第73話 足踏みと歩み
計測を前に、シェリーは寝巻きのような服を着ている。
ティシアの改良によるものだ。
ティシアの合図で、俺とシェリーは計測装置の中に入った。
シェリーは腰掛けに座り、俺は左肩でカモメ立ち。
装置の扉が閉まり、ティシアが合図をした。
計測開始だ。
俺はカモ胸をシェリーの頭に密着させた。
さっきの要領で、魔力を黒髪に送り込むためだ。
だが今度はシェリーがいる。
集中しろ。
慎重に、慎重に、少しずつ魔力を送ってゆく。
……
ダメだ。
どうやっても圧の高まりを感じる。
すなわち、異次元には魔力を送れていない。
これ以上はシェリーが危ない。
俺は、圧の高まった魔力を慎重に解放する。
それと同時に身体で回収し続ける。
暫くして回収が終わると、少し遅れてティシアの合図が聞こえた。
計測終了だ。
装置の扉が空き、シェリーと俺は外に出た。
「お疲れ様。
シェリーちゃん、とうだった?
前回より、ずっと楽になったでしょう?」
「はい。
正直、結構覚悟してきたんですけど……。
これならいくらでも出来そうです」
シェリーの声が弾みを帯びている。
なるほど、そうだな。
シェリーの負担が減るなら、それは歓迎すべきことだ。
酷い目にはあって欲しくないもんな。
シェリーを守るのが役目のはずなのに、
さっきの俺はどうかしてたぜ。
やっぱりそういうのは、お互い同意の上じゃないとな。
――――――
俺は、シェリーの肩から飛び降りた。
そしてティシアを見上げ、聞いてみる。
「計測結果はどうだった?
何か分かったならいいんだが」
すると、ティシアの手は顎へと向かった。
目線は下がり、何やら考え込んでいる。
「うーん。
計った感じだと、
全くもってあなたの魔力は吸収されて無いわね」
全くもって、か。
これまた言い切ったものだ。
だが、そうなのだろう。
こんなところで言葉を誤るティシアじゃない。
「ということは、今のやり方が間違ってる?」
ティシアと母が頷くのが見える。
シェリーも慌てて頷いた。
可愛い。
だが、対照的に賢人二人は険しい顔だ。
「多分、そうなのかしらね」
先ほどの言い切りとは打って変わり、
ティシアの言葉は歯切れが悪い。
なるほど。
観測結果は事実だが、
それで原因を特定できるわけじゃない。
だとすると、今必要なのは仮説だ。
「転生術では魔方陣を使う。
片や今回は一点に魔力を集中しただけだ。
魔方陣の幾何学模様が関係してるのか?」
これはどうだ?
ここは前から気になっていたところだが。
「どうかしらね。
ただ、全く吸収されてないというのは変よ。
幾何学模様が原因なら、
少し吸収されて頭打ち、
みたいな挙動になるはずだもの」
ティシアの答えは俺の仮説をあっさり否定するものだった。
だが、一理ある。
やっぱり観測の裏付けがあると説得力が違う。
それに、ここまで厳密に切り分け出来るのは精密計測のおかげだろう。
とは言え安易に右往左往するのもまた問題だ。
幸いここには叡者がもう一人いる。
「母さんはどう思う?」
その言葉とともに母を見やると、なにやら首を傾げている。
何度か目線を動かした後、母は言った。
「そうさね。
私はティシアちゃんと同意見かねぇ」
まあ、そうだよな。
でもこれでは八方塞だ。
ふーむ。
「なるほど。
とは言ってもなぁ。
他に何か方法が、あるか?」
「それは今から考えましょう。
そのためにこの子がいるわけだし」
そう言ってティシアが装置に手を置いた。
この子、か。
ティシアらしい呼び方だな。
「それはそうと、シェリーちゃん。
前に教えた女性の神秘、
そろそろあなたも使っても大丈夫そうよ」
「ホントですか!?」
歓喜の声とともにシェリーが身を乗り出した。
胸前で両手を握り合わせ、
珠のような笑顔を浮かべている。
さらには瞳まで煌いて見える。
か、可愛い……。
いや、それより。
シェリーもついに胸からの魔力譲渡を使えるのか。
つまり、シェリーも大人の女性の仲間入りということだ。
これは、朗報だ。
変な意味じゃなくてな。
シェリーが魔力譲渡を使えれば、
出来ることの幅は大きく広がるからな。
喜びを隠し切れないシェリーと俺に、
ティシアもまたニコリと笑い、言った。
「でも、最初は練習が必要だけどね」
そうだな、練習は大事だ。
これも愛するシェリーのため。
俺はいくらでも特訓に付き合うぜ。
俺はそう心に固く誓った。
だが、ティシアの口から告げられたのは、冷や水の如き言葉だった。
「じゃあ、ここからは男子禁制よ。
しばらく空の旅でも楽しんでらっしゃい」
………………。
ええ。
そうだと思ってましたよ、ええ。




