第20話『麦茶じゃ、酒の代わりにならない』
酒駄目波の影響、まだ続いています。
そして今回は、教団側にも少し変化が見え始めます。
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら乗り物の運転はやめましょう。
※楽しく適量で。
「……くそ……!」
ジャックは膝をつき、顔を歪めていた。
「まだダメだ……!」
手にしたバーボンを睨みつける。
意を決して、口に含む――
「――ぶっ!!」
盛大に吹き出した。
「やっぱりダメだ!!」
喉を押さえて悶える。
「なんだこれ!? なんで全部……酢なんだよ!!」
「全部って言うな」
イーチコが淡々と返す。
「酒だけだ」
「違いが分かんねぇんだよ!!」
「分かれ」
サクラは少し離れた場所で腕を組んでいた。
「まだ続いてんのか」
「続いてるどころじゃねぇ……!」
ジャックは顔を上げる。
「飲めねぇだけじゃねぇ……体が拒否してくる……!」
「面倒な技だな」
イーチコが小さく呟く。
「まぁ、ほっとけばそのうち治るだろ」
「はぁ!?」
ジャックが食いつく。
「いつ治るか分かんねぇのかよ!?」
「分からん」
即答だった。
「自然回復の可能性はあるが、保証はない」
「最悪じゃねぇか!!」
頭を抱えて崩れ落ちる。
「一日でも無理だぞ……!」
「当然です」
低い声が響く。
三人が振り向く。
そこには、ジローが立っていた。
変わらぬ教団の装束。
その視線は真っ直ぐジャックへ向いていた。
「飲酒は、体を蝕みます」
「だから、そのまま酒をやめればいい」
「簡単に言うな!!」
ジャックが叫ぶ。
ジローは気にした様子もなく、
懐から水筒を取り出した。
そして無言で差し出す。
「……なんだこれ」
ジャックが怪訝そうに受け取る。
「麦茶です」
真顔だった。
「酒が飲めないんでしょう」
「これで我慢してください」
数秒の沈黙。
「……は?」
ジローは続ける。
「健康にも良いです」
「そして、そのまま酒をやめればいい」
再び沈黙。
そして――
「できるかぁぁぁぁぁ!!」
ジャックの叫びが響いた。
「代わりになってねぇ!!」
「なります」
「ならねぇよ!!」
サクラが呆れたように頭を掻く。
「いやまぁ、体には良さそうだけどな」
「サクラさんまでそんなこと言うのか!?」
ジャックが悲鳴を上げる。
イーチコも腕を組みながら頷く。
「発想は嫌いじゃない」
「お前もか!!」
ジャックは本気で涙目だった。
その時だった。
「……やっぱり、おかしい」
静かな声が落ちた。
三人が振り向く。
そこに立っていたのは――
「カスミ……?」
宇良かすみ。
かつての顔見知り。
その表情は、どこか硬い。
「久しぶりですね」
軽く頭を下げる。
だが、いつもの柔らかさがない。
「どうした」
サクラが目を細める。
「なんか、雰囲気違うな」
カスミは少しだけ視線を落とした。
「……最近、教団の様子が変なんです」
「変?」
イーチコが反応する。
「前は、ここまでじゃなかった」
カスミはゆっくりと続ける。
「禁酒って言っても……もっと穏やかで」
「人に押し付けるようなものじゃなかったはずなんです」
「……ああ」
サクラが小さく頷く。
「でも今は違うってか」
「はい」
はっきりと答えた。
「規制が厳しくなって……」
「空気も変わって……」
少しだけ間を置く。
そして――
「“影”が見えてからです」
その言葉に、空気がわずかに揺れた。
「影?」
ジャックが顔を上げる。
「なんだそれ……」
カスミは首を振る。
「分かりません」
「でも……あれを見てから」
「みんな、変わってしまった」
その声には、はっきりとした迷いがあった。
「……なるほどな」
サクラが小さく息を吐く。
「だから、来たのか」
「はい」
カスミは頷いた。
「このままでいいのか、確かめたくて」
ジローは静かにカスミを見据える。
「教えは正しい」
ゆっくりと歩み寄る。
「迷う必要はない」
カスミの前で止まる。
「あなたも、分かっているはずです」
「……いいえ」
カスミは首を横に振った。
はっきりと。
「分からないから、ここにいます」
ジローの目がわずかに細まる。
「ならば――」
静かに手を上げる。
「正しい形に戻すだけです」
空気が張り詰める。
「おい」
サクラが前に出た。
「それ、どういう意味だ」
ジローは答えない。
ただ、カスミを見据える。
「教団の掟に従ってもらいます」
「拒否は認めません」
「……っ」
カスミの表情が強張る。
その瞬間――
「やめとけ」
サクラが一歩踏み込んだ。
ジローの視界に入る。
「……」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
ジローの動きが止まった。
「またかよ」
サクラが呆れたように言う。
「戦闘中に何してんだ」
「違います……!」
ジローが強く言い返す。
だが、視線が揺れている。
「……近づくな」
「無理だな」
サクラはさらに距離を詰める。
「こっち来んなって言われて、来ない理由がねぇ」
「……っ!」
呼吸が乱れる。
足が一歩、引いた。
その隙を、イーチコが横から埋める。
「逃げ場、ないぞ」
「……!」
左右から挟まれる形になる。
ジローの視線が定まらない。
「ち、違う……これは……」
「何がだ」
サクラが覗き込む。
距離が近い。
近すぎる。
「……っ!」
完全に思考が崩れる。
その様子を見て――
カスミが、静かに口を開いた。
「……やっぱり、違う」
ジローが一瞬だけ彼女を見る。
「このやり方は……おかしいです」
「人を縛るのは……違う」
はっきりとした声だった。
迷いのない。
「……」
ジローは、何も言い返せなかった。
ただ、視線を逸らす。
そして――
「……今日は、ここまでです」
低く言い残す。
「またそれかよ」
サクラが呆れる。
「戦術的撤退です」
言い切るが、声は揺れていた。
そのまま背を向ける。
そして――
去った。
静寂が戻る。
「……あいつ、大丈夫か?」
ジャックがぼそりと呟く。
「お前が言うな」
サクラが即答した。
「酢野郎が」
「言い方!!」
カスミは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……決めました」
三人を見る。
「私、教団を離れます」
はっきりとした声だった。
「そっちの方が、いいと思う」
サクラがあっさり言う。
「歓迎するぞ」
イーチコも頷く。
「……ありがとう」
カスミは小さく笑った。
その表情は、少しだけ軽くなっていた。
「まぁいいんじゃねぇの」
サクラは肩をすくめる。
「健康のために、一週間に一、二日くらい休肝日ってやつもな」
「無理だ!!」
ジャックが即答した。
「一日でもキツいのに二日!?」
「それもう禁酒だろ!!」
「極端なんだよお前は」
サクラが呆れたように笑う。
カスミも、小さく吹き出した。
さっきまでの重い空気が、
少しだけ和らいでいた。
(第21話へ続く)
第20話をお読みいただきありがとうございました。
麦茶は健康的ですが、酒好きにはなかなか厳しいようです。
そしてカスミも、新たな一歩を踏み出しました。




