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第85話 赤い糸

いつまでそうしていたのだろう。

俺は、シェリーと唇を重ね、彼女と出会ってから今までを振り返っていた。

最初はただの少女だった。

いや、美少女だな。

あまりの眩しさに、彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

ただそれだけだった、はずだ。


だが、彼女に魔法を教える日々を経て。

ふとした拍子に、女性への成長を幾度も感じて。

いつしか年甲斐もなく、目の前の少女に心を吸い寄せられていった。

そんな自分が恥ずかしくて、俺の想いは墓まで持って行こうと思っていたのに、転機が訪れてしまった。


俺が初めて人の姿を取り戻したとき、シェリーの恋心を確信した。

そしてまた、シェリーが垣間見せた未来の姿は、俺の心を。

少女に惚れた俺の心を自ら受け入れるには十分だった。

エリュナもずっと後押ししてきたしな。


――――――


唇を、離した。

眼を開くと、シェリーが俺を見つめていた。

美しい瞳だ。

見惚(みと)れていると、シェリーがはにかみ、囁く様に話し始めた。


「久しぶりね、キスしたの。

 嬉しかった。

 ホントはもっとしてたいけど……」


「ああ、ここは神域だ。

 早く用事を済ませて戻らないとな」


そう言って辺りを見渡すと、俺たちの周囲に何かが散らばっているのが見える。

シェリーも気付いたようだ。


「あれは……水晶か?

 なんでまたこんなところに?」


二人して首を傾げていると、草むらの影から何かが姿を現した。

白馬、じゃなくてロバか?

そして額にツノが生えてる。

一角獣(ユニコーン)

いや、コイツは…。


「「あぁー!」」


幻戯獣ミルコロン!


「てめえ」「アンタたちは」


俺は咄嗟に掌を向けた。

(ヒート)—―


「待って待って!」


ミルコロンは慌てた様子でそう叫ぶと素早く後退(あとずさ)り、

尻尾を左右に振り回し始めた。


「私は敵じゃないわ」


「でも、てめえはシェリーに――」


「まって、モーゼス。

 話を聞きましょう」


シェリーが間に割って入ってきた。

むう。

仕方ない。

シェリーがそう言うなら。


俺は、前にかざした手を下ろし、話を聞くことにした。


「そうそう。そっちの少女はよく分かってるじゃない。

 物わかりのいい子は、好きよアタシ」


……やっぱりムカついてきた。

こんなヤツ、やっぱり吹っ飛ばして――


手を再び上げかけると、シェリーが制してきた。


「(ダメよ、モーゼス)」


小声で言うと、小さく(かぶり)を振るシェリー。

なぜシェリーはコイツを守ろうとするのか。


――――――


どういうわけか、シェリーはミルコロンを庇うそぶりを見せた。

その行動に困惑していると、今度はミルコロンから言葉が発せられた。


「あちゃー、やっぱり砕けてるじゃない。

 あなた達ね、やったのは」


「何のことだ?」


ミルコロンは首を下げ、鼻先を地面に向けた。

鼻の指す先には水晶の破片が転がっている。


「これはね、位相の裂け目を塞いでたのよ。

 そこから魔力が漏れてたから、私が直したの」


魔力が漏れる?

だとすると、シェリーの黒髪はここから神域の魔力を吸い上げてたのか?

それなら俺達がこの場所に転移したことも辻褄が合う気はするが……。

もう少し聞いてみるか。


「それは、いつの話だ?」


「ん~。

 難しい質問ね。

 神域(ここ)って、あなた達の世界とは時間の流れが違うというか、

 そもそも関係ないのよね」


???

何言ってんだ、コイツ。


「どういうことだ?」


「そうね……。

 平たく言うとあなた達の世界の、未来も過去も見えるし、干渉も出来るのよ。

 ここの時間と向こうの時間は関係ないから」


なるほど。

今まさにこの瞬間、神域(ここ)でも時間は流れてる。

それは間違いなさそうだ。

でもそれは、現実世界とは関係ない、と。

矛盾は見当たらないが、そんなことあり得るのか……?


さらなる思考の深みへと意識が潜りかけた時、ふいに手が握られた。

シェリーだ。

掌から伝わる繊細な感触が、(たか)ぶる心に安らぎを与えてくれる。

平常心を取り戻した俺は、素直な気持ちを口にしていた。


「分かったような分からないような……」


俺の言葉にミルコロンは目を伏せると、小さく頷き言葉を続けた。


「理解できないのも無理はないわ。

 でも、それが直交世界というものよ」


直交世界、か。

ティシアの理論では空間が直交してるって話だったが、

時間についての言及は無かった。

時間も、直交してるのか。


「ふうむ。

 でも、だとすると……。

 お前は向こうの世界のどの時間に干渉するかを選べる。

 ってことであってるか?」


「そうそう、そういうことよ」


ミルコロンは、先ほどよりも大きく首を振り始めた。

身体表現の豊かな奴だな。

だがまあ、見た目はロバだし仕方ないか。


「なるほど。

 で、その魔力の漏れを直したって言うのは、

 向こうの時間だといつくらいになるんだ?」


「そうねぇ。

 アレは確か、一年くらい前なんじゃかしら」


「一年前って……、シェリーの魔力が減ったのもその頃だったよな。

 てことは……やっぱりお前が元凶か」


思わず言葉を荒らげると、ミルコロンは再び後退(あとずさ)った。


「待った待った。

 私は敵じゃないって言ってるじゃない」


そう訴えるヤツの眼は、心なしか潤んで見える。

昔の印象とは裏腹に、案外平和的なのか?

だがしかし、


「その割にはシェリーをヒキガエルにしようとしてたよな?」


――――――


()()()を問い詰めると、ミルコロンの目線は徐々に上へと向かい始めた。

(しばら)くの(のち)、ゆっくりと頭を横に振りながらヤツは答えた。


「んー。それはそれ、ってやつよ」


何言ってんだ、こいつ?

そんな答えで納得できるとでも思ってるのか。


心の棘が立ち上がりかけたその時、再びシェリーの手に力が込められた。

繋いだ手から伝わる感触は優しく柔らかく、でも奥には強い芯を感じる。

シェリーが、落ち着けと言っている。

これではどちらが年上か、分かったものではない。


気が付けば、俺の心は再び平静を取り戻していた。

そして、俺の様子を見計らったかのように、ミルコロンは再び言葉を繋いできた。


「向こうの世界では、あなたはそれを阻止したでしょう?

 それもまた、分かっていたことなの」


「うーん……。

 仮にそうだったとして、何のためにそんなことを?」


俺の口から洩れたのは、またしても率直な疑問だった。

そりゃあそうだ。

こんな話、急に聞かされてもハイそうですかと納得できるわけがない。

だが、続くヤツの言葉は更なる疑問を呼び起こすものだった。


「それは、あなた達を結び付けるためよ」


「……そりゃどうも。

 でも、それまた何のために?」


終わりの見えない問答に、ヤツもいい加減疲れてきたのか。

それとも俺は、ついに核心を突いたのか。

ヤツは小さくため息をつき、天を見上げて何かを考え込んだ(のち)、どこかおどけた口調で話し始めた。


「んー、この話はしてしまっても良いのかしら……。

 ちょっと私じゃ判断できないから、

 サイラ=コロニア様のところで聞いてみましょうか」

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