第77話 叡者たちの死生観
歓喜の日から数日間。
俺は毎日、魔力制御の修練に取り組んでいた。
その傍らで、黒髪との魔力干渉についても先日同様に計測を続けていた。
すると不思議な事が分かった。
「シェリーちゃんの黒髪、湧き出す魔力も微かに増えてるわね」
「本当か!? だとすると――」
およそ半年前、シェリーの黒髪から湧き出る魔力は突如の変質を見せた。
その量が、激減したのだ。
あの頃は理由が分からなかったが、今なら分かる。
黒髪は、神界に通じている。
そして、前に聞こえた神界の声。
『扉を開いてみせよ』
つまり、『扉』とは黒髪。
『開く』とは魔力の湧き出しのことか。
だとすると、このまま黒髪に魔力を流し続ければ――
「扉を開くことが出来る。
そうだね? モーゼス」
「ああ、母さん。
おれもそう思う」
母—―かつての叡者サメロス――の見立ても俺と同じだ。
この解釈は妥当なのだろう。
人間への逆転生。
ようやく手が掛かったか。
元々は神界にメッセージを送るためだった。
そのために試みた魔力制御だった。
それが、こんな形で実を結ぶとは。
いや、まだだ。
これは未だ推論に過ぎない。
喜ぶのはまだ早い。
”コンコン”
俺の思案を遮ったのは、扉を叩く音だった。
誰だ?
ティシアが応じて扉を開けると、職員らしき人物が見えた。
二言三言交わしたのち、ティシアが何かを受け取った。
彼女の手には、一通の封書が見える。
俺だけでなく、シェリーと母アストリッドの注目を一身に集めるティシア。
彼女は視線に気付き、一瞬だけ瞼を持ち上げた。
そして微笑むと、告げた。
「手紙よ。アレスからね」
剣聖アレスこと、アレサンドロ・ヴェルナード。
シェリーの父だ。
かつての友で、ゆくゆくは俺の義父となる。
「懐かしいな。
でも、なぜ俺達がここに居ることを?」
俺の疑問に、別方向から応える声がする。
「私が手紙を出したの。魔法都市に着いてすぐに、ね」
シェリーだ。
……なるほど。
もう一年近く連絡してない訳だし、シェリーならそうするか。
以前もここから手紙を出してたし。
それに、船の定期便なら往復で二ヶ月。
まあそんなもんか。
俺が壁際の作業机に飛び乗ると、残りの皆は椅子に腰かけた。
そして、シェリーが手紙を受け取り、開封した。
中から便箋を取り出し、シェリーが告げる。
「えっと……三通入ってるわね。
私とティシアさん、それにモーゼス宛のもあるわよ」
三枚折りの便箋の背に、宛名が書いてあるようだ。
まずはティシアに便箋が手渡され、
次いで俺にも差し出されたので、嘴で受け取った。
しかし、この手紙をどうやって広げたものか。
一旦手紙を机に置き、周り伺うことにする。
ティシアは手紙を手に取り、読み始めたようだ。
「私のはエリュナからね。懐かしいわ」
「私のも、お母さんから」
シェリーもまた手紙を広げ、読み始めていた。
二人の声が、弾みを帯びて聞こえる。
俺は、どうするか。
机に広げたら、皆から丸見えだ。
変な事書いてあったら嫌だし……。
ん?
母が俺に目をやり、膝上をポンポンと叩いている。
読ませてやるから来いってことか。
でもなあ。
それだと母さんには丸見えじゃないか。
正直、母さんに読まれるのも嫌なんだが。
「別に読んだりしないよ。
おいで、モーゼス」
むう。
そうは言っても目には入ると思うんだが。
……。
まあ、良いか。
少しくらい見られたとしても。
母も高齢だ。
いずれは俺より先に逝く。
それなら、俺が友とどんな関係を築いたのか、見てもらうのも良いだろう。
今更見られて困るものでも無い。
俺は、母の膝上に飛び乗り手紙を差し出した。
そして母に背を向け、カモメ座りで落ち着いた。
母は手紙を広げ、俺の目前に持ってきた。
これではまるで、幼子に本を読み聞かせるかのよう。
でも実際、俺の大きさはそんなものだ。
仕方ない。
手紙は、結構長かった。
俺がまだカモメで居ることへの労い。
もしシェリーを泣かせたら、全力グーパンの脅し。
ティシアと和解した事への労い。
……。
そして最後に
『一度、帰ってこい』
の一言。
なるほど。
俺達が旅立って、もう二年に差し掛かる。
父としては、そろそろ娘の顔を見たくなったのだろう。
アレスのやつ、驚くだろうな。
何しろ、ここ最近のシェリーとくれば、随分と大人びてきて。
もうそろそろ大人の仲間入りを果たす頃だろう。
色んな意味でな。
ちょうど良。
神界の扉を開く目途も立ったところだ。
この先俺は、転生神と何らかの形で接触することになる。
その時、俺の身に何が起こるかはわからない。
それなら、一度アレスとエリュナに顔を見せておくのも悪くはない。
何かあったとき、アレスが傍に居るのは心強いしな。
「行くのかい?」
頭上から母の声がした。
やっぱり読んでるじゃないか。
別に読まれて困る内容でもなかったけどな。
だが、ここは突っ込ませてもらおう。
「読まないんじゃなかったのか?」
「読んじゃいない。
目に入っただけさ」
そんな無茶な……。
しかし、良いだろう。
そういうことにしておくか。
下手に突いてこないだみたいな説教が始まったら叶わないからな。
「そうか。なら仕方がない。
俺は一度、アレスの元に帰ることにするよ。
もちろんシェリーと一緒にな」
「そうかい。じゃあ話は決まりだ。
旅立ちの準備をしないとね」
「え? 母さんも来るの?」
「当ったり前じゃないか。
ここまで来てアンタら二人を放り出すとか、出来るわけないだろう?
きっと、扉は開く。
だから、アンタらの旅の先の、事の顛末を見させておくれ?」
「……そうだな。
母さんの言う通り、もう少しだ。
それに、俺がカモメのままじゃ、母さんだって死にきれないだろう」
「言ってくれるじゃないか。
ははっ。
でもアタシゃ、孫の顔を見るまでは死ぬつもりはないけどね」
本気か……。
あ、シェリーがまた赤くなってる。
何を想像したのやら。
ティシアも意味深げな笑みを浮かべている。
シェリーの想像は、俺のものと同じだろう。
俺だっていい加減限界だ。
俺達はもはや一心同体。
考えることもまた同じ、か。
「よし、帰ろう。俺達の、家に」




