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第79話 カモメ達は北へ

まばゆい夏が役目を終え、一足先に空気が秋の訪れを知らせる中。

交易船は、右舷に見据える陸地に沿ってただひたすらに北へと向かう。

霞んだ空気の向こうには、(おか)にそびえる山々が見える。

それらは険しく、白銀の帽子に彩られた山頭が威厳を醸し出す。

(ごと)に新たな山嶺と巡り合い、その都度帽子は存在感を増してゆく。

そんなある日の朝、いつものようにカモメ一行は甲板(こうはん)上に姿を現わした。

そして、岸向こうに鎮座する、白色の巨壁と対面した。


「うわぁ、何あれ? すごい」


黒髪の少女が感嘆の声を漏らすと、その左肩に乗るカモメが言葉を重ねた。


「あれは……大氷壁か。

 ということは、道程の七割は終えたか。

 (ふるさと)までは、あと一週間くらいだな」


――――――


思えば長旅を続けてきた。

全ては(カモメ)が人間に戻る、その方法を探すため。

そのはずが、巡り巡って家に帰り、シェリーの生家で人間に戻る、か。

そうだと良いが、さすがに出来過ぎか?


でも、もしそうなるとすれば、

俺たちがこの旅で得たものは何だったのだろう。

シェリーと一緒に旅した時間、育んだ絆、そして愛。

愛……か。


俺達の間に、真の愛はあるのだろうか。

カモメと人間――どう考えても(いびつ)な関係だ。

肉体関係は、無い。

いや、キスはしたか。

でもそれだけだ。


そんな不完全な関係。

だからこそ、そこで生まれた愛は本物なのか。

そもそも、愛とはなんだ。

俺はただ、シェリーが笑って傍に居てくれたなら—―


シェリーと出会ってから今日まで。

俺達はともに過ごしてきた。

出会った頃の、あどけない少女の面影は薄れ、今となっては逞しさすら感じさせる黒髪の美少女。

その姿は、かつてシェリーを呪いから救った日、あの日垣間見た未来の姿を彷彿させる。

あの瞬間、俺はこの少女に恋をした。

そうだった。


シェリーはどうなんだろう。

あの時、シェリーもまた恋に落ちたのだろうか。

だが、人間に戻ったのは数える程度。

シェリーと共に過ごしてきたのは、ただのカモメだ。


それなのに、なぜシェリーはここまで俺を愛してくれるのか。

今ここに至っては、ペットに向けるそれとは次元が異なる事は分かる。


考えても埒が明かない。

聞いてみるか。


「なあ、シェリー。

 旅立ちから今日まで、シェリーはずっと俺を側に置いてくれて、

 それで、いつでも世話を焼いて……。

 ありがとう、シェリー。

 感謝してる」


「え? どうしたの? 急に」


シェリーは僅かに首を振り、肩に乗る(カモメ)へと目線を向けてきた。


「いや、ふと思ったんだ。

 なんでシェリーは、カモメの俺にそこまで良くしてくれるんだろうって」


「うーん、そうね……」


シェリーの目線が今度は上へと向かう。

一呼吸おいて、その口は開かれた。


「何となく、かしら」


「何となく?」


思わず聞き返した(カモメ)の背に、シェリーの掌が添えられた。

再び目線を俺へと戻し、シェリーは続ける。


「うん。ただ、目の前のカモメさんを見てたら、ね。

 モーゼスは可愛いし、あなたが傍に居てくれるから、私は寂しくないの。

 何があっても、あなたは私の傍に居てくれるでしょう?」


何があっても、か。

そうだな。


「勿論さ、シェリー」


俺の答えにシェリーが目を細めるのが見える。


「ふふっ。だから、私もあなたの傍に居てあげるの。

 それじゃ、だめ?」


そう言ってはにかむシェリーの顔は、この世で最も美しく、尊いものに感じられた。

気が付けば、俺の口から自然と言葉が零れていた。


「いや、ありがとう。

 愛してるよ、シェリー」


「私もよ、モーゼス」


傍に聞こえるシェリーの声は、暖炉の熱を彷彿とさせる、温かみを感じさせるものだった。


――――――


あのまま(しばら)く俺達は、甲板(こうはん)上に立ち、あたかも海から(そび)え立つかのような北の山々を無言で眺めていた。

右前方には、いまだ無数の山嶺が果てなく続く。

だが、その先には帰るべき家がある。

旅の終わりは近い。


「このもどかしい関係も、もうじき終わる。

 俺は、人間に戻る。

 そしたら、俺は男として――」


シェリーを愛することが出来る。


俺は思わずシェリーと迎える()()時を想像してしまった。

まずいな。

俺が求めてるのはそういうことじゃないんだが。


ん?

なんか、シェリーの顔が赤みを帯びてきたような……。


「モーゼスの、えっち……」


バレてる?

なんで!?


「え? いや、その……」


その時、シェリーが俺を持ち上げ、胸元に抱いてきた。

俺の体は柔らかいものに包まれ、遅れてほのかな熱が伝わってくる。

そして、匂い。

俺の五感がシェリーで満たされ、まるで巣に帰ったかのような安堵感が沸き上がる。

シェリーの心音は、いつもより早い。


「でも、いいよ。 モーゼスなら。

 だから、かならず……人に戻って。

 ね?」


頭上から聞こえるその声は、鈴の音かと錯覚させる。

心に深く響き渡る、美しい声だ。

俺は、シェリーと添い遂げたい。


「そうだな。任せてくれ」

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