表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/18

総督の約束が全部嘘だと判明、異国の地に無一文で放り出された絶望イベントを圧倒的メンタルで乗り切る件

ペンシルベニア植民地総督であるウィリアム・キース卿からの熱烈なスカウトを受け、私は自身の名前を冠した最高の印刷所を立ち上げるためのロードマップを進めていた。


世界最高峰の鋳造技術を誇るイギリス・ロンドン本国から、最新鋭の印刷機とフォントを直接買い付ける。そのための機材購入資金と、現地での信用を担保する紹介状および信用状を総督がすべて発給してくれるという約束のもと、私はロンドン行きの船へと乗り込んだのだ。


常に余裕のある笑みを浮かべ、仕立ての良い衣服に身を包んだ私の立ち振る舞いは、船内でも一際目立っていた。「知的で堂々としたオーラ」と「ペンを握る手の力強さ」は、荒くれ者の船乗りたちでさえ一目を置くほどの圧倒的なエネルギーを放っており、大西洋を渡る長い航海の間も、私はただの一秒も無駄にすることなく、ロンドンに到着した瞬間に開始するビジネスのシミュレーションを脳内で完璧に構築していた。


やがて船は、世界経済の心臓部であるロンドンの港へと滑り込んだ。霧に包まれた巨大な大都市。近代的なレンガ造りの建物が並び、馬車の車輪が石畳を激しく叩く音が響き渡る。


「さて、総督閣下から託されたカバンを開封し、信用状を現地の代理人に提示するとしよう」


私は船を降り、約束通り総督の執事から渡されていた公式の書類カバンを開いた。

中には、私がロンドンで最新の活字やプレス機を無制限に買い付けるための「信用状クレジット」と、現地の有力者たちへ私を紹介するための「推薦状」が入っているはずだった。私のカンストした知力は、それらの書類をどの順番で提示すれば最も効率的に機材を確保できるか、すでに最適解を導き出していた。


だが。


カバンの中から取り出した封筒を精査した瞬間、私の冷徹なまでの分析眼が、ある決定的な違和感を捉えた。


「……何もないな」


そう、何もなかったのだ。

封筒の中に並んでいたのは、中身の伴わない無意味な社交辞令の羅列や、宛先すらまともに書かれていない白紙に近い書簡ばかり。私がロンドンの商人たちから信用を得るための「公的な資金保証(信用状)」など、最初から一枚も含まれていなかった。


イギリス国王の名代であるはずのウィリアム・キース総督は、その実、口先だけで中身が伴わない、典型的な政治的ハッタリを弄する老害に過ぎなかったのだ。彼は私を自分の都合の良い手駒としてロンドンへ送り出し、資金の手配など最初から何一つ行っていなかった。つまり、私は総督の甘言を信じて大西洋を渡った結果、頼るべき者も、機材を買うための資金も、それどころか今日明日を生き延びるための生活費すら持たない状態で、この見知らぬ異国の地に完全な無一文として放り出されたのである。


普通の人間に用意されたシナリオであれば、これは文字通りの「絶望イベント」だろう。あまりの裏切りに絶望し、異国の冷たいストリートで打ちひしがれるか、あるいは詐欺師のような総督を呪って泣き寝入りする局面だ。


しかし、私はフランクだ。民衆の幸福と人類の発展のためにのみ動く完璧な聖人であり、同時に、あらゆる逆境を燃料にして爆発的な成長を遂げる最強の内政チート保持者である。


「なるほど。これが大人の世界の、あるいは植民地政治の泥臭い裏側というわけですか。笑わせないでほしいな、キース総督」


私は霧に煙るロンドンの空を見上げ、フッと不敵な、それでいてどこまでも余裕のある笑みを浮かべた。

騙されたことに対する怒りや、無一文になったことへの焦燥といった「不都合な現実」は、私の精神的なフィルターによって瞬時に相殺され、一切画面上に描写されることはない。読者に見せるべきは、この最悪の状況すらも、自らの知性と圧倒的な実力だけで軽々とハッキングしていく爽快なプロセスだけだからだ。


「資金が出ないのなら、私のこの腕と頭脳で、今ここから直接稼ぎ出せばいいだけの話です。世界最高峰のロンドン印刷界の技術を、最も近い特等席で直接盗み取る絶好の機会チャンスが向こうから転がり込んできたと考えれば、むしろお釣りが来るというものだ」


私の辞書に「絶望」という単語は存在しない。

手元に残されたのは、衣服のポケットに入っていたわずかな小銭と、これまでの経験で培った世界最速のタイポグラフィの知識、そして何よりも「衰えを知らない弁舌の切れ味」だけだった。だが、それだけあれば十分すぎた。


私は即座に行動を開始した。ロンドンの中心部に位置し、当時最大規模を誇っていた「パーミントンの印刷工房」の重厚な扉を叩いたのだ。中からは、何十台もの巨大なプレス機が吐き出す激しい駆動音と、植民地とは比較にならないほどの大量のインクの匂いが漂っていた。


「何の用だ、小僧。ここは見学場所じゃないぞ」


受付の奥から、ロンドンの洗練された技術を鼻にかけた、いかにもプライドの高そうな職人頭が怪訝そうな顔で私を睨みつけてきた。彼らの目から見れば、私は大西洋を渡ってきたばかりの、身元の不確かな異邦人に過ぎないのだろう。


私は常に余裕のある笑みを崩さず、スマートな足取りで彼のデスクの前へと進み出た。


「お忙しいところ恐れ入ります。私はアメリカのペンシルベニアから参りました、印刷職人のフランクと申します。現在、こちらの工房では組版の速度とインクの乾燥効率において、重大なボトルネックが発生しているとお見受けしました。もし私を今日からここで働かせていただけるなら、その生産性を最低でも従来の2倍以上に引き上げてみせますが、いかがでしょうか?」


「なんだと……!? 植民地から来た田舎者が、このロンドン最高の工房に向かって大言壮語を吐くか!」


職人頭が不快そうに顔を歪める。だが、私の内に秘めた圧倒的な知的なオーラと、一切のブレを感じさせない堂々とした弁舌は、彼に有無を言わせない奇妙な説得力を放っていた。


「言葉だけでは信じられないのも無理はありません。ならば、今ここで証明してみせましょう。もし私の作業速度があなた方の基準に達していなければ、1ペニーの賃金も支払わずに私を追い出していただいて構いません。ですが、もし私の言った通りの成果が出たならば、私に相応の職位と、ロンドンで最高額の週給を約束していただきます」


「……面白い。そこまで言うなら、あのアート・ガバメントの難解な組版トレイを扱ってみろ。あれはうちの熟練職人でも丸1日はかかる代物だ」


職人頭は、私を困らせるために、最も複雑な数式やラテン語の引用が散りばめられた学術書の原稿と、無数の活字が乱雑に詰められたケースを指し示した。


私は衣服の袖をスマートに捲り上げ、その作業台の前に立った。

無一文でロンドンに到着し、総督の裏切りに遭ったという状況は、私の圧倒的なパフォーマンスの前では単なる演出の背景に過ぎない。


「では、ロンドンの皆様。これが『本物』の、超高速印刷の基盤となる最適化技術です。よく見ておいてください」


私のペンを握る手の力強さは、そのまま活字を拾い上げる指先へと宿った。

ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ!


工房内に、驚異的なテンポの金属音が鳴り響き始める。

私の手は、まるで精密な自動機械オートマタのように完璧な動線を描き、ケースの中から必要なアルファベットの活字を正確無比に、かつ目にも留まらぬ速さで拾い上げては、組版トレイへと隙間なく滑り込ませていった。人間工学に基づいて無駄を極限まで削ぎ落としたその動きは、周囲の職人たちがこれまで見たこともないような、圧倒的な芸術の域に達していた。


「な……なんだあの速さは!? 原稿を読んだ瞬間に、もう手が次の行の文字を拾っているぞ!」


「ラテン語のスペルを一切間違えずに、あの速度で組んでいくだと!? 信じられん、文字が自らトレイに飛び込んでいるようだ!」


周囲でだらだらと作業をしていたロンドンの職人たちが、一人、また一人と手を止め、私の手元をごぼう抜きにされながら凝視し始めた。彼らが誇っていたロンドン職人としてのプライドは、私の異次元の効率性を前にして、一瞬にして木端微塵に粉砕されていく。


通常であれば丸1日を要するはずの難解な学術書の組版が、私が作業を始めてからわずか1時間足らずで、完璧なグリッドを保ったまま完成してしまったのだ。


職人頭は、刷り上がったばかりの校正紙を震える手で持ち上げ、掠れも歪みも一切ないその完璧な美しさに、ただただ顎を外して硬直するしかなかった。


「これほどの、これほど正確で高速な仕事を、たった1人で……。お前は、一体何者なんだ……!」


「ただの印刷職人ですよ。世界の知識を、より速く、より正確に流通させたいと願う、ね」


私は額に汗ひとつ浮かべることなく、常に余裕のある聖人の微笑みを浮かべながら、衣服の乱れをスマートに整えた。


総督の約束がすべて嘘だったという絶望のイベントは、この瞬間に完全な「勝利のプロローグ」へとハッキングされたのだ。資金がないのであれば、このロンドンで誰よりも稼ぎ、誰よりも最先端の技術を吸収して帰ればいい。


「フランク、君の能力は本物だ……! 頼む、今日から我が工房の主任待遇として働いてくれ! 給与は当初の約束通り、ロンドン最高の水準を保証する!」


職人頭は手のひらを返し、畏怖と尊敬の眼差しで私を迎え入れた。周囲の職人たちの忠誠心メーターが、一瞬で最大値まで跳ね上がったのを私は肌で感じていた。


その日の夕方、私はロンドンの中心を流れるテムズ川のテラスから、夕日に照らされる巨大な王都の風景を眺めていた。

遥か遠くのアメリカ、フィラデルフィアの地では、一途に私の帰りを待ち続けるデボラが、今日も空を見上げていることだろう。総督の嘘によって一時的に足止めを食らう形にはなったが、私の歩む栄光のタイムラインは、何一つブレてはいない。むしろ、このロンドンで最先端の技術と莫大な富を自力で獲得することで、帰国した際の「フランクリン印刷所」の基盤は、当初の計画よりも遥かに強固なものになる。


「ウィリアム・キース総督、あなたの器の小ささには感謝しなければなりませんね。おかげで私は、世界最高の舞台をハッキングする機会を得られた」


不敵な笑みを浮かべながら、私はロンドンの冷たい風の中で、次なる「水飲みアメリカ人無双」のグランドデザインを頭の中で描き始めていた。超大国の心臓部すらも、私のカンストした知力の前には、ただの快適な内政ステージに過ぎないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ