終幕 カモメ賢者と黒髪の少女
ここは北の果て。人類最北の街エルナヴから程よく離れた森の中。無数の切り株に囲まれた丸太小屋から、老婆が一人、姿を現わした。
北に聳える山の上には太陽が浮かぶ。白い光に照らされて、老婆は小屋の傍らの墓地へと歩みを進めた。その手には、一冊の本が握られている。三つが並ぶ墓のうち、右手の墓の目前で老婆は膝をつき、おもむろに口を開いた。
「ねえ、モーゼス。聞こえるかしら。今日はね、あなたに伝えたいことがあるの」
老婆の顔には、柔らかな微笑が浮かんでいる。墓に向かって本を差し出すと、老婆はふたたび言葉を紡ぎ始めた。
「覚えてる? あなたはまだカモメさんで、私はただの少女だった頃のこと。人に戻ったあなたと過ごした日々も素敵だったわ。でも、あなたのことを思い返すたび、心に浮かぶのは……生まれて初めて旅に出て、期待と不安を胸に抱いて過ごした日々のこと。今振り返れば、あっという間だったわね。でも、カモメの姿のあなたは、頼もしかったけどやっぱり可愛くて。時には恋人が、時には子供が出来たような気がして……楽しかったわね。あの頃のこと、頑張って思い出して、本を書いてみたの。あなたの気持ちはこうだったかしら……。きっと、そうね。だから……だから、これでいつでもあなたに会える。来世でも、きっと…‥」
老婆の手にした本。
その表紙には、題目が刻まれている。
”カモメ賢者と黒髪の少女”
「そうそう、思い出したわ。モーゼスあなた、ずっと不思議がってたわね。『心の声がバレてる』って。人の姿に戻ってからは無くなったけど、カモメの頃のあなたの声は、ずっと聞こえてたのよ。ここで、ね」
そう言うと、老婆は人差し指で自身の胸をトンと叩いた。
ぽよん。
― Fin. —




