エピローグ・2 笑顔の別れ
ベッドの上に、白髪の老人が横たわっていた。傍らには老婆が座り、老人の手を握りしめている。
老人は、うつろな瞳で宙を見つめている。そして、うわ言の様に、老婆への愛を囁き始めた。老婆は無言で聞いていたが、不意に笑顔を作り、老人へと語りかけた。
「—―ずっと、私が傍についててあげるわ」
その言葉を聞いて、老人もまた笑みを浮かべ、言った。
「ありがとう、シェリー」
その直後、老人の眼から光が失われた。部屋が静寂に包まれる。呼吸の音は、聞こえない。
突如、老婆の唇が震えた。
「モーゼス……いやよ……置いて……いかないで」
その言葉は弱々しくか細いものだった。老婆の頬を二筋の雫が伝う。そして老婆は老人に抱きつき、声にならない声が、漏れた。
「うぅ…………」
「モーゼス……モーゼス……。ごめんね……モーゼス。笑顔で送ってあげるって……言ったのに……」
――――――
モーゼスの手から力が失われたとき、ついに堪えきれなくなって、私の眼から涙が零れ落ちた。そして、私の心も限界を迎えた。彼に抱きつき、いつまで涙を流したのだろう。
転生神は、また来世で会えると言ったけど、あなたじゃないとだめなの。モーゼス。
モーゼス……。嫌よ。独りにしないで。お願い……。
次に私が気付いたとき、私はモーゼスのお墓の前に居た。きっと、私が埋葬したのだろう。どういうわけか、何も思い出せない。それでもわかることがある。彼は、もうこの世にいないのだ、と。
目の前には、三つのお墓がある。お父さんと、お母さん、そして、モーゼス。この世界に、私は一人、取り残された。かつて四人で暮らした丸太小屋。切り株が並んだお庭。今でも思い出す。まだ私が少女だったころ、愉快なカモメさんと修行に打ち込んだ日々のこと。
家にはもう、誰もいない。
やがて夜が来て、私はそっと灯を消した。
あの人の温もりは、どこ?
広さを増したベッドの上で、私はひとり涙を流し、いつの間にか意識を手放していた。




