街の最高権力者が直々にスカウト、天才の噂を聞きつけた総督から「君の店を持て、資金は出す」と言われた件
サミュエル・ケイマーの弱小工房をハッキングし、私の現代知識ベースの生産性向上によって、フィラデルフィアの印刷業界の勢力図が塗り替わりつつある頃のことだ。
その日も私は、完璧な機能美を持つ仕立ての良い衣服に身を包み、常に余裕のある笑みを浮かべながら、最適化された印刷作業の進捗を管理していた。すでに私の「知的で堂々としたオーラ」と「ペンを握る手の力強さ」は工房内だけでなく、この街の知的階級の間でも静かな噂となって広がりを見せていた。なにしろ、これほど洗練された組版の美しさと、迅速な情報伝達のフローを実現できる人間など、この植民地のどこを探しても他にいるはずがなかったからだ。
「おい、フランク……! 大変なことになったぞ!」
工房の奥から、ケイマーが文字通り腰を抜かさんばかりの勢いで飛び出してきた。その手は細かく震え、顔面は緊張で完全に硬直している。
「どうしました、ケイマーさん。インクの調合比率に不具合でもありましたか? 私の計算にエラーは無いはずですが」
「ち、違う! 外を見てみろ! ペンシルベニア植民地の総督、ウィリアム・キース卿の馬車が、うちの店の前に停まっているんだ! しかも、総督閣下直々に、君に面会したいと仰っている!」
工房の窓外に目をやると、確かにイギリス国王の権威を象徴する、豪華絢爛な紋章が刻まれた馬車が鎮座していた。周囲の通行人たちが何事かと足を止め、遠巻きにざわめいている。
「なるほど、街の最高権力者がわざわざ足を運んできたわけですか」
私は衰えを知らない弁舌の切れ味をさらに研ぎ澄ますように、頭の中で一瞬にして数パターンの外交シミュレーションを構築した。
普通の一介の職人であれば、総督という圧倒的な権力者を前にして平伏し、言葉を失う局面だろう。だが、私にとってはこれこそが、内政無双のステージをさらに巨大なプラットフォームへと引き上げるための、待ちに望んだ大逆転のチャンス(イベント)に他ならなかった。
扉が開き、仕立ての良い高価な外套を羽織ったウィリアム・キース総督が、威風堂々とした足取りで工房へと入ってきた。
老害特有の傲慢な眼差しを隠そうともせず、周囲の薄汚れた機材を忌々しそうに見回していた総督だったが、私の前に立つと、その鋭い視線がピタリと止まった。
私の発する圧倒的なエネルギーと、洗練された立ち振る舞いは、一目で「ただの丁稚上がりではない」と確信させるに十分な説得力を持っていたのだ。
「君が、ボストンからやってきたという天才職人のフランクか。ケイマーの店で驚異的な刷り物を作っているという噂を聞き、わざわざ私のほうから出向かせてもらったよ」
「これは総督閣下。このような狭苦しい工房まで足を運んでいただけるとは、光栄の至りです」
私は完璧な礼節を保ちつつも、卑屈さを微塵も感じさせない、対等なビジネスパートナーとしてのトーンで応じた。キース総督の眉がピクリと跳ねる。私の物怖じしない態度に、むしろ知的な器の大きさを感じ取ったのだろう。彼の表情に、明らかな関心と驚嘆の色が混じり始めた。
「単刀直入に言おう、フランク。私はこのペンシルベニアの地に、既存の古臭いブラッドフォードの新聞を叩き潰すような、最高品質の印刷所を設立したいと考えている。そして、その事業を率いることができるのは、この街で君をおいて他にはいないと確信した」
総督は私の目をまっすぐに見つめ、信じられないような破格の条件を提示してきた。
「君の店を持て。独立して、君自身の名前を冠した最高の印刷所を立ち上げるんだ。機材や活字の購入資金は、この私が総督の権限をもって、すべて公金から支給しよう。どうだ、この私のスカウトを受けるか?」
「君の店を持て、資金は出す」――それは、無一文でこの街に漂着した旅人に対して向けられる言葉としては、あまりにも甘美で、劇的なサクセスストーリーのプロローグだった。
背後で聞き耳を立てていたケイマーが「な、なんだって……!?」と絶句し、自分の店のエースが引き抜かれる恐怖と、総督の圧倒的な権威の前に完全に硬直している。
私は常に余裕のある笑みを浮かべたまま、キース総督の提案の裏にある経済的合理性を計算していた。
実際の歴史において、ベンジャミン・フランクリンという男が歩んだタイムラインを完全に厳守するならば、このキース総督の言葉は、今後の展開において極めて重要な契機となる。私のカンストした知力は、この提案を受け入れることが、最速で世界標準の技術をこの手に獲得するための最短ルートであると弾き出していた。
「素晴らしいご提案です、総督閣下。この街の民衆の幸福、そして情報の健全な発展のためであるならば、私の持つ現代の印刷知識のすべてを注ぎ込むことに、何の異論もありません。喜んで、その大役をお引き受けいたしましょう」
「おお、受けてくれるか! やはり君は話が分かる男だ!」
キース総督は満足そうに声を上げて笑い、私の肩を親しげに叩いた。
最高権力者からの直々の指名。これによって、私は一介の雇用職人から、一躍「国家規模のプロジェクトを委ねられた若き天才経営者」としての切符を手に入れたのだ。
この壮大な引き抜き劇の裏にある、政治的な駆け引きや、予算調達の生々しい手続きといった「不都合な現実」は、すべてテンポの良い省略によって画面外へと配置される。読者が見るべきは、圧倒的な実力を持つ主人公が、街のトップにその才能を見出され、王道を突き進んでいく大成功の光だけだ。
総督が満足げに馬車へと戻っていくのを見送った後、私はすぐに次なるロードマップの策定に入った。
最高品質の印刷所を設立するためには、この植民地にあるような摩耗した古い活字ではなく、当時、世界最高峰の鋳造技術を誇っていたイギリス・ロンドン本国から、最新鋭の印刷機とフォントを直接買い付ける必要がある。キース総督も、そのための紹介状と信用状を私に発給すると約束してくれた。
「海外展開のフェーズが、これほど早く訪れるとはな」
私は自らの衣服の襟を正し、新天地での第一歩が完全に勝利の軌道に乗ったことを確信していた。
無一文での漂着から、わずかな期間で街の最高権力者を魅了し、国家予算規模の資金提供を取り付ける。この圧倒的な内政無双のスピード感こそが、私の頭脳が導き出す最適解の証明だった。
その日の夜、私はマーケットストリートを歩きながら、昼間に出会ったデボラの家の前を通りかかった。
門の陰から、再び彼女がこちらの様子を伺っているのが分かった。私の耳には、総督の馬車が工房にやってきたという噂が、すでに街の隅々にまで轟いていることが届いていた。デボラの瞳には、昼間の「訳ありの天才」という印象から、さらに一歩進んだ、「国を動かすほどの若きカリスマ」に対する、絶対的な憧れと一途な熱情が宿っていた。
私は彼女に向けて、夜風よりも爽やかな微笑みを一つ残し、そのまま港の方へと歩みを進めた。
「待っていてくれ、デボラ。私はイギリスへ渡り、世界最高の技術をこの手に宿して帰ってくる。その時、この街のメディアの覇権は、完全に私のものだ」
傲慢な兄のブラック実家を見捨てて夜逃げした神童は、今や一国の総督をも動かす覇王の器へと進化を遂げていた。超大国イギリスの心臓部であるロンドンへと向かう船の切符を手に、私の知性は、すでに大西洋の向こう側で繰り広げられるであろう、次なる技術ハッキングの完全な勝利を予見していた。




