第70話 解決の兆し
俺達三人は、ティシアの部屋の前までやって来た。
結局、ティシアの出迎えは無かったということだ。
おかしいな。
前回は正門に来ただけで気付いてたのに。
留守なのか……?
シェリーが扉をノックした。
……。
返事がない。
シェリーが首を僅かに回し、左肩の俺と顔を見合わせる。
「変だな。
シェリー、扉を開けてみてくれ」
「うん。分かったわ」
シェリーがドアノブを回し、押してみたが動かない。
鍵がかかってる。
困ったな。
ティシアがいないと計測も出来ないし……。
まさかの詰み、か?
こんなところで――
と、その時。
廊下の奥、曲がり角の向こうから足音がした。
誰かが、走っている。
足音が大きくなり、その主が姿を現わした。
青銀色の髪をなびかせ走る、その姿は今も変わらない。
アマルティシアだ。
でも、廊下は走ったらダメだろう。
――――――
「ごめんごめん。
会議で足止めされてたの」
俺達の前で立ち止まると、ティシアはそう言った。
それなら仕方ないだろう。
何にせよ、会えてよかった。
「モーゼス、それにシェリーちゃんも。
久しぶりね。
そして……」
ティシアの言葉が詰まる。
目線の先は、母アストリッドか。
やっぱり気にするよな。
ティシアの眉が徐々に八の字へと変わるのが見える。
「サメロス、様も。
ようこそおいで下さり――」
「ハッハッハ。良いんだよ、そんなに畏まらなくても。
モーゼスのこと、気にしてるんだろう?
本人たちは満足してるみたいだし、私がどうこう言うことじゃないさ。
普通にしておくれ」
ティシアとは対照的に、母は豪快に笑ってみせた。
その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「え。でもそれでは――」
「いいんだよ。
若さってやつさ」
先日は、ティシアに会うのは気が乗らないと言っていた母。
だが、今はその気配を微塵も感じさせない。
隠してるのか、それとも意識を上書きしたのか。
真意は俺には分からない。
何にせよ、これもまた女性のもつ特殊能力か。
そこで、再び母の声が聞こえた。
「それと、サメロスの名はもう返上した。今の私はただのアストリッドだよ」
「……。
ありがとうございます。
アストリッド様」
今の間は、なんだ?
ティシアには、何か感じるものがあったのか。
だとしたら……。
世の中は恐ろしいものだ。
――――――
あの後すぐにティシアは仕事を切り上げ、俺達全員でティシアの屋敷へと向かった。
今はティシアとシェリー、そして俺の三人で今のソファに座っている。
俺とシェリーは並んで座り、ティシアは対面だ。
ちなみに母はと言うと、今は風呂に入っている。
「シェリーちゃん、なんだかすごい大人びて見える。見違えたわ。
髪の毛もちょっと短くなったかしら。
何かあったんじゃない?」
「え? それは、その……」
シェリーの目線が天井に向かい、言葉を詰まらせた。
そして、顔が徐々に赤みを帯びてゆく。
片やティシアは目を細めて唇を微かに上げてみせる。
何かを察したような顔だ。
「魔力材、もっと渡しておけばよかったかしら?」
ティシアのその言葉にシェリーはますます顔を赤らめ、
気が付けばコスモスの花かのごとく、
顔全体を真っ赤に染めていた。
可愛い……。
そんな可愛いシェリーを眺めていると、
ようやくシェリーが言葉を絞り出す。
「そういうんじゃ、ないんです……」
ティシアは満足げな笑みを浮かべると、
一拍置いて話題を切り替えた。
「ふふ……。
それはさておき、まだカモメのままなのね。
手紙にも書いてあったけど、
なかなか苦労してるようね」
シェリーはもう、使い物になりそうにない。
ここは伴侶たる俺の出番だ。
「ああ、それがな……」
俺は、順を追ってこれまでの経緯を話ことにした。
――――――
「なるほどね。
いくつか仮説があったんだけど、
魔力の出所が神界だとすれば……。
一番しっくりくるのは、
やっぱり三次元のラプラス方程式かしら。
これの解なら観測結果とも辻褄が合うわね。
それに、ミルコロン、だっけ?
神界にも何か形を持った存在がいるなら、
やっぱり三次元が妥当でしょうし」
「いや、そうとも言いきれんが……。
でもまあ、三次元が妥当か。
確かに、神域へのメッセージ伝達も、
言われてみると送り先の次元を想定してる気もするな」
「そこ、ちょっと気になるわね。
もうちょっと詳しく教えてくれるかしら?」
ティシアが身を乗り出してきた。
ちなみにシェリーは空気だ。
父親に似たのか。
冗談はさておき流石にこの話題では、
シェリーも口を噤むしかないか。
顔色は元の透き通るような白色を取り戻したようだが。
「いやな、魔力を通すときに、
全方向から均等に流す必要があるんだ。
行先が三次元じゃないなら、
そんなこと必要ない気がするんだよな。」
俺の言葉にティシアは目を伏せ考え込んでみせる。
ほどなくして目は再び開かれ、何度か小さく頷くと、
「なるほど。
それもそうね」
そうティシアは言った。
その後もしばらく議論を続けていると、
母が風呂から上がって来た。
「久方ぶりの風呂は、気持ちいもんだね。
それと一番風呂。
ありがとう、ティシアちゃん」
「え、ええ。
どういたしまして」
ティシアの返事が相変わらずぎこちない。
時間が解決してくれると良いのだが、どうだろう。
そんな俺の思案をよそに、
ティシアが言った。
「じゃあシェリーちゃん。
私たちもそろそろお風呂に入りましょうか」




