第4話 『酒豪と初仕事』
※お酒は20歳になってから。
※飲酒後の運転はやめましょう。
※お酒は楽しく、ほどほどに。
――働かざる者、飲むべからず。
酒場をあとにする。
外の空気が、少しだけ肌に触れた。
「……まず、金だな」
ぼそりと呟く。
酒もない。
宿代もない。
――完全に、すっからかんだ。
ポケットの中の酒瓶を取り出し、
軽く振る。
ちゃぷ、と小さな音。
「……これも、あと少しか」
視線を上げる。
街の通りの先――
人の流れの中に、
それらしい建物が見えた。
木の看板。
剣と盾の紋章。
「……ギルド、か」
「……行くしかねぇな」
そう呟いて、
マサムネは歩き出した。
◆
扉の前で、足が止まる。
中からは、ざわついた声が漏れていた。
笑い声。
怒鳴り声。
何かがぶつかる音。
「……ガラ悪ぃな」
ぽつりと本音が漏れる。
(酒場の方が、まだ落ち着いてたな……)
ポケットに触れる。
残りわずかな酒。
――引き返す理由にはならない。
「……しゃあねぇ」
軽く息を吐き、
マサムネは扉を押し開けた。
◆
中に入った瞬間――
空気が変わった。
視線が集まる。
知らない顔。
場違いな空気。
そして――
明らかに“戦い慣れている”連中。
「……」
わずかに肩が強張る。
だが、引く理由はない。
奥へと視線を向ける。
そこには、
他とは少し雰囲気の違うカウンター。
「……あそこか」
ゆっくりと歩き出す。
「おい、見ねぇ顔だな」
「新人か?」
「ずいぶんしょぼいな」
(……好きに言ってろ)
気にせず進む。
「……依頼、受けたいんだが」
受付に声をかける。
女性は一瞬だけこちらを見て、
淡々と口を開いた。
「登録はお済みですか?」
「……いや」
「では、まず登録からになります」
事務的な口調。
「名前を」
「……マサムネ」
「年齢は?」
「……四十ちょいだ」
ほんの一瞬だけ、
周囲のざわめきが強くなる。
「……かしこまりました」
淡々と書き込む受付。
「では、最後に――クラスを測定します」
「……クラス?」
「はい。適性に応じて、自動的に判定されます」
そう言って、
小さな水晶を差し出した。
「こちらに手を」
「……こうか?」
手を乗せた瞬間――
淡い光が灯る。
静寂。
そして――
「……判定が出ました」
「で?」
「クラス:酒豪」
「……は?」
一瞬、空気が止まり――
次の瞬間、
爆笑が広がった。
「ぶはっ……酒豪だってよ!」
「なんだそりゃ!」
「おっさんにぴったりじゃねぇか!」
「……おい」
眉をひそめる。
「普通、剣士とか魔法使いとか……そういうもんじゃねぇのか?」
受付は淡々と答える。
「一般的には、そうですね」
「だろ?」
「ですが、適性は個人差がありますので」
「……納得いかねぇな」
ぼそりと呟く。
「酒飲んで戦うのかよ!」
「酔っ払いが冒険者か?」
笑いは止まらない。
(……好きに言いやがって)
ポケットの中の酒瓶に触れる。
ちゃぷ、と小さな音。
「……間違っちゃいねぇけどな」
小さく呟いた。
「登録は以上です」
「……もういいのか?」
「はい。簡易登録になりますので」
受付が横を指す。
「依頼は、あちらからお選びください」
マサムネは視線を向ける。
びっしりと貼られた依頼書。
「……金になるなら、なんでもいいか」
そう呟いて、
掲示板へと歩き出した。
◆
掲示板に並ぶ依頼書を、ざっと眺める。
薬草採取。
荷物運び。
害獣駆除。
どれも似たようなものだ。
「……地味だな」
だが――
「金になるなら、文句はねぇか」
そのとき、
一枚の紙が目に入った。
【メウの実 収穫補助】
日当支給/即日可
「……収穫か」
戦う必要もなさそうだ。
(これで金もらえりゃ、十分だな)
その紙を剥がし、
受付へと戻る。
「これ、受ける」
受付は依頼書を確認し、
小さく頷いた。
「メウの実の収穫補助ですね。郊外の果樹園になります」
「危険は?」
「通常はありません」
「……“通常は”ね」
軽く眉を上げる。
「では、こちらの場所へ」
簡単な地図が手渡される。
「……すぐ行けばいいのか?」
「はい。本日中の作業になります」
「了解」
紙を受け取り、
そのまま踵を返す。
(とりあえず、金だ)
ポケットの中の酒瓶に触れる。
ちゃぷ、と小さな音。
「……帰りに一杯、いけるかね」
そう呟いて、
マサムネはギルドをあとにした。
◆
街を抜け、
しばらく歩く。
やがて見えてきたのは――
小さな果樹園だった。
木々には、
赤く色づいた実がいくつもなっている。
「……あれが、メウか」
近づくと、
数人の作業者が手を動かしていた。
「手伝いかい?」
年配の男が声をかけてくる。
「……ああ」
依頼書を見せる。
「おお、助かるよ。人手が足りなくてね」
籠を渡される。
「実を傷つけないように、丁寧にな」
「……了解」
木の下に立ち、
手を伸ばす。
ぷつり、と軽い感触。
手の中に収まる、赤い実。
「……なるほど」
単純作業だ。
だが――悪くない。
「……こういうのも、たまにはいいか」
ぽつりと呟く。
そのときだった。
――ガサッ
茂みの奥から、
不自然な音がする。
作業していた男たちの動きが止まる。
「……おい」
誰かが低く呟いた。
次の瞬間――
「動くな!!」
荒い声とともに、
数人の男が飛び出してきた。
剣を持ち、
顔を隠した――
盗賊たちだった。
「実と金、全部置いていけ」
「抵抗したら――分かるよな?」
場の空気が、一瞬で凍る。
「……ちっ」
マサムネは、小さく舌打ちした。
(“通常は”ね……)
ポケットに手を入れる。
触れるのは――
酒瓶。
ちゃぷ、と音が鳴る。
「……仕方ねぇな」
小さく呟く。
「仕事の時間だ」
瓶を取り出す。
――そして、迷わず飲んだ。
◆
視界が揺らぐ。
身体の奥が、熱を帯びる。
――変わる。
桜色の髪が揺れ、
軽やかな身体が現れる。
サクラ。
「……は?」
盗賊の一人が間の抜けた声を漏らす。
だが――
遅い。
一歩。
その瞬間、間合いに入る。
一閃。
「がっ――!?」
男が吹き飛ぶ。
続けざまに、
次の標的へ。
無駄のない動き。
圧倒的な速さ。
「な、なんだこいつ!?」
「遅い」
短い一言。
それだけで、終わった。
地面に転がる盗賊たち。
静寂が戻る。
◆
数分後。
「た、助かった……!」
安堵の声が広がる。
そこに立っているのは、
すでにマサムネだった。
「……まあ、運が良かったな」
頭をかきながら言う。
「運どころじゃないよ!」
「さっきの……なんなんだ!?」
視線が集まる。
少しだけ間を置いて――
「……体質だ」
短く答える。
「体質?」
「……酒飲むと、女になる」
一瞬の沈黙。
そして――
「はあ!?」
「そんな体質あるかよ!」
笑いが起きる。
(……まあ、そうなるよな)
肩をすくめる。
「信じるかは任せる」
それだけ言う。
◆
騒ぎが落ち着いたあと。
「……あの実、知ってるか?」
マサムネは木を指す。
「ああ、メウの実だな」
年配の男が頷く。
「酸味が強くてな。そのままじゃ食いづらいが――」
少し笑う。
「酒にすると、いい味になる」
マサムネの目が細くなる。
「……ほう」
「梅酒みたいなもんだ」
その一言で決まった。
「……それ、分けてもらえるか?」
「もちろんだ! 一本やるよ!」
◆
作業を終え、
報酬を受け取る。
そして――
メウ酒。
瓶を開ける。
甘酸っぱい香り。
口に含む。
「……これ、梅酒だな」
ぽつりと呟く。
「うめしゅ?」
「こっちの言い方だ」
軽くごまかす。
「……悪くねぇ」
小さく息を吐く。
(これなら、しばらくは困らねぇか)
瓶を軽く振る。
「……いい仕事だったな」
そう呟いて、
マサムネは街へと戻る。
――酒と、金を手に入れて。
(第四話 おわり)
第4話です。
“酒豪”という謎のクラスを得たマサムネ。
初仕事はまさかの収穫作業――
のはずが、しっかり戦闘もありました。
そして、メウの実からできた酒。
「……これ、梅酒だな」
次回、ギルドで評価が変わりはじめます。




