第86話 叡者が賢者に戻る刻
転生神サイラ=コロニア。
やはり、居るのか。
ピチピチギャルを指定したのに俺をカモメに転生させやがった、けしからん奴だ。
とは言え、そのおかげでシェリーに会えたわけだが……まてよ。
さっき、ミルコロンは『俺達を結び付けるため』って言ってたよな。
てことは、俺がカモメになったのもそこが関係してるのか?
「何黙ってるのよ」
俺の思考を遮ったのは、ミルコロンの放った一言だった。
「サイラ=コロニア様の所に行くわよ。
気になることがあるなら、聞いてみれば良いわ。
さあ、乗って」
そう言うと、ミルコロンは地面に座り込んだ。
これは……コイツ、意外と良い奴なのか?
少なくとも、悪意は感じられない。
それどころか、妙に親切だな。
そのとき、俺の肩に触れるものがあった。
手だ、シェリーの。
「モーゼス、行きましょう?」
振り返ると、シェリーがほのかな笑みを浮かべて俺を見つめていた。
その眼差しは純白の髪に彩られ、
心の奥に春風が吹き抜けたかのような錯覚を覚えさせる。
美しい。
なんだろう、今日のシェリーはいつにも増して神々しく、
それでいて可愛く見えるんだが……。
いや、見惚れてる場合じゃない。
「そうだな」
俺はそう応えると、ミルコロンの背に跨った。
間髪置かずにシェリーも続く。
俺の、前だな。
「モーゼス、しっかり私を支えてね」
もちろんだ。
俺は無言で頷くと、シェリーの両脇から手を伸ばし、ミルコロンの鬣を握った。
一拍置いてミルコロンは立ち上がり、草原の彼方へ向かって駆け始めた。
俺は今、ミルコロンの背の上でシェリーと密着している。
それはつまり……。
男としての、試練の始まりだ。
俺の胸から腰に掛けて密着したシェリーの背は、
何とも形容しがたい柔らかさを感じさせる。
そして純白の髪は風になびき、香しい匂いが俺の鼻腔を刺激する。
マズい。
このままでは俺の男が……。
こんな時こそ瞑想だ。
叡者なんて気取ってる場合じゃない。
賢者を取り戻せ!
むむむ……カモメが一羽、カモメが二羽、カモメが…………。
俺の脳内に百羽を超えるカモメが降臨した頃、
草原の彼方に白い建物が見えてきた。
あの建物、既視感があるな。
……ノエリア学術院か。
なるほど。
神域へと辿り着いたのはエンシェルム律法府だけかと思ってたが、学術院もまた届いてたのか。
だとすると、アステロン魔法大学もまた、世界の真理の一端を捉えていたのだろうか。
そうだとしても、不思議ではない。
もっとも、その兆候は見られなかったが……。
「さあ、着いたわよ。
ここからは降りてちょうだい。
サイラ=コロニア様がお待ちよ」
ミルコロンに促され、俺達は柱の間を通り抜けた。
って、あれ?
ミルコロンは、付いてこないのか?
「私の役目はここまでよ。
ここから先、あなた達の幸運を祈ってるわ」
ふむ。
なんか優しい奴だな。
第一印象は最悪だったが、そうでもなかったのか。
しかし、『幸運を祈る』とはこれいかに。
この先に、何かの試練が待ってるのか……。
神殿の奥へと歩みを進めると、ある点を境に急激な浮遊感を覚えた。
続いて意識が遠のき、次に意識を取り戻すと、目の前にはシェリーが立ち、こちらを見据えていた。
「よく来た、哀れな子羊たちよ」
シェリー?
なんか、変だな。
そこで何者かに手を引かれ気付いた。
隣にもシェリーが居る。
これは……どういうことだ?
「ねえ、モーゼス。
目の前のモーゼスは、誰?」
ん?
シェリーの目の前には俺が見えてる?
俺の目の前にはシェリーが見えるんだが、はて。
俺達の目には、別別の存在が見えている?
「ふふふ。
我は高次世界の存在。
お主らでは、真の姿を捉えることは叶わん。
今は、主らの心に共鳴してふさわしい姿を見せておるのだ」
目の前のシェリーが、またしても尊大な口をきいている。
そもそも、心に共鳴?
何言ってんだ、コイツ?
やっぱりコイツはシェリーじゃない。
これが、サイラ=コロニアか。
まあいい。
それならそれで、話は早い。
さっそく聞いてみるか。
「お前が、転生神サイラ=コロニアなのか?」
「いかにも。
我こそはサイラ=コロニアである」
俺のぞんざいな物言いに眉一つ動かさず、
目の前のシェリーの姿をした何かは自ら神を名乗ってきた。
ふむ。
ミルコロンもああいってたし、コイツが転生神なのは、間違いなさそうだ。
それなら、早速聞いてみるか。
「なあ、聞きたいことがあるんだ。
シェリーにかかってたヒキガエルの呪い、
ミルコロンは俺達を結び付けるためだって言ってたけど、
俺がカモメになったことと、関係はあるのか?
そもそも、なんでカモメに転生したんだ?
あとは、なぜ結びつける必要があったんだ?」
俺は矢継ぎ早に疑問を投げかけた。
サイラ=コロニアの口が開かれるのが見える。
「ふむ。
三つも質問を並べるとは欲張りな奴じゃ。
まあよい。答えてしんぜよう。
先ずはヒキガエルの呪いとカモメ転生じゃな。
関係は、ある。
どちらもお主らを結び付けるためじゃ。
次に、カモメになった理由じゃが、
それは単にそこの娘がカモメ好きだったからじゃな。
そして最後の質問じゃが…‥ふむ。
まあ、良かろう。
それは、おぬしらがすでに魂で結ばれていたからじゃ。
本来であれば、お主、かつてのルカーヴ・トレインは、
シェリサンドリカ・ヴェルナードと結ばれる運命にあった。
つまり、ティシア・ローメリクに振られて失意のお主は北へ向かい、
シェリサンドリカと出会って守護者になり、
ゆくゆくは結ばれる運命にあったのじゃ。
だというのに、
あろうことかお主はピチピチギャルになりたいなどと言い、
転生術を発動したのじゃ。
このバカモン!
そんなことをしたら、
せっかく育んだ少女との絆が切れてしまうであろう。
おぬしらの絆、魂の結びつきは、
既に神界の近くまで達しておったのじゃ。
それは尊いものじゃ。
それを捨てるなんて、とんでもないことじゃ。
その歪みを無理やり正すために、
おぬしはカモメの姿を与えられたのじゃ」
……。
はあ?




