第30話 『酔っ払いエクスプレス』
今回は夜行列車“酔っ払いエクスプレス”へ乗り込みます。
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら乗り物の運転はやめましょう。
※お酒は楽しく適量で。
夕方。
ムギル中央駅。
巨大な蒸気機関車達が、白い蒸気を噴き上げていた。
シュウゥゥゥゥ……。
ボォォォォ――――ッ!!
長い汽笛が、夕暮れの駅へ響く。
ムギル中央駅の大屋根には、白い蒸気が充満していた。
赤レンガと石造りが混ざった巨大駅舎。
天井には古びたランプが並び、黄金色の光がホームを照らしている。
そこを行き交うのは、旅人、商人、冒険者。
そして――酒飲み達だ。
ビール樽を積んだ台車が通り過ぎる。
麦焼酎の木箱が運ばれる。
駅全体に、酒の匂いが漂っていた。
麦酒。
蒸留酒。
樽酒。
様々な香りが混ざり合い、旅人達を酔わせる。
ムギル中央駅から出る夜行列車は、各方面へ繋がっている。
麦酒地方。
米酒地方。
港湾都市。
そしてワイン文化圏――。
酒好き達は、それらをまとめてこう呼んでいた。
“酔っ払いエクスプレス”と。
その中の一つ。
グレープマスカト公国行き貨客混合列車が、今まさに出発しようとしていた。
そんな中。
マサムネは駅売店の前で真剣な顔をしていた。
「……どれにするか」
棚には酒瓶がずらりと並んでいる。
缶ビール。
小瓶ウイスキー。
蒸留酒。
携帯用酒セット。
旅用つまみ。
完全に酒飲み向け売店だった。
「夜行列車だからなぁ……」
マサムネは腕を組む。
「長時間向けに軽めで攻めるか……いや、最初に強いの入れるか……」
真剣そのものである。
その時だった。
「ふふ、悩んでいるね」
背後から声がした。
振り向くと、シャルドネ・メルローが立っていた。
今日も貴族服。
片手にはワイングラス。
駅なのに普通に飲んでいる。
「なんだシャルドネか」
「安心したまえ」
シャルドネは優雅に微笑む。
「食堂車がついているので、ある程度のアルコールは提供されるよ」
「ほう……」
マサムネの目が輝いた。
「それはいいな」
「特に今夜は、麦酒樽を積んでいるからね」
「マジか」
「車内限定酒もある」
「最高じゃねぇか!」
一気にテンションが上がる。
そんなマサムネへ、シャルドネは自然に距離を詰めた。
「君となら、きっと良い旅になる」
「近い近い」
「おや?」
だがシャルドネは気にしない。
むしろさらに近い。
「サクラも美しいが、マサムネも実に味がある」
「なんの話だよ……」
その時だった。
カスミがすっと間へ割り込む。
「シャルドネさん」
にこり。
笑顔。
だが少し圧がある。
「そういう見境ないのは、どうかと思います」
「おやおや」
シャルドネは肩をすくめた。
「私は素直なだけさ」
「素直すぎます」
マサムネは首を傾げる。
「なんでカスミ怒ってんだ?」
「怒ってません」
「怒ってるだろ」
その時だった。
「おーい! 乗るぞー!」
ジン・トニックがホームの向こうから手を振っていた。
その横では、イーチコが大きな酒樽を見て目を輝かせている。
「すげぇ量だな!」
「全部呑みてぇ!」
「やめろ」
ジャックだけは麦茶を片手にしょんぼりしていた。
「俺だけ麦茶なの悲しすぎる……」
「まだ酒が酢になるんだから仕方ないだろ」
「うぅ……」
完全に不憫枠である。
その時。
「ほら、行きますよ」
カスミが、マサムネの手を引いた。
「お、おぉ……」
マサムネは少し照れながら列車へ向かう。
「カスミちゃん、近い近い……」
「はぐれたら困るじゃないですか」
「いやまぁ、そうだけどよ……」
その様子を見ていたジンが、ニヤニヤ笑った。
「なにおっさん照れてんの?」
「うるせぇ!」
イーチコも吹き出す。
「半分女みたいなもんなのにな!」
「どういう意味だコラ!」
笑い声が響く中、一行は列車へ乗り込んでいった。
一号車から三号車は貨物車。
ビール樽や麦焼酎が積み込まれている。
四号車は婦人用寝台車。
五号車は食堂車。
六号車は紳士用寝台車。
車内へ入ると、木目調の内装が広がっていた。
暖色ランプ。
赤い絨毯。
揺れる照明。
まさに“走る酒場”である。
「おぉ……!」
マサムネは思わず声を上げた。
「これはいいな!」
「だろう?」
シャルドネが得意げに笑う。
そのまま一行は五号車――食堂車へ向かった。
そこでは既に、多くの乗客達が酒を楽しんでいた。
ビール。
ワイン。
蒸留酒。
料理の香りも漂う。
「最高じゃねぇか……!」
マサムネは席へ座る。
そして。
列車がゆっくり動き出した。
ガタン――……。
ゴトン……。
窓の外で、夕暮れのムギル中央駅が流れていく。
ボォォォォ――――ッ!!
長い汽笛。
蒸気が夜空へ吹き上がった。
「出発だぁぁぁ!」
ジンが盛り上がる。
イーチコも笑う。
シャルドネは優雅にグラスを掲げた。
「では諸君――」
「夜行列車と酒の旅に乾杯を」
「乾杯ぃぃぃ!!」
ジョッキとグラスがぶつかる。
その瞬間。
マサムネの身体が淡く光った。
「おっと」
――ぽんっ。
銀髪の美女剣士サクラへ変わる。
「おぉ、久々の列車旅だ!」
サクラは嬉しそうに笑った。
そして夜は更けていく。
列車の揺れ。
酒の香り。
響く笑い声。
だが――
この時、まだ誰も知らなかった。
今夜。
“検閲”が来る時間を。
(第31話へ続く)
次回は深夜の夜行列車編となります。
静かな車内へ訪れる“検閲”をお楽しみください。




