表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

正体がバレたので華麗に夜逃げします、ブラック実家と傲慢な兄を完全に見捨てて新天地へ

ボストンの夜空を包み込む闇は、俺の冷徹な計画を隠すための完璧な帳となっていた。

サイレンス・ドゥグッドという仮面を被り、ペン1本でこの街の世論を完全に掌握したメディアハック劇。それは俺の計算通り、いや、予測を遥かに上回る大成功を収めていた。しかし、肥大化しすぎた影響力は、同時に狭い身内の猜疑心を呼び起こす結果となったのだ。


「おい、ベンジャミン。お前、最近夜中にこそこそと何をしている?」


昼間、兄のジェームズから向けられた視線には、かつてないほどの鋭い不信感が混じっていた。

彼は、街中を大熱狂させている謎の天才論客の正体を暴こうと躍起になるあまり、ついに最も身近な灯台下暗し、すなわち無給の丁稚である俺の不自然な動きに目をつけたのだ。作業台の下に隠していた草稿の断片、インクの減り具合、そして何より、学校を10歳で中退したはずの弟が見せる、時折隠しきれない圧倒的な知性の片鱗。


彼の中で、点と点線が繋がりつつあるのは明白だった。

凡庸な兄は、その正体が自分の見下していた弟だと知れば、驚嘆するよりも先に、激しい嫉妬とプライドの崩壊から暴力を振るうだろう。現に、彼の右手の拳はここ数日、理不尽な理由で俺の肩を小突く回数を増やしていた。


「血縁というシステムに依存したビジネスモデルの限界だな」


薄暗い印刷所の片隅で、俺は仕立ての良い衣服に静かに袖を通しながら、思考の海で現状を総括していた。

すでにジェームズの印刷所から吸収すべき技術も、このボストンという小さなコミュニティから得られる情報リターンも、すべて最大効率で回収し終えている。知識ステータスは完全にカンストし、いつでも次のプラットフォームへ移行できる段階に達していた。

これ以上、このブラックな奴隷契約と狭量な兄の嫉妬に付き合うのは、時間という最も貴重な資本の無駄遣いに他ならない。


「未練など1文もない。ここが俺の夜逃げ(スマート・エグジット)のタイミングだ」


俺は私物をすべて整理し、必要最低限のノートと、わずかな小銭だけを懐に収めた。

かつて実家を追放されたあの日と同じように、手元にある資産は極めて乏しい。しかし、この頭脳に詰まった現代の経済学、経営工学、そして世論を誘導するマーケティングのノウハウがあれば、どの土地に漂着しようとも最速で成り上がれる確信があった。


夜の2時。印刷機の金属音が完全に途絶え、ボストンの街全体が深い眠りに落ちた時間を見計らい、俺は音もなく寝床から立ち上がった。

作業台の上に、1枚の書面を静かに置き残す。それは、これまでのサイレンス・ドゥグッドの筆跡と完全に一致する、俺からの最後のメッセージだった。


『親愛なるジェームズへ。お望み通り、ドゥグッド夫人は永遠に沈黙することにした。お前がその小さな印刷機と虚栄心と共に、この古き街で末永く繁栄することを切に願う』


文字の並びを見つめながら、俺の唇からは不敵な笑みが漏れた。

翌朝、これを見たジェームズがどれほど顔を青ざめさせ、己の器の小ささを呪って怒り狂うか。その「ざまぁ」の瞬間を直接見られないことだけが唯一の残り惜しさだったが、それすらも画面外の些事として処理すべき不都合なノイズに過ぎない。


裏口の重い木製の扉を、軋む音を立てないよう極限の精密さで引き開ける。

外には、大西洋から吹き付ける湿った夜風が吹き荒れていた。俺は振り返ることなく、暗闇のストリートへと足を踏み出した。


目指すは、この街を脱出するための港だ。

ボストンからの陸路は、ジェームズや父親のネットワークによって捜索されるリスクが残る。最も追跡が困難で、かつ劇的な環境の変化をもたらすルートは、海路しかなかった。


港へ向かう道中、俺の頭脳はすでに次なる新天地への進出戦略ロードマップを何パターンもシミュレートしていた。

軍資金はほぼゼロ。頼れる知人もいない。普通の人間の精神であれば、絶望と恐怖で足が震える局面だろう。しかし、現代知識というチートを宿した俺にとっては、この圧倒的な逆境こそが、物語のプロローグを最も美しく彩る最高のスパイスだった。


「既存の利権も、鬱陶しい血縁関係も、すべてリセットされた。これからは俺だけの完全な自由市場だ」


港に到着すると、ちょうど夜明け前に出港を控えた1隻の小型スループ船が、波に揺られていた。

行き先は、ここから遥か南に位置する大都市、ニューヨーク。そこを経由し、さらに別の可能性を模索する旅になるだろう。


俺は船のタラップの前に立つ、顔の強張った船長に近づき、堂々としたオーラを崩さずに声をかけた。


「船長、ボストンから出発する臨時の乗客を1人探してはいませんか? ご覧の通り、手荷物も持たない身軽な旅人ですが、船内の帳簿の整理や、航海日誌の代筆なら、現役のどの1等航海士よりも迅速に、1文字のエラーもなくこなしてみせますよ」


船長は怪訝そうな顔で俺を見下ろした。無一文に近い衣服でありながら、その弁舌の切れ味と、知的な手の力強さは、とてもただの逃亡者には見えなかったはずだ。


「……ふん、妙に肝の据わった小僧だな。いいだろう、ちょうど今回の航海は書記が体調を崩して人手が足りなかった。ただし、飯の配給は最低限だぞ」


「合理的な取引ですね。感謝します」


俺は即座に承諾し、船へと乗り込んだ。

船のデッキから遠ざかっていくボストンの街並みを眺める。あの薄暗い家内工業の工房、そして傲慢な兄が支配していた狭苦しい印刷所。それらはすべて、俺という天才を育てるための踏み台に過ぎなかった。


船が静かに岸壁を離れ、波を切り裂いて進み始める。

朝の光が水平線の彼方から差し込み、海面を黄金色に染め上げていく。その輝きは、これから俺が手にするであろう、圧倒的な富と名声の未来を予言しているかのようだった。


「さようなら、ボストン。お前たちの最先端の知識は、すべてこの頭の中に持ち出させてもらった」


ブラック実家を完全に見捨て、すべての足枷を断ち切った俺の心は、かつてないほどに澄み渡っていた。

ペン1本で街を支配した神童は、今、さらなる巨大な市場へと牙を剥く。新天地での出会い、そしてそこから始まる真の内政無双の第2幕へ向けて、船は力強く速度を上げていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ