第15話『娘の方がまともだった』
サクラ専用武器の素材――黒泡鉱。
その探索に向かう朝、工房では別の騒動が起きていました。
どうやら、鍛冶師本人より娘の方がしっかりしているようです。
※お酒は20歳になってから。
※お酒を飲んだら乗り物の運転はやめましょう。
※楽しく適量で。
ムギルの町、朝。
まだ日が昇りきらぬ通りには、麦の香りを含んだ風が流れていた。
そんな穏やかな朝をぶち壊すように、一本の怒鳴り声が響く。
「よぉぉし!! 決まりだぁ!!」
ラガーラガーの工房である。
扉の外を歩いていた鳥まで飛び立つほどの大声だった。
工房の中では、マサムネが耳を押さえ、ジャック・ダニルが笑っている。
「朝っぱらから元気だな、おっさん……」
「HAHAHA! これぞドワーフ魂ってやつだ!」
当のラガーラガーは、上機嫌で巨大な木ジョッキを掲げていた。
(第16話へつづく)
「黒泡鉱を取りに行くんだろぉ!? なら話は早ぇ! この俺様も同行してやる!」
「いや、朝から飲んでる奴は戦力に数えねえよ」
「これは景気づけだ!」
「三杯目で景気づけ終わってるだろ」
マサムネが呆れていると――
バァン!!
工房の扉が勢いよく開いた。
「行かせるか、この飲んだくれ親父!!」
小柄な少女が仁王立ちしていた。
茶色がかった髪を後ろで束ね、尖った耳。ドワーフ特有のしっかりした体つきだが、父親ほどごつくはない。瞳はくりっと大きく、愛嬌がある。
だが今は、目つきが怖い。
「イ、イーチコ……」
ラガーラガーの顔色が変わった。
「朝から酒! しかも工房の炉に火も入れてない! 注文の包丁は!? 修理の鍬は!? 積み上がってんだけど!?」
「そ、それは後で――」
「後では昨日も聞いた!」
怒涛だった。
マサムネは思わず姿勢を正した。
「……娘さん?」
「そうだよ。このダメ親父のな」
少女はため息をつき、腰に手を当てた。
「イーチコ。ここの実質責任者」
「娘に責任者やらせてんのかよ」
「親父が責任放棄してるからね」
即答だった。
ジャックが腹を抱えて笑う。
「HAHAHA! こりゃあ嬢ちゃんの方が百倍まともだ!」
「百倍で足りる?」
「千倍だ!」
「わかってるじゃん」
ジャックと妙に息が合っていた。
ラガーラガーは肩を落とし、木ジョッキをそっと置く。
「……娘ってのは、どうしてこう強ぇんだ」
「日頃の行いだよ」
イーチコはそう言うと、マサムネの方を見た。
「で、あんたが例の変なの?」
「誰が変だ」
「酒飲むと女になるって聞いたけど」
「……説明すると長い」
「見ればわかる」
なんとも言えない顔をされた。
だが、どこか嫌味ではない。
「まあいいや。黒泡鉱が必要なんでしょ?」
「お、おう」
「なら親父は置いてく」
「なんでだぁ!?」
「坑道の酒まで飲み干すから」
「そんなことせん!」
「前科三回」
「覚えてやがる……!」
完全に信用がなかった。
イーチコは棚から工具袋を背負い、小さなハンマーと鑑定用のルーペを腰に差した。
「行くならあたしが行く。鉱石の見分けもできるし、採掘道具の扱いも親父より上」
「おい親父より上は言いすぎだろ」
「事実」
ラガーラガーは静かに泣いた。
マサムネは少し笑いながら言った。
「嫌々付き合わせる形なら、無理しなくてもいいぞ?」
その言葉に、イーチコは一瞬だけ目を丸くした。
そしてすぐに視線を逸らす。
「……別に嫌々じゃないし」
「そうか?」
「素材が気になるだけ。あと親父に任せると不安」
「なるほど」
「……あと、あんたらだけでも不安」
「それは否定できねえ」
ジャックが親指を立てた。
「よし! なら決まりだ! 美女と旅だ!」
「誰が美女だ、このタレ目男」
「HAHAHA! 口が強い!」
「黙れ」
マサムネは少し安心した。
この娘がいれば、騒がしい旅でも妙にまとまりそうだった。
ラガーラガーは奥から地図を持ってきた。
「旧坑道は北外れだ。今は使われてねぇが、昔は黒泡鉱が採れた」
「危険は?」
「落盤、魔物、迷路、あとたまに変なキノコ」
「最後だけ妙にゆるいな」
「食うなよ? 三日笑いが止まらなくなる」
「最悪だな」
準備を終え、三人は工房の外へ出た。
マサムネ、ジャック、イーチコ。
見送りに出たラガーラガーが大声で叫ぶ。
「娘ぇぇぇ!! 気をつけろぉぉ!!」
「親父こそ仕事しろぉぉ!!」
「うおぉぉぉ!!」
「泣いてんじゃねえ!」
朝の町に、親子喧嘩が響き渡った。
歩き出しながら、マサムネはぽつりとつぶやく。
「……娘の方がまともだったな」
「今さら気づいた?」
イーチコが鼻で笑う。
その横顔は、どこか少し誇らしげだった。
やがて町を抜け、北の丘を越える。
そこには、大地に口を開けた黒い穴があった。
旧坑道――。
風もないのに、奥から冷たい空気が流れてくる。
ジャックが帽子を押さえた。
「こいつぁ、歓迎されてねぇ空気だな」
イーチコの表情が引き締まる。
「ここから先は冗談抜きだよ」
マサムネも唾を飲み込んだ。
暗い坑道の奥から――
ゴゴ……ン……
何かを叩くような音が、響いた。
第十五話をお読みいただきありがとうございました。
新たに登場したイーチコは、ラガーラガーの娘にして、工房の実質的なまとめ役です。
豪快すぎる父とは対照的に、しっかり者で現実的――けれど酒好きな血筋はしっかり受け継いでいます。
そして物語は、黒泡鉱を求めて旧坑道へ。
次回より、少し冒険色強めで進んでいく予定です。
引き続きお付き合いいただけましたら嬉しいです。




