第88話 真の番
「モーゼス、油断してはダメ。
サイラ=コロニアは本気で来るわ」
転生神サイラ=コロニアの試練。
てっきり俺は八百長かと気を抜いていたが、
シェリーは雰囲気で何かを感じ取ったか。
流石は剣聖の娘。
これは一本取られたな。
槍を構えて純白の髪をなびかせるシェリー。
その姿は、もはや神話に出て来そうなほどの神々しさを纏っていた。
対する転生神—―こちらも見た目はシェリーだが――は不敵に笑う。
「ほう。
我の本気を感じ取るとはやるではないか。
そこの俗物とは違うようだ」
俗物とか言われたよ、俺……。
ロリコムの爺さんだって言ってたじゃないか。
男がピチピチギャルを目指して、何が悪いってんだよ。
いくぜ!
風障壁
まずは防御魔法だ。
シェリーが怪我したら元も子もないからな。
彼女を守るのは、俺の役目だ。
同時に自分にもかけておく。
叡者とまで称された俺の実力をもってすれば、この程度は造作もないことだ。
魔法が掛かるや否や、シェリーの突きが偽シェリーの脇腹へと向かう。
だが、偽シェリーは思わず目を疑う動きで躱してみせた。
脇腹の肉が不自然に横へとスライドし、槍の分だけ脇を凹ませたのだ。
「なんだ、今のは!?」
「フフフ。
これこそが、我が高次世界の存在たる所以。
お主らでは我に触れることすら出来ん――」
「ハーコック流奥義、サウザンドピークス!」
偽シェリーの目前に無数の穂先が現れた。
無論これらは光魔法と土魔法の混合技。
まやかしなどではない、無数の槍が偽シェリーを襲う。
いや、しかし。
偽シェリーはその全てを掌で受け止めてみせた。
そして、微かな鈍い音を伴う必殺の突きも、首を傾け寸でのところで躱している。
いや、偽シェリーって、シェリーの眼には俺の姿が映ってるんだよな。
なんでそんなに迷いのない一撃が放てるんだ?
しかも、顔に……。
「モーゼス、今よ!」
お、おう。
分かってる、任せろ!
水鉄砲
手前にかざした俺の掌から、顔をめがけて水流が放たれ、偽シェリーを濡らしにかかった。
だが、偽シェリーは事も無げに首を傾け避けてみせた。
「ちょっと、何やってるのよ!
水鉄砲なんか出して、もう。
真面目にやってよね」
「いや、そうなんだが。
でも、シェリーに向かって高圧水とか飛ばせるわけないだろ?」
「アレは私じゃないわ。
遠慮してはダメよ!」
「そうだな。
ここは心を鬼にして、これだ!」
目前に拳大の水球が現れ、サイラ=コロニアめがけてフワフワと浮遊を始める。
「気化衝弾!
今度は本気ね。
でも、どうやって当て――」
「フハハハハ。
なんじゃ、その水玉は。
避けるまでも無い」
そう来ると思ったぜ。
でも、これは気化衝弾じゃないんだ。
ごめん、シェリー。
やっぱり全力は出せない。
その代わり、これなら……。
水球が目前に迫ったそのとき、偽シェリーは表情も変えずに手を払った。
だが、その手が水球を叩き落す瞬間、
鍛鋼を打ったかのような甲高い音が周囲に鳴り響く。
同時に水と……衣服がはじけ飛ぶのが見える。
やったか!?
――――――
音爆弾の破裂で巻き上がった水煙が徐々に落ち着いてきた。
破裂の中心には、偽シェリーが仁王立ちしている。
一糸纏わぬ姿で……。
そのあまりの神々しさに、俺は思わず息を飲んだ。
「モ、モーゼス。
なにやってんのよ……」
傍らからシェリーの声が聞こえた。
その声色は、微かな震えを帯びている。
ふと目を向けると、両手で顔を覆い、小声で悲鳴を上げるシェリーがいた。
だが俺は見逃さない。
指の隙間から両眼が覗いていることを。
そうか、シェリーの眼に映る転生神の姿は俺だったか。
「—―って、モーゼスには私の姿が、見え……てる…‥の?」
シェリーの顔が瞬く間に赤みを増してゆく。
同時に掌も顔色に同調するのが見える。
純白の髪を纏い、肌を真っ赤に染め上げたシェリーは、
高貴な砂糖菓子を彷彿させる。
美しい……。
シェリーの姿に言葉を失い見惚れていると、
!!!
突如、頬に衝撃が走った。
「モーゼスの、えっち!」
なんで!?
なんで俺は、いつもこんな目に――
「フハハハハ。
よかろう、合格じゃ!」
俺達の仲間割れを止めるかの如く、サイラ=コロニアの声が響き渡った。
俺とシェリーは思わず振り向き、声の主へと目線を向ける。
「ちょ、ちょっと。
そんなことより服着なさいよ!」
「ん? 目のやり場に困るとな?
ふーむ。よかろう」
偽シェリーが指をパチンと鳴らすと、その身体から眩い光が放たれた。
閃光が治まると、そこには純白のローブを身につけたシェリ――いや、神がいた。
「よくやった、シェリサンドリカよ。
お主はこれまで、甲斐甲斐しくカモメの世話を焼いてきた。
それは、美しいことじゃ。
じゃが、これからのお主らは、人間の夫婦として暮らすのじゃ。
いつまでも夫を甘やかしてばかりではいかん。
時にはそうやって、夫を諫めることも大事な妻の務めなのじゃ」
……。
なんか尤もらしいこと言ってるけど、これは違うんじゃ……。
コイツ、本当に神なのか?
もしかして、アレスが化けてるんじゃ――
「聞こえておるぞ。
まったく、番の少女はこんなに健気で素直じゃというのに。
まことにけしからん奴じゃな、お主は」
やべぇ……ってか、ずっと心の声、聞こえてたのか?
「ずっとじゃ。
じゃが、まあよい。
その、神をも恐れぬ胆力は、お主の良いところじゃ。
これからも、お主は番の片割れとして伴侶を守るのじゃぞ。
さあ、近う寄れ」
そう言うと、転生神は両手を広げて頭上に掲げた。
思わず傍らのシェリーを見やると、彼女もまたこちらに目を向けたところだった。
一寸の間だけ見つめ合うと、彼女は微笑み俺の手を取った。
繋いだ手から伝わるシェリーの柔らかさが、俺の心を優しく包み込む。
これが、番になるということか。
「モーゼス、行きましょう?」
「ああ、シェリー」




