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エピローグ・1 懺悔と赦し

いま、目の前には白髪の老婆が眠っている。


俺が人の姿を取り戻してから、あれからもう50年は過ぎた。結局、俺達は子宝には恵まれなかった。おそらくは、カモメから転生し直した、この体が原因だろう。


それでもシェリーは笑って前を向き、ずっと傍にいてくれた。気が付けば、彼女が傍に居るのは当たり前の事になり、いつしか俺にとっては切っても切り離せない存在と化していた。ともに笑い、ともに悲しみ、互いが互いの人生を分け合う。そんな一体感が心強く、寂しさなどとは無縁の日々を送ってきた。


かつての俺は、愛に飢えていたのだろう。カモメになって少しは気が晴れた気がしていた。だがそれは、まやかしだった。シェリーと出会ってからの日々は温かく、喜びに満ち溢れていた。俺の心は、シェリーに救われた。


彼女はどうだったのだろう。転生神によれば、俺達は結ばれる運命にあったそうだが。彼女は、俺と過ごした日々に納得していたのか。こんな一時の気の迷いでカモメ姿に身をやつし、挙句には種を失った男など。


今となっては確かめるすべもない。


今朝、彼女が逝った。いや、正しくは、朝起きたら、彼女は息を引き取った後だった。未だに身体は温かい。だがいずれ、その温もりも消え去るだろう。


なんの予兆も無かった。昨日まで冗談を言い合い、おやすみと言って床に伏した。

今朝もまた、あの笑顔に出会い、新たな日を迎えるはずだった。それなのに。


目の前に眠るシェリーは、相も変わらず美しい。皺は増えたが、そんなことは問題じゃない。烏の濡れ羽のような、美しかった黒髪は、いつしか銀嶺のごとき白色へと姿を変えた。純白の髪を携える彼女の姿は、いつか神域で見せた女神の姿を彷彿とさせるもので、俺は、改めて惚れ直したものだった。彼女は嫌そうだったが、その度に宥めて褒めて、いつしか彼女も自分の白髪を気に入ってくれた。


「シェリー……」


「シェリー、すまない。こんな馬鹿な男に貴重な女性の、シェリーの一生を付き合わせてしまった。俺達は本当に、また出会えるのか。次の生でも、俺はまたバカなことを仕出かすんじゃないか。それでも……俺のことを、また愛してくれるのか」


「ありがとう、シェリー。結局照れくさくて一度も言えなかったが。俺の心はシェリーに救われた。シェリーが居なければ、俺は今頃どうなっていたか。シェリーと過ごした日々は、俺の宝物だ」


「また、来世で会えるのだろう。それでも、シェリーと共に過ごした日々はもう戻らない。俺は、どうすればいい? シェリー……」


そのとき、シェリーの口角が僅かに上がるのが見えた。

錯覚じゃない。確かに――


『モーゼス、ありがとう。聞こえているわ。私も、あなたと過ごした日々は毎日が楽しくて、あなたの愛で心が幸せに満たされていたわ。だから、そんなに悲しまないで。きっと、また会える。今度は私がお姉さんよ。必ず見つけてあげるわ。あなたは独りじゃない。ずっと、私が傍についててあげるわ』


声は聞こえない。それでも、頭の奥にシェリーが語りかけてきたのだ。最後の最後まで、俺の心配をしてくれるのか。叶わないな。これが心の伴侶というものか。シェリーに心配ばかりさせてはいられない。笑顔で見送るのが夫の務めだ。


俺は、両眼から溢れる熱いものにも構わず、どうにかして笑顔を装い、告げた。


「ありがとう、シェリー」

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