11 成功には代償がついてくる。それが大きいほど。
出雲家の領地でハイドロジェレウム源泉が発見されたニュースが駆け巡って以来、出雲に対する嫌がらせが横行し始めていた。大体の陰口は、出雲は笑い飛ばしていたし、ボールが飛んでくる程度のことなら、ネックレスに仕込まれている聖遺物のレプリカが自動的に発動して難を逃れていた。ただ、その時の騒ぎは度を過ぎて、異常な事態でもあった。
昼食の時は、学年が違っていても、翔馬とその学友たちは出雲と共にしている。たった六人で東大陸専用の寄宿舎で暮らしていると、いつの間にか連帯感が生まれていて、年長の出雲は頼れる先輩と慕われていた。翔馬たちが席を取って出雲に手を振る。出雲も、他の十二支族が手配してくれている学友たちと笑いながら、翔馬たちのテーブルに向かっていた。
「イズモ!」
一人の男子学生が、大声で出雲を呼び止めた。出雲が振り返ると、その学生は大きく手を振りかぶった。その手には大振りのナイフが握られている。瞬間、聖遺物のレプリカが作動してナイフを跳ね避けようとした。バリバリバリと何かが弾ける音がして、ナイフは半分吹っ飛んだが、残りの半分が真っ直ぐに出雲の頭に振り下ろされようとする。
咄嗟に出雲は自分の聖遺物を発動させた。グオンと重い不快な音が鳴り響き、男子学生の持っていたナイフがドロリと溶け落ち、そのまま出雲の頭に男子生徒の腕は振り下ろされる。ネックレスの聖遺物のレプリカが再発動して、男子学生の体を吹っ飛ばした。
「がはっ。」
出雲は跪いて、口から血を吐いた。翔馬たちは慌てて出雲に駆け寄る。
「先輩!」
出雲は口元の血を手で拭いながら、ナイフが溶け落ちて床にドロリと固まった金属の塊を指さした。
「あれ、一体何だ?聖遺物がすげえ暴走した。」
翔馬は眼鏡を取り出して、その物体を確認した。
アブセンタイド黒銀。神の摂理に反する金属。神の摂理を一切受け入れない。
これが、アブセンタイド黒銀。翔馬は息をのむ。慌てて駆けつけたユリウスがアブセンタイド黒銀の塊を採取しようとしたので、翔馬は思わず声を上げた。
「ユリウス、触るな。それはアブセンタイド黒銀だ。僕たち先祖返りは触れてはいけない。」
はっとユリウスは手を止める。スターリングたち、科学技術科の生徒たちが集まって来て、恐々と器具を使ってその金属塊を回収していた。
犯行に及んだ男子学生は、南大陸出身の科学技術科の生徒だった。彼は、出雲家の領地でハイドロジェレウム源泉が発見されたことで、自分の大陸の行く末を憂い、短絡的に出雲を害しようと犯行に及んだのだった。彼は神の祝福が薄れていく世界で、新たな科学技術を生み出そうとする熱心な学生だった。彼が目をつけていたのは、廉価に手に入り、オルパパスタイト王金と同じ動態を示すアブセンタイド黒銀だった。その可能性を見つけ、新たな合金を作成していたのだった。その試作第一号が、出雲を襲ったナイフだった。
出雲はしばらく動けず、数日ベッドの上の生活になった。日頃鍛えているのが幸いだった。もし神力が少なかったら、もし体力が弱かったら、きっと凶刃に倒れていただろう。
交代で看病する翔馬たちに、出雲は笑いかけた。
「いずも、すまねえな。」
「先輩、そんなダジャレ言えるくらい回復したんですね。」
翔馬は呆れながら笑う。出雲は首のネックレスを指で持ち上げた。
「これのおかげで助かった。これのおかげで時間を稼げたし、これが神力を補給してくれなかったら、俺、死んでただろうな。命の恩人だな。」
出雲は、誰が、とは言わないけれど、命の恩人は金瞳であることを互いに知っている。璃凪が、翔馬の無茶な願いを聞いてくれたからだ。
そして出雲の元には、次々と見舞客が訪れてきた。最初に来たのはユリウスとゲイジ・スターリングだった。
「無事で良かったです、出雲先輩。」
「おうよ、このネックレスのおかげで助かった。」
「出雲、アブセンタイド黒銀を詳しく解析した。お前の命があるのは、ユリウスの特訓のおかげでもあるんだぞ。」
「特訓?」
「お前の神力がずいぶん伸びていただろう。神力が弱かったら、お前、死んでいたかもな。」
スターリングの言葉に皆、沈黙する。ユリウスが尋ねた。
「ゲイジ先輩、結局アブセンタイド黒銀ってどんなものなんですか?」
「オルパパスタイト王金と似た性質を持つけどな、一番の違いは、神力を破壊することだ。これだけの量の検体が手に入ったのは幸運だったよ。」
神力を破壊。皆がごくりと喉を鳴らした。
「破壊できる容量を超えたから、アブセンタイド黒銀は、お前の聖遺物の力に負けて融解した。お前が生きてるのは、神力が伸びていたからに他ならないんだ。」
神力を破壊する金属。そのようなものが出回れば、その土地の神力が消えてしまう。世界樹は神力の源であり、世界そのものだ。世界樹の神力が消えた世界は、一体どうなるのだろうか。翔馬は呟いた。
「そんなものを生み出して、世界にばらまいて、東條家は一体何をしたいんだろう?」
「それは、先代金瞳に聞いてみないとわからないね。」
ユリウスがそう答えると、出雲が陰鬱に笑った。
「それはもう、闇の中ってことか。」
次に訪れたのは、カリム・アルアサドだった。十二支族会の騒ぎの後だったので、念の為、翔馬も同席している。彼は部屋に入るなり、いきなり自分の腕を切ろうとして、すぐに聖遺物のレプリカが発動した。そして遠くに跳ね飛ばされたナイフを見て、途方に暮れた。
「これは自傷にも発動するのか。迂闊だった。」
そして出雲に跪く。
「アキノブ、申し訳なかった。あの学生は十二支族とは無関係の家門の出だが、南大陸出身のものだ。俺の大陸のものが凶行に及んで悪かった。南大陸を代表して詫びさせてくれ。」
出雲は思わず笑った。
「やめてください、アルアサド先輩。俺は随分、先輩に助けられました。今回のことは、東條家に対抗するためとはいえ、アルアサド家に対して、随分配慮を欠きました。出雲家が悪かったんです。」
「だが、どう詫びでいいのかわからん。せめて腕の一本でも切り落とそうかと思ったんだが。」
「やめてください、そんなことは!」
出雲は思わず悲鳴をあげた。翔馬は思わず会話に加わった。
「それより、先輩、あれだけの量のアブセンタイド黒銀、あの学生はどうやって手に入れたんでしょうか?今ではアブセンタイド黒銀の採掘量も減って、限られた部品にしか使われていないと聞きます。それに黒銀は摩耗すると、最後は王金と同じように崩壊して土に戻るとも聞いてます。だから現在、流通している黒銀は限られていると思うのですが?」
「それはわからん。本人はあちこちの家庭の不要になった金属製品を集めて精製したと言っているが、どこまで本当なのか。」
「やはり東條が関わっている?」
翔馬の呟きに、皆、黙り込んでしまった。
そして最後に訪れてきたのは、東條崇斗、本人だった。彼は取り巻きを連れて来ず、一人で来訪していた。東大陸寄宿舎に、一気に緊張が走る。少し疲れた顔で、東條崇斗は手にしていた果物カゴを翔馬に手渡した。
「出雲先輩の見舞いに来たんだが、話をさせてくれないか。」
「東條先輩、出雲先輩はまだ安静が必要なんです。」
「少しで構わない。」
翔馬が出雲に確認を取ると、話をして構わないと言う返事だったので、出雲の部屋に東條崇斗を案内した。出雲は変なところで度胸が据わっている。東條崇斗は出雲のベッドの横に椅子を運んで腰掛けた。少しだけと言うのは建前だったようだ。
「出雲先輩、お加減はいかがですか?」
「おうよ、ごっそり削られたけどな、生きてるぜ。」
「あんな風に反発し合うんですね、黒銀と神力。驚きました。」
東條崇斗はぽつりとそう言った。何を今更と、翔馬と出雲は目配せを交わす。東條崇斗はそれをさっぱり気にせず、話を続ける。
「十二支族と、一般家門の確執が、こんなに激しいものとは思ってもいませんでしたし、心を痛めてます。」
自分で扇動しておいて、何を今更。
「俺に和解の手助けさせていただけませんか?」
一体何を企んでいる?ピリピリと翔馬と出雲に緊張が走った。出雲が困ったように笑う。
「それはありがたいけどなあ、今更どうにもできねえんじゃねえの?」
「善処します。」
「なんか怖えな。交換条件が大変そうだ。」
「交換条件などと。まあ、できたら俺とも時々親しく話していただけたら。」
「お前一人と?お前の取り巻きは勘弁してくれ。」
「はい、俺一人と。」
「それが交換条件なわけ?」
「そうなりますね。」
一体、東條崇斗は何を企んでいるんだ?翔馬たちから直接情報を得るために、こんな大掛かりな罠を仕掛けたのだろうか?出雲と翔馬は互いに見つめ合い、しまいに出雲が頷いた。
「わかった。なんとかしてくれ。時々話すだけでいいんならさ。」
「ありがとうございます。」
東條崇斗はふわりと笑った。端正な大人びた顔に似合わない、朗らかな笑みだった。立ち上がった東條崇斗を見送りながら、翔馬はその背中に声をかけた。
「東條先輩。」
「何か?」
振り返った東條崇斗の顔には、何の表情も浮かんでいない。ぞくり、と翔馬の背中に冷たいものが走る。たった一つしか違わないのにひどく大人びていて、なんだか地獄の底でも覗いてきたかのような、昏い目だった。
「あのデザイナーの話ですけど、やっぱりお受けできないかもしれません。すみません。」
「ああ、構わない。おそらくそのデザイナーは、つまらないブレスレットに関わってる場合じゃないだろうからね。」
東條崇斗は、全てを知っているのだろうか。東條崇斗の後ろ姿を見送りながら、翔馬は、また波乱の予感がする。
だが、東條崇斗の言葉通り、翌日から十二支族に対する嫌がらせはピタリと止まった。
***
トントントン。リズミカルにダーツの的に矢が刺さる。全て真ん中に的中。
璃凪はソファにゆったりと座って、壁にかけられたダーツの的に矢を投げていた。矢が無くなるとロープを投げて、先端の球体を開いて、さっと矢を掴み、するするとロープを戻して矢を取り戻す。時間にしてほんの数秒。どれも巧みなコントロールだった。
ハイドロジェレウム変換装置の聖遺物を復元した後、璃凪は倒れ、目が覚めると飢えたように世界樹の実を食べた。数にして八個。それでも足りずに、さらに二個。十個目を食べて、容量を超えたのか、また璃凪は熱を出す。熱がようやく覚めた後、璃凪は自分の両足が動かなくなっていることに気がついた。
璃凪の部屋には両親も神官たちも護衛たちも、風間親子まで詰めかけ、とても入りきれなくて、ドア越しにも璃凪の様子を見に来ている。
「神力がまた増えたみたい。でも足が動かなくなった。」
璃凪がそう言うと、全員が泣き始めた。入江まで涙を浮かべている。大人の男の人が泣くって不思議な気がしたけれど、何故かその涙が綺麗なものに見える。
「大丈夫、また動くようになる。だけど、時間がかかると思う。」
璃凪の体の中のナルバスティブ神金は両足からごっそりと失われていた。生きているのが不思議な気もするけれど、失った神金はきっと取り戻せるだろう。ただ神金を増殖させ成長させるのには、随分時間がかかる。一体いつになったら取り戻せるのか、璃凪にもわからない。うっすらと一生取り戻せないかもしれない不安もある。だけどそう言ったら、きっと皆また泣くだろう。だから璃凪は努めて朗らかに笑う。
「璃凪、いっぱい甘えて、我が儘言うから。」
皆は甲斐甲斐しく璃凪のお世話をしてくれた。トイレに連れて行ってもらうのはちょっと恥ずかしかったけれど、お風呂の中で寝っ転がっても、母親や神官たちが丁寧に洗ってくれる。そしてソファにゆったりと腰掛け、両足を、右は入江、左は潤が、丁寧にマッサージしてくれて、足を屈伸させたりと運動させてくれる。まるで女王様になった気分だ。
あれが欲しい、これが欲しい、と言えば、すぐ持ってきてもらえて、璃凪はすっかり我が儘になってしまった。一番困るのは、ひどく退屈なことだった。潤が学校に行っている間、璃凪は家庭教師を兼任している原田護衛から勉強を教えてもらっていた。だけど璃凪の学習内容は、とっくに原田の能力を越えていた。そうすると、自然と自習に変わり、いろんな本を与えられて自分で読んでいる。そして、つい、本を放り出してしまう。
「退屈。璃凪も学校に行きたい。」
原田が困ったように笑う。
「璃凪様は、もう普通の学校では物足りないでしょうね。もっと高度な学習が必要でしょう。」
「もっと高度な学習って?」
「たとえば、翔馬様の通う学術院とか。」
翔馬の通う学術院。璃凪はうっとりと笑う。今から入学すれば、翔馬の学友になれるだろう。翔馬先輩。何だかその響きが、くすぐったい。
望月冬馬も、折を見つけて璃凪を見舞いに来てくれた。酷く憔悴した様子だけれど、大きな事業を手掛けている高揚もその表情に浮かんでいる。
「璃凪ちゃん、無理をさせたね。素晴らしい聖遺物だ。おかげで出雲家も立て直すことが出来た。」
璃凪が復元した聖遺物から産生されるハイドロジェレウムは、従来のものとは異なっていた。従来のハイドロジェレウムは液体だが、璃凪のものはゲル状になっている。60度くらいの熱を加えると融解して液体になるが、その体積は実にゲル状の時の100倍くらいになる。これで、産出したハイドロジェレウムの運搬の手間とコストが下がり、これからこの需要はさらに伸びるだろう。璃凪は復元した聖遺物にもうひと手間かけていた。最後の行程に、圧縮と増殖を加えていたのだ。随分と神力と神金を削がれたけれど、試みは大成功だったようだ。
そして冬馬は、ソファからだらんと下がっている璃凪の細い足を、そっと撫でた。璃凪の足は、ひんやりと冷たく、まるで陶器のように壊れやすく見えた。冬馬は、小さくため息を吐く。うっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。
「璃凪ちゃん、何か望みはあるかい?」
「璃凪ね、お兄さんと同じ学校に行きたい。」
「中央大陸の学術院かい?」
「うん、そう。お兄さんと一緒にお勉強するの。」
「そうだね、璃凪ちゃんの足が治ったら、学術院に行こうか。」
璃凪は嬉しそうに笑った。足が治れば、翔馬の通う学術院に行ける。それは璃凪にとって、大きな励みになり、目標となった。
そして、待望の学年末の休暇がやってくる。
*
璃凪は潤と入江を相手にカードゲームをしていた。ルールの簡単なババ抜きだけれど、璃凪は連敗中だ。璃凪はむうと唇を突き出す。
「また負けた。どうして勝てないんだろ?」
「そりゃ、璃凪はさ、正直だからね。」
潤は笑い、入江も笑いをかみ殺していた。実際璃凪は素直だし、手の内が顔に出てしまう。少しカードを飛び出させていたら、それをしっかり引いてしまう。そしてババを引いたら、この世の終わりのような顔になり、潤や入江が璃凪の手の中のババに手をかけると、ぱあっと顔が明るくなり、他のカードに手をかけると、どんよりと暗い顔になる。
潤は笑いながら、またカードを配った。少しくらい手加減すればいいものを、璃凪の百面相を見るのが面白くて、入江も潤もついつい手加減を忘れてしまう。
学年末の休暇は長い。璃凪はてっきりその期間は潤が望月家に行って、和馬の相手をするものだとばかり思っていた。なのになんで璃凪の傍にいるのか分からない。璃凪はまだ会ったことのない和馬に、かなり嫉妬心を抱いている。
「潤、何で璃凪のところにいるの?和馬の傍にいなくてもいいの?」
「璃凪を置いていけるわけないだろ?」
璃凪はくふふと笑った。潤が和馬を選ばずに璃凪を選んだ。そのことに何か歪んだ優越感を感じる。和馬に勝った。ザマアミロ。
その時、璃凪は懐かしい気配を感じて顔を上げる。随分神力が大きくなった?リビングのドアが勢いよく開いた。
「璃凪!」
翔馬が息を切らしながら、リビングに駆け込んで、ピタリと立ち止まった。この年齢の少年の成長は早い。別れて過ごした半年の間に、強くなったのは神力だけではなかった。また翔馬の身長が伸び、体つきも随分と逞しくなっている。端正な顔立ちには精悍さも加わり、少年から青年へと変わり始めていた。
そしてそれは璃凪も同様だった。もともと人形のように整った顔立ちは、また少しばかり大人びて、そして強くなった神力が溢れ始めているのか、ふわりと全身が淡く輝くようで、神秘的な美しさまでも加わっている。
しばらく互いに見つめ合った後、先に反応したのは璃凪の方だった。
「お兄さん!」
璃凪は立ち上がろうとして力が入らず、前に転びそうになる。翔馬は走り寄ってその体を抱きとめた。璃凪の体は酷く軽く、抱きしめたその背中は心もとないほど細くて、そして抱き上げた璃凪の両足はだらんと力なくぶら下がっていた。
翔馬は思わず璃凪をかき抱いて、その柔らかな髪に顔を埋めた。
「璃凪、随分無理したんだね。」
その声は少し涙ぐんでいるようだった。璃凪も翔馬の背中に腕を回し、嬉しそうに笑う。
「お兄さん、お帰りなさい。お兄さんも無理した?また神力が強くなってる。」
「璃凪ほどじゃないよ。」
そしてそっと璃凪をソファに腰かけさせ、自分も隣に座った。璃凪は堰を切るように話し始める。
「お兄さん、学校は楽しい?お姉さんたちは、あの宝物、喜んでくれた?璃凪の作った宝物は、役に立った?」
翔馬は鼻の奥がツンとなる。自分の頑張りなど大したことはない。神力を極限まで使って、それを補充する感覚を翔馬も身をもって経験してきた。だからこそ実感として分かる、璃凪の苦痛はどれほどのものだったのだろうか、と。両足が動かなくなるほどのものだ、想像を絶するものだっただろう。
翔馬は璃凪の頭を優しく撫でた。
「うん、みんなとても喜んでいたし、とても役に立ったよ。お礼に、僕はどうしたらいい?何でも璃凪の言うことを聞いてあげる。」
璃凪は歓喜に顔を輝かせた。逆に入江と潤は真っ青になる。
「翔馬様、そのようなことは軽々しくは・・・。」
「璃凪の奴、すごく我が儘になって・・・。」
「我が儘?多少のことは何でも聞いてあげるよ。」
「お兄さん、本当だよね。」
璃凪は上目遣いに翔馬を見上げた。身長差があるから、当然そう言う角度になるのだが、実にあざとい感じで何だか色っぽくすらあり、翔馬はドキリとする。
「うん、本当だよ。」
「じゃあ、お兄さん、お泊りしてね。」
「うん、もちろんだよ。」
「そして一緒に寝てね。」
「え?」
「それから璃凪と一緒にお風呂に入るの。」
「ええ?」
翔馬は当惑して入り江と潤を見回す。彼らはぶんぶんと首を横に振っていた。翔馬は、困ったように笑う。
「璃凪、流石にそれは断るよ。」
「お兄さん、嘘ついた。ひどい。」
璃凪はボロボロと涙をこぼし始めた。鼻水も垂れ始めて、美しい顔でそれをされると破壊力が抜群で、いっそ清々しいほど可笑しい。翔馬が、小さくぷっと笑ってしまい、璃凪をますます煽る。
「お兄さん、嘘つき、嫌い。」
「えええ?」
「お兄さんがしてくれないなら、入江さんと潤にお願いする。」
瞬間、翔馬の顔が凄まじく冷たくなり、射殺さんばかりの険しい目で、入江と潤を睨みつける。彼らは真っ青な顔で、首をぶんぶんと横に振った。
「璃凪、そんなことをしちゃ駄目だよ。璃凪は素敵なレディだからね。」
翔馬は璃凪の顔を拭きながら、そう言って聞かせる。璃凪は納得いかない顔で、くすんくすんと鼻をすすりながら翔馬を見つめ返す。
「だってお兄さんは、新年のお休みの時に璃凪より和馬を取った。潤も。それは、璃凪より和馬が大事だからでしょ?」
「比べるのは無理なんだけど、僕は璃凪の方が大事だよ。」
「嘘。だったら一緒に寝て、お風呂に入って。家族以上に大事なら、当然でしょ?」
「璃凪。」
翔馬は真顔になった。その表情には有無を言わせぬ圧があった。
「璃凪、いずれ僕たちは一緒にお風呂に入って一緒に寝る。だけどそれは今じゃない。今はこの意味がわからないかもしれないけど、僕は璃凪が一番大切だから節度を守る。」
璃凪は不服だったけれど、翔馬にそう言われてしまうと、従わざるを得ない。潤は何か顔を赤らめて、入江は微笑ましく二人を眺めていた。
翔馬は約束通り、璃凪の家にお泊りしてくれた。璃凪のベッドの近くに椅子を運んで、璃凪とたくさんおしゃべりしてくれた。そして璃凪が眠るまで傍にいてくれた。朝になると、やっぱり翔馬が起こしに来てくれて、そして抱きかかえてダイニングまで運んでくれる。それからはずっと、璃凪に付き添ってくれた。
自己学習の時間は皆で静かにそれぞれ学習する。璃凪の読んでいる本を覗き込んで、翔馬は、偉いね、と微笑んでくれた。璃凪の訓練時間は、入江と潤がマッサージしたり、屈伸させてほぐしてくれるのを、翔馬は険しい目で監督して、入江たちもやりにくそうだった。そして璃凪のダーツの腕前を見て感心し、一緒にカードゲームもした。やっぱり璃凪は勝てなくて、翔馬は面白そうに笑っている。
そんなふうに、度々翔馬はお泊りに来てくれて、璃凪はとても幸せだった。




