第9話『ムギル醸造所防衛戦』
酒蔵を守る戦いが始まります。
敵は面倒で、味方はうるさいです。
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら乗り物の運転はやめましょう。
※楽しく適量で。
ムギル醸造所は、町外れの広い敷地に建っていた。
大きな木造倉庫がいくつも並び、麦芽の香ばしい匂いが風に乗って漂っている。
本来なら心地よいその香りも、今は混乱の中にあった。
白いローブ姿の集団が敷地内を走り回り、樽を倒し、積み上げられた木箱を蹴り飛ばしている。
『酒は堕落!』
『樽を割れ!』
『聖水を運べ!』
その掛け声に、蔵人たちは悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
「本当に面倒くさい連中だな」
サクラは呆れたように呟く。
その隣でジャックが腕を広げた。
「レディ、ここは華麗にいこう!」
「お前は静かにいけ」
二人は同時に飛び込んだ。
最初に突っ込んできた教団員の木棒を、サクラの剣が一閃する。
棒は真っ二つに割れ、教団員はその場で尻もちをついた。
「ひぃっ!」
「怪我したくなきゃ帰れ」
続けざまに二人、三人。
サクラは軽やかな足さばきでかわし、柄で腹を打ち、足を払って次々に転がしていく。
ジャックも負けてはいない。
「我が名はジャック!!」
乾いた銃声が響いた。
弾丸は教団員の頭上に吊るされた鐘を撃ち抜き、大音響を鳴らす。
「うわぁぁぁっ!?」
「当てないのかよ!」
サクラが叫ぶ。
「脅し撃ちも紳士の技術だ!」
「うるさい!」
その時、倉庫の奥から怒号が響いた。
「何をしている!」
現れたのは、他の教団員より上等な白ローブをまとった男だった。
肩章には青い十字。
細身で神経質そうな顔つき。
手には金属製の杖を持っている。
「一般信徒どもが情けない……たかが酔っ払いと女一人に!」
「誰が酔っ払いだ」
サクラが眉をひそめる。
男は杖を掲げた。
「私は禁酒教団・現場指導官、サケノー!」
「その名前で酒否定してんのかよ!」
マサムネの心の声が思わず漏れそうになる。
サケノーの杖先が光る。
次の瞬間、水の塊が飛び出した。
サクラは身をひねってかわすが、背後の樽に直撃した水球が弾け、酒が床に流れ出す。
「浄化水術だ!」
サケノーは高笑いした。
「酒を薄め、価値を失わせる我らの秘術!」
ジャックが顔をしかめる。
「最低の使い方だな」
「本当に最低だな」
サクラは地を蹴った。
一気に間合いを詰め、サケノーの懐へ飛び込む。
「なっ――速っ!?」
剣の峰が男の額にこつんと当たる。
そのまま一回転して蹴り飛ばした。
サケノーは派手に転がり、白ローブが泥まみれになる。
「ぐふっ……!」
「次は本気でいくぞ」
サクラが剣先を向けると、サケノーは青ざめた。
「て、撤退だ! 一時撤退!」
教団員たちが一斉に逃げ出す。
『聖水を回収しろー!』
『桶だけでも持てー!』
『転ぶなー!』
統率の取れていない撤退だった。
ジャックは帽子を押さえながら笑った。
「見事だ、レディ・サクラ!」
「騒がしいだけのお前よりはな」
蔵人たちから歓声が上がる。
「助かった!」
「酒樽が守られたぞ!」
「今夜は祝いだー!」
その言葉に、サクラの表情がぴくりと動いた。
「……祝い?」
ジャックがにやりと笑う。
「当然、酒宴だろう」
その瞬間、サクラの体がふらりと揺れた。
「……あ」
変身の力が切れ始めていた。
桜色の髪がほどけるように消え、光が散る。
次の瞬間――
そこにいたのは、冴えない中年男マサムネだった。
歓声が止まる。
沈黙。
蔵人の一人が口を開く。
「……誰?」
マサムネは遠い目をした。
「俺だよ……さっきまで俺だったんだよ……」
ジャックが肩を叩く。
「気にするな、マイフレンド!」
「気にするわ!」
だがその時、逃げ去った教団員の中から一人の声が響いた。
「報告します! 本部へ!」
「次はジロー様をお呼びします!」
マサムネとジャックは同時に顔を上げた。
「……ジロー?」
新たな敵の名が、風の中に残った。
(第10話へつづく)
禁酒教団、思ったより小物でした。
ですが次は本命が来そうです。




