第5話『荒野の男はギルドに立つ』
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら車や馬車などの運転はやめましょう。
※お酒は楽しく、ほどほどに。
新たな依頼を探しに訪れた冒険者ギルド。
そこでマサムネは、ひときわ騒がしい男と出会う――。
翌朝――
マサムネは、冒険者ギルドの前に立っていた。
昨日の依頼で受け取った報酬は、決して悪くなかった。
果樹園を襲った盗賊を退けたことで、依頼主からは追加の礼まで受け取っている。
さらに、メウの実から作られた酒まで手に入った。
とはいえ――
「……潤ったってほどじゃないな」
懐の金を指先で確かめながら、マサムネは小さくつぶやく。
一時しのぎにはなった。
だが、この世界で生きていくなら、結局は働き続けるしかない。
宿代。食費。酒代。
最後の一つが特に大きい気もしたが、そこは考えないことにした。
「……ま、飲むためにも稼がねえとな」
そう言って、マサムネはギルドの扉を押し開けた。
朝の冒険者ギルドは、すでに活気に満ちていた。
受付の前には列ができ、
依頼掲示板の前では、冒険者たちが早い者勝ちとばかりに紙を見比べている。
金属鎧のきしむ音。
木靴が床を打つ音。
朝から酒でも飲んでいるのか、妙に声の大きい連中の笑い声。
「……朝から元気だな」
マサムネは半ば呆れたように言いながら、中へと進む。
受付で報酬の確認を済ませたあと、彼は依頼掲示板へ視線を向けた。
荷運び。
薬草採取。
街道沿いの見回り。
家畜小屋の補修手伝い。
派手さはないが、今の自分にはそのくらいがちょうどいい。
「さて……次はどれにするか――」
その時だった。
バァン!!
突然、乾いた大きな音がギルド内に響き渡った。
室内の空気が、一瞬で止まる。
何事かと、マサムネが振り返る。
入口の扉の前に、一人の男が立っていた。
長身。
マサムネより頭ひとつは高い。
がっしりした体つき。
ケツアゴ。
濃いもみあげ。
口ひげ。
そして、深くかぶったカウボーイハット。
腰には妙な形の革帯。
そこには、見たこともない黒い鉄の武器が収まっていた。
男は帽子のつばを指で持ち上げ、やたら芝居がかった仕草で胸を張る。
そして――
高らかに叫んだ。
「我が名はジャック!!」
「すべての女性を愛するもの!!」
ギルド内がしん……と静まり返る。
次の瞬間。
あちこちから、露骨なため息が漏れた。
受付嬢が小さく眉をひそめる。
「……また来た」
マサムネは眉を上げた。
(……ん? 何者だ?)
すると、近くで依頼書を見ていた男が、呆れた顔で肩をすくめた。
「知らねぇのか」
「最近ここに来たばっかなんでな」
「ありゃジャック・ダニルだ」
「クラスはガンマン。腕は確かだが――」
男はちらりとジャックを見る。
ちょうどジャックは、受付近くにいた若い女性冒険者へ歩み寄っていた。
懐から琥珀色の液体が入った小瓶を取り出し、実に気障な笑みを浮かべて差し出す。
「レディ。朝の一杯に、バーボンはいかがかな?」
女性冒険者は無言で首を横に振った。
「結構です」
「そう言わずに。これは文化だ。情熱だ。女神の祝福だ」
「いりません」
ぴしゃりと断られる。
だがジャックはまったくへこたれない。
「ならば次のレディへ!」
くるりと踵を返し、今度は別の受付嬢の前へ。
「そこの美しいお嬢さん。仕事前に一杯どうだい?」
「勤務中です」
「終業後は?」
「考えません」
「つれない!」
それでもどこか楽しそうだった。
近くの男が、あきれ声で説明を続ける。
「……女を見るとすぐ口説く」
「そして、やかましい」
「なるほど」
マサムネは納得したように頷いた。
「けど、腕は本当にいい。依頼の成功率も高いし、魔物相手でも強い」
「じゃあ、有能ではあるんだな」
「まあな。性格でだいぶ損してるが」
その会話の最中にも、ジャックは新たな女性を見つけては小瓶を差し出していた。
「レディ、バーボンはお好きかな?」
「朝から飲みません」
「なら昼に!」
「飲みません」
「夕方は?」
「飲みません!」
「なんということだ……この世界はまだ、琥珀の輝きを理解していない……!」
頭を抱えるジャック。
その姿に、ギルドの何人かが慣れたように苦笑している。
どうやら本当に常連らしい。
やがてジャックは、ようやく依頼掲示板の方へと歩いてきた。
そして、その途中でマサムネの前を通りかかる。
一瞬、視線が合った。
ジャックはマサムネを上から下まで眺めた。
「む?」
そう言って立ち止まり、顎ひげを撫でる。
「見ない顔だな」
「最近来たばかりだ」
「なるほど。新入りか」
ジャックはふっと鼻を鳴らした。
「我が興味を引くのは、美しい女性だけだ」
「そうかよ」
「男には冷たいぞ、私は」
「別に優しくされたいとも思わねえよ」
あっさり返すと、ジャックは少しだけ面白そうに片眉を上げた。
だがそのまま、特に何も言わずに掲示板へ向かっていく。
マサムネは小さく息を吐いた。
(……濃いな)
関わらないのが一番だ。
そう判断して、改めて依頼書へ目を向ける。
すると――
ギルドの奥の方で、また面倒事が起きた。
「だから! その依頼は俺たちが先に見てたんだよ!」
「貼られた時点で早いもん勝ちだろうが!」
冒険者同士が、掲示板の前で睨み合っている。
どちらも柄の悪そうな男たちだ。
ちょっとした口論で終わればいいが、空気はだんだん険悪になっていく。
受付嬢が止めようとするが、押しのけられてしまう。
「おい、ギルド内で騒ぐなよ」
マサムネが低く言う。
だが男の一人が、こちらを睨み返した。
「あぁ? 部外者は黙ってろ」
「部外者じゃねえ。冒険者だ」
「新入りがでしゃばるな!」
今にも殴りかかりそうな空気になった、その時――
ジャックがすっと二人の間に入り込んだ。
「ノー、ノー、ノー」
芝居じみた口調で、両手を軽く広げる。
「朝から男同士で見つめ合うなど、実に不毛だ」
「なんだテメェ」
「しかもレディを押しのけるとは感心しない」
ジャックは、さきほど突き飛ばされた受付嬢をちらりと見やる。
そして帽子のつばを軽く上げ、片目をつぶった。
「レディを困らせる男は、三流だ」
その台詞に、何人かが「うわぁ……」という顔をした。
だが当の本人だけは真剣そのものだった。
揉めていた男の一人が、怒りをあらわにする。
「うるせぇんだよ、ジャック!」
「またテメェか!」
「また、とは心外だな。私はいつだって平和を愛している」
「女しか愛してねぇだろ!」
「それも否定はしない!」
堂々と言い切るジャック。
そして次の瞬間だった。
彼の手が、腰の黒い武器へ伸びる。
バァン!!
鋭い轟音が響いた。
誰もがびくりと肩を跳ねさせる。
男たちの真上にあった木の看板が、真ん中から見事に撃ち抜かれていた。
粉のような木片がぱらぱらと落ちてくる。
男たちは顔を引きつらせ、動きを止めた。
ジャックは黒い武器――銃をくるりと回して腰へ収める。
「次は看板では済まない、とは言わん」
「だが、その程度の騒ぎでレディを泣かせるなら――」
「私が先に泣かせる」
「言ってること意味わかんねぇぞ」
マサムネが即座に突っ込んだ。
周囲から、くすりと笑いが漏れる。
揉めていた男たちは舌打ちをしながらも、完全に気勢を削がれていた。
「……ちっ」
「覚えてろよ」
そう吐き捨てて、二人は引き下がっていく。
ギルド内に張りつめていた空気が、ようやく緩んだ。
受付嬢がほっと息をつく。
「助かりました……ありがとうございます、ジャックさん」
ジャックは胸に手を当て、大げさに一礼した。
「礼には及ばない。私はいつでも、女性の味方だ」
「……でも勤務中にお酒は勧めないでくださいね」
「それとこれとは別問題だ!」
別ではない気もしたが、本人は真面目だった。
ちょっとした騒動が片付いた後、ジャックはふとマサムネの方を見た。
「さっきはなかなかいい突っ込みだったぞ、新入り」
「そりゃどうも」
「礼に一杯奢ろう」
そう言って、また懐から小瓶を取り出す。
琥珀色の酒が、朝の光を受けてゆらりと揺れた。
「いらねえよ。朝だぞ」
「だからこそだ。朝の一杯は人生を豊かにする」
「ダメにする間違いだろ」
「君、なかなか面白いな」
ジャックは豪快に笑う。
そして、やや真顔になって小瓶を掲げた。
「これはバーボン」
「我が故郷の、誇り高き酒だ」
「バーボン?」
マサムネはわずかに目を細めた。
聞き覚えのある響き。
そして、その香り。
「……お前、それ」
「おや?」
ジャックの目の色が少し変わる。
「知っているのか?」
「まあな」
「ほう……」
ジャックは、さっきまでの軽薄さとは別の意味で興味を示した。
「君、どこの生まれだ?」
「日本だ」
「……日本?」
その単語に、ジャックの表情がぴたりと止まる。
数秒の沈黙。
そして彼は、ぐいっと顔を寄せてきた。
「君……もしや」
マサムネは眉をひそめた。
この反応には、覚えがある。
どうやら――
ただの変な男、では終わらないらしい。
第6話へ続く
ジャック・ダニル、登場です。
濃すぎる男ですが、悪いやつではありません。
次回、まさかの“ヘーベ案件”が発覚します。




