第83話 いざ、神域へ
帰還の日から三ヶ月。
俺は来る日も修行に精を出していた。
シェリーもまた、胸からの魔力供給の修練を重ねていたようだ。
結局修練の中身は分からずじまいだったが、
世の中には知らなくても良いことは多分にある。
これもきっと、そのうちの一つに違いない。
さらにもう一つ。
シェリは18歳の誕生日を迎えた。
家の周りを雪の壁に囲まれた、ある日のことだった。
その日は勿論皆で盛大なお祝いをした。
そして今日。
一年の中で最も夜が長い日に—―
もっともこの時期の北の地では、
太陽が姿を見せる日など無いのだが
――ついにその時は訪れた。
俺とシェリー、アレスにエリュナ、そして育ての母アストリッドの五人は小屋の外に集まり、立って皆で空を見上げていた。
まあ、俺はカモメだから随分目線は低いんだが。
――――――
真っ黒な闇に煌く星々。
その煌きから俺達を守るかのように、天頂から降り注ぐ極光。
しかも、いつもの緑ではない。
青でもない。
桃色の光が闇夜の空を上書きしていた。
「今日の光は特別ね。
まるで、シェリーとモーゼスを祝福してるみたい」
エリュナだ。
時折り未来が見えるという彼女—―いや、母だったな、義理の。
またもや何かが見えたのだろうか。
「そうさね。
この色の極光は珍しい。
しかも、滅多に見ない強さだ。
二人の未来を象徴してるようにも思えるね」
育ての母、アストリッドも似たようなことを言う。
女の、勘ってやつなのか?
「そうだな。
俺にも見える。
モーゼスが人の姿を取り戻す未来がな」
……。
アレス、後から慌てて言葉を合わせただろう。
なんでお前だけ妙に具体的なんだよ。
男の勘ほど当てにならないものはない。
お前のせいで失敗したら、どうしてくれるんだ。
余計な事言いやがって、まったく。
「でも、そうね。
お母さんたちの言うことだし……
私もそんな気がしてきたわ」
うん。
シェリーはよく分かってるな。
娘に無視され父が寂しげな表情を浮かべているが、
知ったことではない。
準備は整った。
始めるか。
そう思うと同時にシェリーが紙と小瓶を差し出してきた。
同じ瞬間に、同じことを思う。
俺達は、もはや互いが互いの一部と化したと言っても過言ではないだろう。
この俺達の癒着を誰が剥がせようというものか。
たとえ神であってももはや手出しは出来まい。
俺は、生きる。
目の前の、少女とともに。
「シェ「モーゼス」
声が被った――いよいよ共鳴してきたか。
「いよいよね。
あなたが私の呪いを解いてくれた日のこと、
今でも覚えているわ。
そして今日、あなたも呪いから解き放たれる。
私にも見えるの。
あなたが優しく抱きしめてくれる未来が」
その言葉に引き続き、シェリーは小瓶の蓋を引き抜いた。
魔力材の世話になるのは、今日で最後だ。
いくぜ。
――――――
魔力材を呷り、魔法陣に魔力を注ぎ込む。
全身が光に包まれ、浮遊感とともに一瞬意識が遠のいた。
だが即座に意識は帰還し、身体の感覚を取り戻す。
すかさず俺は、シェリーの頭を胸に抱いた。
シェリーの両手も俺の背中へと回る。
腹に伝わる感触は特段柔かく、俺の男を呼び起こ――痛たた!
ちょっと、シェリーさん。
背骨! 折れるから!
腕に力を込めないで!
「ちょっと……何考えてるのよ」
胸元から聞こえるその声は、地の底から這い出るかの如く、
低く、重たい響きで放たれた。
「いや、その、これは……」
「これは?」
マズいな。
つい身体が反応してしまった。
本意ではないんだが……。
いや、この期に及んでは言い訳など逆効果だ。
押し通す!
「俺の、気合いだ。
男はな、本気になると全身が固くなるんだ」
「ホントのこと、言ってる?」
やっぱり無理か。
まあいい。
そんなことよりこの勢いで、今度こそいくぜ!
俺は目を伏せ集中し、シェリーの黒髪を魔力で覆ってゆく。
同時に頭に保護魔法を展開する。
あとは……
来た!
腹のあたりから、シェリーの女性を通じて力が送られてくる。
《《それ》》は瞬時に全身に浸透し、俺に更なる力を与えてくれる。
ここだ。
もう一息!
――――――
いつの間にか俺の意識は薄れ、次の瞬間には再び覚醒していた。
身体の感覚は、変わらない。
俺の体は人間のままだ。
シェリーもまた、俺を抱きしめている。
目を開けずともわかる。
腹に伝わる感触はさっきと同じ、シェリーのものだ。
ゆっくり瞼を開け、俺にの目に飛び込んできたのは――
衝撃的な、シェリーの姿だった。
「シェリー、それは……?」




