第35話『ぶどうの香りと二日酔い』
グレープマスカト公国へ向かう夜行列車の旅も、いよいよ終着点です。
しかし昨夜は色々ありすぎて……酒呑み達に待っていたのは思わぬ朝でした。
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら乗り物の運転はやめましょう。
※お酒は楽しく適量で。
長い汽笛が朝の空へ響いた。
夜行列車“酔っ払いエクスプレス”は、ゆっくりと速度を落としていく。
車窓の向こうには――
一面の葡萄畑。
朝日に照らされた丘陵地帯。
石造りの家々。
そして遠くには風車が回っていた。
車内放送が流れる。
「まもなく終点、グレープマスカト公国駅です」
「お忘れ物のないようお願いいたします」
シャルドネは窓に張り付くようにして叫んだ。
「帰ってきたぞーっ!」
「我が故郷!」
「ワインの都!」
「ブランデーの聖地!」
「酒呑みの楽園!」
その直後だった。
ぐらり。
シャルドネの身体が揺れる。
「うっ……」
「なんか……景色が回る……」
隣のジャックも顔色が悪い。
「俺もだ……」
「頭が割れそうだ……」
ジンは帽子を深く被ったまま呻く。
「太陽が敵だ……」
「朝日がまぶしすぎる……」
イーチコは座席に突っ伏していた。
「もう炭酸は見たくない……」
「しばらく麦茶でいい……」
列車が停止する。
ぷしゅうううう……
蒸気が吐き出される。
終点到着だった。
しかし。
誰一人として立ち上がれない。
マサムネは首を傾げた。
「みんな大丈夫か?」
ジャックが恨めしそうに睨む。
「おっさん……」
「なんで平気なんだよ……」
「昨夜、一緒に飲んでただろ……」
マサムネは少し考える。
確かに飲んだ。
ハイボールも飲んだ。
ワインも飲んだ。
ブランデーも味見した。
しかし。
それほど辛くはない。
「んー……慣れ?」
「慣れで済むかぁ!」
ジャックの叫びが響いた。
その頃。
カスミは比較的元気だった。
「だから言ったじゃないですか」
「寝る前に飲み直すからですよ」
「だって酒がうまかったんだぞ」
「知りません」
冷たい返答だった。
数分後。
一行はどうにか列車を降りた。
しかし。
ホームを歩いたところで限界が来た。
駅舎の待合所。
そこに並ぶ木製ベンチ。
酒呑み達は次々と沈没していく。
ジャック。
ジン。
イーチコ。
そしてシャルドネ。
全員がぐったりしていた。
「なぜだ……」
「故郷へ帰ってきたというのに……」
シャルドネは葡萄樽を模したベンチに突っ伏した。
マサムネは苦笑する。
「歓迎されてるな」
「歓迎じゃない……」
シャルドネは弱々しく首を振った。
その時だった。
カスミが何かに気付く。
「そういえば……」
「これ、ちょっと変じゃないですか?」
「ん?」
「みんな同時に二日酔いになってます」
「飲みすぎだからだろ?」
「でもマサムネさんは平気です」
確かにそうだった。
酒豪組だけが見事に倒れている。
そして。
昨夜の出来事を思い出す。
絶対禁酒主義隊。
ジュンシュー。
呪符。
撤退する時の言葉。
――思い知れ。
シャルドネがゆっくり顔を上げた。
「まさか……」
ジャックも目を見開く。
「二日酔いの呪符か……」
ジンが頭を押さえながら唸る。
「帰り際に置いていきやがったな……」
「陰険な野郎だ……」
カスミはため息をついた。
「たぶん列車の中に残っていたんですね」
「酒気に反応するタイプ……」
マサムネは腕を組む。
「つまり」
「昨夜の飲み直しが原因か」
全員が黙った。
数秒後。
ジャックが呟く。
「……飲まなきゃよかった」
「今さらですね」
カスミの返答は容赦なかった。
その時。
シャルドネがふらふらと立ち上がる。
「ともかく……」
「ようこそグレープマスカト公国へ」
「まずは宿だ」
「それから迎え酒――」
「禁止です」
カスミが即座に遮った。
待合所に小さな笑いが広がる。
こうして一行は。
二日酔いと葡萄の香りに包まれながら、
ワインの都――
グレープマスカト公国へ足を踏み入れるのだった。
(第36話へ続く)
第35話をお読みいただきありがとうございました。
ついにグレープマスカト公国へ到着しましたが、酒豪達はまさかの二日酔いスタートです。
次回はワイン文化が根付く公国の街並みと、シャルドネの故郷を少しずつ描いていきます。
どうぞお楽しみに。




