第78話 カモメのきもち
「よし、帰ろう。俺達の、家に」
「ホントに? やったぁ」
俺の言葉にシェリーが飛び上がって喜んだ。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
そりゃあそうだ。
一年半の長きに渡る旅路。
始めて両親と離れて過ごして、ずっと会いたかったに違いない。
なのに一度も口にしなかった。
それは、俺のためだろう。
元々俺の都合で始まった旅だ。
シェリーが弱音を零したならば、俺はきっと、心の逃げ場を失っていただろう。
彼女は、湧き上がる弱音をその都度胸の奥に沈めてきたのだ。
すべては俺のため。
未だ18歳に満たない少女にそんな気遣いをさせてしまったことへの申し訳なさ。
そこまで愛されてることへの充足感。
相いれない二つの感情が衝突した。
そして――
言葉にできない、あたたかな感情が胸の奥から湧いてきて、心を埋め尽くしてゆく。
これが、愛おしさというものか。
俺は、シェリーに幸せになって欲しい。
そして、それを叶えられるのはきっと、俺だけだ。
「どうしたの、モーゼス?」
「あ、ああ。何でもない。
久しぶり……だもんな、帰るの。
住み慣れた土地だ。
シェリーだって嬉しいよな。
それに俺も、久しぶりに雪が見たい」
「そうね……。
でも実はね、お母さんの手紙にも書いてあったの。
一度、顔を見せに帰ってらっしゃいって。
だからかな、私もちょうど帰りたいなって思ったところだったの」
ずっと、とは言わないか……。
まあいい。
隠してるのを無理に暴くのは野暮というものだ。
気付かなかったことにしよう。
それにしても、アレスだけじゃなくエリュナも言ってたのか。
これはもう、世界の全てが北に帰れと言っているようなものだろう。
まずは、帰るか。
とは言え、
「次に会う時はシェリーの夫だ」
などと言って別れておいて、どんな顔をして戻ればいいのか。
いや、カモメの顔か。
カモメの顔はポーカーフェイスだ。
それに、その時は近づいている。
ちょっとくらい順番が前後しても構やしないだろう。
「ここを経つなら、魔力材をたくさん用意しないとね。
あと、数日待ってくれる?」
俺を現実に引き戻したのはティシアだった。
そして、先回りして魔力材のことに触れてくれる。
女は時に、良いエスパーだ。
ここは素直に甘えさせてもらおう。
「もちろんだ。
助かるよ、ティシア」
――――――
今、俺はソファの上に居た。
傍らにはシェリー。
ローテーブルを挟み、向かいにはティシア。
俺はカモメ座りだ。
母は「アタシゃ先に休ませてもらうよ」などと言ってリビングから立ち去った。
母さんとティシア、二人の間にもはやわだかまりは感じられない。
単純に、若者たちに気を遣ったのだろうか。
確かに俺も、母さんの前ではしにくい話とかあるしな。
っと。
二人の会話が着地したか。
今度は俺の番だ。
せっかくだし、ずっと気になってたこと、聞いてみるか。
「そういえばティシア、あれから浮いた話は無かったのか?」
俺の言葉にティシアは眉根を寄せ、片手を頬に当てた。
目線は上へと向かい、ため息とともに言葉が漏れてきた。
「無いのよねぇ、それが」
意外だな。
派手さはないが、素朴な美人で性格も良い。
すぐに相手は見つかりそうなもんだが……
「そうか、ティシアだったら引く手数多かと思ったが――痛てっ」
羽根引っ張られた。
シェリーか。
「モーゼス、私の前で言うことじゃないでしょう?」
首を回してシェリーを見ると、頬を膨らましている。
ハムスターみたいで可愛い……じゃなくて、
「そ、そうだな」
その時、今度はティシアの笑い声が聞こえた。
「ふふふ。
いいのよ、シェリーちゃん。
あなた達のおかげで、未練はもう消え去ったわ。
だから、モーゼスには好きに言わせておけばいいの」
え? それはそれで悲しい――痛たた。
シェリーさん、羽根引っ張らないで!?
思っただけなのに、ちょっと勘が良すぎないか?
「シェリー、悪かった。
勘弁してくれ。
シェリーが可愛いのは世界の真理だ。
だから、言わなくても伝わるかなって――」
「ふふっ。
ありがと、モーゼス。
でも、そういうのはちゃんと口に出してくれないと、ね☆」
シェリーが微笑み、ウインクしてきた。
どうにか機嫌は取れたようだ。
しかし……翻弄されてるな、俺は。
ティシアの笑い声が一層大きくなり、つられてシェリーもまた笑い始める。
愉快な声に包まれて、リビングには一層和やかな空気が漂い始めた。
俺は、道化か。
だがそれも悪くはない。
俺は、まるで焚火の前に居るかのような心地良さを感じていた。
――――――
今度の旅は、ティシアが船を手配してくれた。
今から馬車で一旦南下し、港町から交易船に乗る。
馬車だと付くころには北は真冬。
川伝いのルートでも冬の入り口には差し掛かる。
その点、交易船ならギリギリ冬の到来前に向こうに着ける。
正直助かる。
多分、アレスも交易船を想定してたのだろう。
出発の朝。
俺達は、魔法都市の正門近くで馬車を待っていた。
シェリーとティシアは互いに抱き合い言葉を交わしている。
シェリーの瞳に薄っすらと涙が浮かぶ。
抱擁が終わり、締めの時間が近づいてきた。
俺は、いつもの定位置に飛び乗り、ティシアに顔を向けた。
そして、改めて感謝を伝えることにする。
「今回も世話になったな、ティシア」
ティシアはニコリと笑い、頭を振ってみせた。
「構わないわ。
それより、久しぶりにシェリーちゃんと会えて楽しかったわ。
もちろん、あなたもよ、モーゼス。
次に会う時は、あなたも人間の姿を取り戻してるのよね?」
「ああ、ここまで来たんだ。
これでだめなら、その時は笑ってくれ」
「ふふっ。そうね。
それに、アストリッド様も。
お体にお気を付けください」
その言葉に母アストリッドは柔らかな笑みを見せ、答えた。
「ありがとう、ティシアちゃん。
アンタと話が出来て、よかったよ。
これからも、二人を見守ってやっとくれ。
世話になったね」
この二人が打ち解けたのは、意外ではなかった。
むしろ必然だとすら思った。
その障害になっていたのは俺の過去への感情だろう。
だが、俺も交えて時間を共にしたことで、
皆の意識は今、そして未来へと集中したのだ。
色んな意味で、来た甲斐があった。
さて、
「そろそろ時間だな。
見送りありがとう。
また会おう。
そして今度は、互いに幸せな姿を見せ合おう」
こうして俺達は別れを済ませ、馬車に乗り込んだ。
これが、最後の旅になる。
俺は、そんな予感を胸に秘めていた。
これにて第七章完結です。
お読みいただきありがとうございます。
次は、おそらく二度ほど閑話を挟んでいよいよ待望の最終章に突入します。
最近、私生活がどうにも慌ただしく最終章の投稿開始日は未定ですが、仮予定は6/13(土)とさせていただきます。
無理そうならその旨活動報告にてお知らせします。
引き続き、モーゼスとシェリーの旅路を見守って頂けますようよろしくお願いします。




