじさんが石鹸やシャンプーを持ってきてくれたの。」

「うん、多分それだけじゃないだろうけどね。」

 そして、小さく耳元で囁く。

「璃凪、絶対に僕と結婚するんだよ。」

「お兄さんと結婚しなかったら、璃凪、誰と結婚するの?入江さん?」

 翔馬は声を立てて笑った。

 実際のところ、入江はまだ二十代だった。いかつい姿をしていたので、もっと年上に見えてしまったが、入江のことを最初、おじさんと呼んでしまって、璃凪は少し反省している。だけど五歳の璃凪には巨大な山のように見えた入江を、おじさんと呼んでしまっても仕方ないと思う。


 そして、出発前の最後の週末は、璃凪は大泣きしながら、準備していた聖遺物の王金製のレプリカを渡した。

 有害物質を全て無効化して排除する聖遺物は、メダルの形のペンダントにカモフラージュした。メダルの面は、神獣と神鳥のモチーフで、紫と黄色の小さな宝石を使っている。裏は世界樹のモチーフで、緑色の小さな宝石を使った。表も裏も、結構良い出来だと思う。

 正確な時間を刻む聖遺物、正確な地図と方角を表示して現在地を示す聖遺物は、二つまとめて、文字盤の大きめの時計にカモフラージュした。文字盤には、世界樹と五大陸の地図が刻印され、文字盤を覆うのは、ガラスの代わりに見る方向でうっすらと色合いの変わる水晶にしている。

 それを受け取った翔馬は、面白そうに笑っていた。

「璃凪、僕は学術院に入学するんであって、サバイバルしにいくわけじゃないんだよ?学術院をどんなところだと思ってるの。」

「でも、なんでも備えていれば良いと思う。」

 鼻水を垂らしながら泣きじゃくる璃凪の顔を拭いてあげながら、翔馬はそっと璃凪の額にキスして、そして出発していった。


 翔馬が発っていった後は、璃凪は酷く寂しくなって両親に甘えたおしていた。パパ、ママと、用もないのに両親にまとわりついて、大して意味もない会話を続ける。学習のこと、入江とのトレーニングのこと。その日作った宝飾品。いつだって大体似た内容の繰り返しだ。だけど聞いて欲しいし、璃凪を構って欲しい。

「あのね、パパ、ママ。璃凪、今日もいろんなことを勉強したの。東大陸と中央大陸のことなら、もう何だってわかるんだから。」

 璃凪たちの夕食の光景は、とても賑やかだ。璃凪たち家族だけでなく、神官たちや護衛たちも同席して、和やかに会話している。神官たちも護衛たちも、璃凪を守り育てるという同じ目的で、役割を分担し情報を共有しているうちに、すっかり打ち解けている様子だった。

 教育係の護衛、原田が小さく咳払いする。

「璃凪様の教育は、そろそろ私の能力の限界のようです。もっと高度な教育をうけるには、もっと専門的知識のある教師が必要でしょう。」

 神官たちもため息を吐く。

「それを仰るなら、私たちはとっくに用済みです。璃凪様はお渡しした聖典は、すべて復元なさいましたし、翔馬様の聖遺物は、ご自身で解析なさいました。それに、挑戦の女神様から直接授けられた神聖画の聖遺物も復元なさいました。」

 神官の言葉に、その場にいた両親も護衛たちも沈黙してしまう。璃凪は期待に満ちた目で皆を見回した。

「だったら、璃凪、神聖地区にすぐでも行ける?」

 入り江が咳払いをする。

「璃凪様、それはまだ準備が整っておりません。アウグスツ家とも連携を取っておりますので、今しばらくお待ちいただけたらと。」

 いましばらくって、いつまで待つことになるんだろう。それは東條家の目を盗んで中央大陸に渡る目処がついた時だ。そして璃凪にもちゃんと分かっている。璃凪はまだ発達段階だ。まだまだ成長が望める。次のステージに行くためには、この心地よい箱庭の中にいては駄目なのだ。本神殿に行って、もっとたくさんの聖遺物の神聖画を解析して、復元しないといけない。

 それに、やっぱり璃凪は寂しかった。翔馬はうんと年上だけれど、それでも大人たちだけに囲まれた璃凪にとって、たった一人の大人じゃない人だったのだ。


 翔馬のいない週末はとても寂しい。退屈と寂しさを紛らわすために、璃凪はせっせと金曈の神力を伸ばすことに専念している。つまり世界樹の実を食べて、せっせと聖遺物のレプリカを作ることだった。複雑なものであればあるほど、ごっそりと神力を使う。だから璃凪は、自分の知る二番目に複雑な聖遺物、全ての物理的危険から身を護る聖遺物を量産している。もちろん、一番力を使うのは、挑戦の女神から神聖画の図譜を授けられた、金属をオルパパスタイト王金に変換して錬成する聖遺物だ。あんなもの、体の中のナルバスティブ神金をごっそりと持っていって、神力もすっからかんにするほど持って行って、一生に一つくらいしか作れそうにない。何個も作れと言われたら、流石の璃凪も命を削られて、死んでしまうだろう。

 だけど、璃凪の神力は、今では簡単には減らなくなってきていた。なんとなく璃凪は、あの聖遺物に匹敵する、いやそれ以上に複雑な構造の聖遺物を作ることになるだろうと予感している。せっせと神力の許容量を増やさないといけない。だから神力を使って枯渇させるために、自分の知る複雑な構造の聖遺物を、オルパパスタイト王金製のレプリカにして、量産することにしている。

 金属をオルパパスタイト王金に変化させるのは、割と神力を使う。聖遺物を復元するときも結構神力を使うけれど、さらにそれを出来るだけ小さく圧縮したほうが神力を使う。そのあと宝飾品にカモフラージュするのは、案外大した力は使わない。聖遺物のレプリカは、一つ一つはそこそこ神力を使うけれど、璃凪の力全体から見れば、あまり神力を削らない。だから、数を増やして、神力を削る作戦だ。両親や神官たち、護衛たちの全員分となれば結構神力を持っていく。

 璃凪は作り上げた聖遺物のレプリカを無造作に、布張りの箱に放り込んだ。レプリカを量産して、神力を極限まで減らしたところで、世界樹の実を食べる。神力を極限まで減らしたら、世界樹の実は五個食べても平気だった。だから今回は五個と四分の一。食べても余裕だ。璃凪は調子に乗って、さらに四分の一を食べる。案の定、熱が出た。

 実は熱が出ている時が、璃凪の失ったナルバスティブ神金を成長させる好機だった。ぐったりとベッドに寝ている璃凪の右足を、入江が丁寧にマッサージしてくれる。熱が出ても、ひんやりと冷たいままの場所が、神金を失っている場所だ。入り江がマッサージしてくれると、ほんわかと冷たい右足が温まってくる。溢れてしまった世界樹の神力が、新しい場所を求めて、無くなってしまった神金を育てながら、空白の場所を少しずつ埋めていく。そして熱も次第に引いていく。

「入江さん、ありがとう。すごく楽になった。」

「璃凪様、立てますか?おやつにしましょう。」

「晩御飯の前におやつにしたら、ご飯が食べられなくなるよ。」

「ええ、でも少しだけ。頑張った璃凪様へのご褒美です。」

 璃凪は布張りの箱の中に、ジャラジャラと無造作に突っ込んでいる聖遺物のレプリカを持って、ゆっくりと立ち上がる。ふらりとしたので、入江がひょいと抱き上げてくれた。


「これを皆に渡したいの。」

 おやつの席には、両親や神官、護衛たちが揃って、和やかに談笑していた。璃凪が寂しくないように配慮してくれているのだろう。璃凪が席に着くなりそう言って、聖遺物の入った箱をテーブルに置くと、皆が覗き込んだ。オルパパスタイト王金製の指環がごろごろと入っている。神官が窺うように璃凪を見つめる。これがただの指環であるはずはないと、確信している顔だった。

「璃凪様、これは?」

「すべての物理的危険から身を護る聖遺物のレプリカ。」

「これだけの数を一気に。」

 神官たちはため息をつき、崇拝の目で璃凪を見つめる。

「璃凪、多分、もっと大きな聖遺物を作ることになるんだと思う。だからそのためには、神力の器を大きくしないといけないの。器を大きくするには、一度神力を使い果たして器を空にして、そこに世界樹の実で、神力を溢れさせないといけないの。そしてね、その時が一番、無くなった体の中の神金を成長できるの。」

 璃凪の言葉を、皆が静かに聞いていた。この幼い少女の肩にどれだけのものが課せられているのだろうかと、両親は涙ぐみ、神官たちは畏敬の目で、護衛たちは酷く神妙に聞いていた。璃凪はにこりと笑う。

「だけどね、私の器、ずいぶん大きくなって、簡単には使い果たせないの。だから、ちょっと難しい聖遺物のレプリカをたくさん作らないといけないの。みんなだったら、どんな聖遺物が欲しい?」

 はっと、入江が顔を上げて、璃凪に微笑んだ。

「私は、翔馬様のお持ちの、あの時計の形の聖遺物が欲しいです。」

 璃凪は面白そうに笑う。

「え、入江さん、サバイバルでもするの?」

「はい、きっと将来、役に立つと思いますから。」

 入り江をきっかけに、皆が欲しい聖遺物を口にする。璃凪はにこりと笑った。

「うん。ちゃんと作るね。」

 そしてそれぞれが、自分のサイズと好みに合った指輪を選び、それを身に着ける。ふわりと光が浮かんで、そして消えた。契約完了の証だ。これで、持ち主以外の者が、触れることもできなくなるだろう。


 そんなふうに璃凪は大勢の大人に見守られ、毎日を過ごしていた。それでも週末は寂しい。そんなある週末、部屋で宝飾品の作成に余念のない璃凪に、母親が声をかけた。

「りなちゃん、いらっしゃい。新しい家族が増えたのよ。」

「新しい家族?」

「新しいお兄ちゃん。」

 璃凪は慌ててリビングに向かう。そこには、少し緊張した利発そうな少年が、その母親らしき女性と並んで立っていた。母親は璃凪の母親より少し年上で、少年は璃凪より二歳ほど年上に見えた。二人は璃凪の姿を見てはっと息を呑んだ。そして、母親の方が挨拶をする。

「璃凪様、初めてお目にかかります。今日からこのお宅で家事のお手伝いをさせていただくことになりました、風間由梨恵と申します。この子は息子の風間潤です。潤、璃凪様にご挨拶しなさい。」

「風間潤です。よろしくお願いします。」

 少年はハキハキと挨拶をした。母親が、璃凪の背中をそっと押した。

「この二人は、今日からこのお家で暮らすのよ。潤君と仲良くしましょうね。」

「一緒に暮らすの?新しい家族ってこの人たち?」

 璃凪は花が綻ぶように微笑んだ。潤はきっと、翔馬が抜けて心にぽっかりと空いて寂しくなった隙間を埋めてくれるだろう。

「私、璃凪。潤君、仲良くしてね。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。